19-27.団らん
ラインヴェルト城移住計画の第一陣の出発予定日の朝。メルニール組の滞在エリアでリリーが朝食の支度をしていると、長老の館の方から仁たち一行がやってきた。
昨日、リリーは里に帰還した仁がダンジョンから戻った後、玲奈たちも含めて夕食を共にした際に、仁の様子が少しおかしかったことに気付いた。
どこか落ち着かない様子で玲奈をチラチラ見ていたことから、リリーは初め、仁が玲奈を恋愛的な意味で意識するような出来事でも起こったのかと嬉しさの中に一握りの寂しさを抱いたのだが、何食わぬ顔でよくよく観察していると、それにしてはあまりに露骨すぎるのと、時折、自分やキャロルを盗み見ていたのが気になった。
それがもし邪魔者だと思われての行動だったとすると悲しすぎるが、流石にそれはないと確信できるくらいには、リリーは仁に好かれていると思っている。もちろんその“好き”が残念ながら今のところリリーの気持ちと異なるのは重々承知しているが、邪険にされないことに変わりはなかった。
朝の挨拶と食事の準備を済ませ、皆で食卓を囲う。リリーとミルが仁の横に陣取り、仁の正面には玲奈が、その隣、ミルの前にはファムが、反対にはココが座っている。ミルとファムのもう一方の隣には、それぞれイムとキャロルもいる。
「レナさん。なんだかすっごくご機嫌ですね? ミルちゃんも」
リリーが「何か良いことでもあったんですか?」と尋ねると、玲奈が曖昧な笑みを浮かべて目を泳がせ、言葉を濁す。リリーは「むむむ」と呻り、質問の矛先をミルに変えた。
「レナお姉ちゃんもお揃いなの!」
「お揃い?」
首を傾げるリリーに、ミルが左手を掲げて見せる。リリーが仁越しに覗き込むと、当然ながらその薬指には小さな紫の宝石を頂く指輪が輝いている。リリーはそれがダンジョンから入手した毒を防ぐアーティファクトか魔道具の指輪だと以前聞いたことを思い出した。加えて、戦乙女の翼のパーティが得たそれを、形式上とはいえ、仁から贈られたものであることも。
リリーが横目で玲奈を盗み見ると、玲奈が気まずそうに視線を逸らす。玲奈の右手が何かを隠すかのように左手に覆いかぶさっていた。
「そういえば、昨日、ジンさんがダンジョンから戻ってくるのが遅くて心配したってレナさんが……」
いくつかの思考と事実の断片がリリーの頭の中で組み合わさる。
昨日の夕食の場で仁がソワソワしていたのは、いつどうやって玲奈に指輪を渡そうかと内心で盛り上がっていたため。リリーやキャロルを気にしていたのは、二人の気持ちを知っている仁が気を使ったから。
そして、ミルがご機嫌なのは、玲奈が仁から指輪を貰ったことで、ロゼッタや自分と、種類が違うことに目を瞑れば仁ともお揃いになったため。
最後に、玲奈の機嫌が良いのは――
「レナさん。なんで隠すんですか? 疚しいことがないなら、ジンさんからプレゼントされた指輪を私にも見せてくださいっ」
「べ、別に疚しいことはないけど……」
玲奈が申し訳なさそうに、そっと左手を、はす向かいのリリーに向けた。玲奈の薬指の一点に、仁とイム以外の皆の視線が集まる。ニコニコ顔のミルを除き、その視線は程度の差はあれど、どれも羨望の眼差しと言って差しさわりのないものだった。
「あれっ?」
皆と同じように玲奈の指輪を羨ましそうに見つめていたリリーが首を傾ける。
「レナさん。前の指輪は小指につけてましたよね?」
リリーは、以前、玲奈が仁から贈られた別の指輪を右手の小指につけていたことを知っていた。当時も羨ましく思い、また、玲奈がドラゴン戦で指輪を失くしてしまったと落ち込んでいたときに右の小指に何度も触れていたのを覚えているのだから、間違いなかった。
リリーの生まれ育ったこの世界では、指輪を特定の指につける意味はない。もしかしたら一部の地域では言われているかもしれないが、少なくともメルニールにはそのような文化はなかった。冒険者などで指輪の宝石を魔法発動の触媒にしている人は総じて右手につけているという話はあるが、それも利き手で魔法を放つ際に適しているからという理由に過ぎない。しかし。
「確か、ジンさんやレナさんのせか――元々住んでた地域では……」
確かも何も、忘れるはずがない。仁と玲奈の世界で左手の薬指に指輪を身に着けることの意味を、リリーは知っている。男性が女性に指輪を贈る理由も。その話を聞いたとき、リリーはいつか自分も仁から贈られた指輪をその指に嵌めることを夢見たのだから。
「ジンさん、レナさん。ご婚約、おめでとうございますっ!」
リリーが笑顔で告げる。悲しい気持ちが全くないと言えば嘘になってしまうかもしれないが、二人を祝福する気持ちの方が遥かに勝っている。
仁の2番目を狙うリリーにとって、1番目が決まることは厳しい戦いのスタートに過ぎない。しかし、そのスタート地点に立てることが、リリーには救いとなるのだ。そして、仁の1番が自身にとっても大切な玲奈であることは、リリーの望んだことだった。
「ちちちち違うよ!?」
玲奈が顔全体を瞬間沸騰させたように真っ赤に染め上げる。
「これはその、ミルちゃんとかロゼとかとお揃いが良かったっていうか、私だけ仲間はずれが寂しかったっていうか……」
リリーとイムを除いた女性陣が目を見開いて仁と玲奈を凝視する中、玲奈がしどろもどろに言い訳を口にする。
「レナお姉ちゃん。ミル、お姉ちゃんになれる!?」
「な、なれないよ!」
期待の眼差しを向けるミルを、玲奈がバッサリと否定する。直後、肩を落としたミルに、玲奈が慌てた様子で「ミルちゃんがお姉ちゃんに相応しくないっていうわけじゃなくて……!」とフォローになっているかわからないフォローをしていた。
そんな玲奈の様子を冷静に見つめていたリリーは「あ、これは違うな」と結論付ける。リリーが仁に視線を向けると、それまで物言わぬ石像と化していた仁が、ブンブンと、ものすごい勢いで首を横に振った。
キャロルやファム、ココがチラチラと仁の様子を窺う中、リリーは自身の結論が正しいことを確信し、自分の目指す未来への道程がまだ半ばにも至ってないことを改めて思い知った。
玲奈に関しては指輪を左手の薬指に嵌めて幸せそうにしていたくらいだから、リリーはあまり心配していない。ミルたちとお揃いが嬉しいという気持ちは嘘ではないだろうが、それだけではないことを、リリーは疑っていない。
本音を言えば玲奈にはもっと堂々と仁を誘惑して、とっとと落としてほしいのだが、あまり玲奈が積極的になりすぎて仁がのめり込んでしまえば、仁の心にリリーの入り込む余地がなくなってしまう恐れもある。それは避けなければならない。
タイムリミットまでどれほど時が残されているかわからないが、じっくりやるしかない。リリーはこんな状況で色恋に頭を悩ませられることに申し訳なさと喜びを半々に感じつつ、赤くなってあわあわしている玲奈と、再び石の彫像に戻った仁を見遣る。
リリーの様々な感情を乗せた大きな溜息と、呆れるようなイムの鳴き声が重なった。




