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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第十九章

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19-17.浄化作戦

 ラインヴェルト湖の湖畔。ラインヴェルト城と繋がる壊れた門の付近に、白き希望が(つど)っていた。もはや原形を留めていない朽ちた桟橋跡を中心に、10頭の純白の魔物が緩やかな弧を描く湖の外周に沿って並んでいる。


 それを指揮するは、少しだけ小柄な一角の馬の魔物。今朝、トリシャの愛馬に選ばれた一角馬(ユニコーン)だ。大人になりたてのその一角馬(ユニコーン)は群れの中でも屈指の毒の浄化能力を有し、此度のリーダーを務めることになっていた。


 一定の間隔を取った一角馬(ユニコーン)たちがリーダーの(いなな)きに応じて一斉に頭部を下に向け、象徴たる一角を湖面に突き入れた。螺旋状の(つの)が白く光り輝き、波紋と共に温かな光が湖に広がっていく。


 光は角を中心に湖面の下にも伸びていて、水中に光の半球を形作った。それは、以前ガーネットが作ったものよりも圧倒的に大きく、一角馬(ユニコーン)たちの後ろで見守る仁たちに浄化作戦の成功を予感させた。


『すごい……』


 ガーネットの背の上で、魚人族の少女が呆然と呟いた。その声に釣られるように仁が目を向けると、大人びた紫髪の人魚の瞳から涙が零れ落ちていた。その傍らで、鮫に似た魚の顔をした魚人族の青年も瞳を潤ませている。


『ありがとう……』


 横向きに馬上に座ったメーアが体を捻り、ガーネットの首に抱き着きついた。その言葉から溢れ出る感謝の念を受け取ったガーネットが小さく(いなな)く。仁はガーネットの誇らしさを感じさせる嘶きに、顔を(ほころ)ばせた。




 仁と一角馬(ユニコーン)たちが湖畔に到着したとき、辺りには誰もいないように思われたが、すぐにハギールとその相方が湖面から顔を出した。一角馬(ユニコーン)(まご)うことなく魔物であり、魔物が湖に近付けば魚人族が警戒するのは当然のことだ。


 一角馬(ユニコーン)の話を聞いていても、事前に期日を約束していたわけでもないのだから、それは変わらない。そもそも、魚人族のほとんどは一角馬(ユニコーン)を見たことがないのだ。とはいえ、その集団の中に仁の姿を認めれば話は別だった。


 魚人族の恩人である仁がオニキスやガーネットに似た魔物たちを連れてやって来た。その事実の意味するところに気付かないハギールたちではない。


 ハギールの相方は即座に湖中に体を潜らせて街へ報告に向かい、ハギールは手にした(もり)の槍を下ろして仁たちに歓迎の意を示した。


 (なま)り交じりの話し方からすぐにハギールだと気付いた仁は少し離れた一角馬(ユニコーン)たちに心配いらないと声をかけ、異種族の友を出迎えたのだった。


 その後、ハギールの相方から連絡を受けて駆け付けたメーアが湖面から跳び上がると、仁は慌ててキャッチし、ガーネットの上に預けてから、湖から上半身を露出させた魚人族の巫女と挨拶を交わした。その背後には多くの魚人族の男女が話を聞きつけて集まっていて、期待と不安に満ちた視線を馬型の魔物たちに向けていた。


 そんな中、ラインヴェルト湖の毒の浄化作戦は静かに始まった。




 湖から聞こえたどよめきが、すぐに歓声に変わった。湖面を伝う光は一気に広がり、湖に半身を沈めて見守っていた魚人族たちを呑み込んだ。


 その瞳から不安の色は既に消え失せ、希望と期待に満ちた輝きを見せていた。涙ぐんだ多くの魚人族たちはその腕で目を擦り、目の前の奇跡を脳裏に焼き付けようと光と一角馬(ユニコーン)を眺め続ける。


「問題なさそうだね」


 仁が満足げに頷く中、一角馬(ユニコーン)たちが自らの体を澄んだ水に沈め、湖の奥に向かって泳ぎ出す。湖畔からでは届かない場所の毒を浄化するためだ。


 そんな一角馬(ユニコーン)たちに、魚人族たちが守るように付き従う。ラインヴェルト城側は問題ないが、別方面から殺人鰐(キラークロコダイル)などが現れないとも限らない。


 魚人族たちは100年前から続いた湖の悲劇を終わらせるため、一切の邪魔を許すつもりはないようだった。


 湖の浄化は周辺に住む魔物たちにとっても喜ばしいものだろうが、知恵を持たないものには一角馬(ユニコーン)たちの行動が自らにとっても利のあるものだと理解することができないのだ。


 突然現れた一角馬(ユニコーン)を縄張りへの侵入者と捉える魔物や、降って湧いた餌だと思う魔物がいてもおかしくはない。


(あるじ)! 魔物が近寄ってきます!』

「わかった」


 仁は肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントのような強大な気配ではないという報告にホッとしながら、オニキスに飛び乗った。仁は一角馬(ユニコーン)の護衛を魚人族に一任する気はない。仁が自身に課した役目は魔物が湖に到達する前に止めること。


 仁はロゼッタに後は頼むと告げようと振り返るが、仁が言葉にするより先に、ロゼッタが力強く言い放つ。


「ジン殿! 自分も共に参ります」

「いや、でも――」

「オニキス殿ならば、自分も共に乗せられるはずです」


 ロゼッタはガーネットにメーアが乗っていることを言い訳にさせない。メーアが慌てて降りようとするが、ロゼッタは柔からな声で押し止めると、ガーネットにメーアを守ってほしいとお願いした。


 無口な愛馬が頷くのを確認したロゼッタが仁に向き直り、確固たる意志の籠った瞳で見つめる。


「わかった。ロゼ、一緒に来て」

「はい!」


 仁が手を差し出し、ロゼッタを引き上げる。ロゼッタは二人乗り用のサイズに広がったオニキスの鞍の上、仁の後ろに腰を下ろした。


 ラインヴェルト城を背にしたこの地に危険が迫る可能性はそう高くはない。湖からの襲撃は、魚人族たちが防ぐだろうし、一角馬(ユニコーン)たちも戦えないわけではない。そう判断しての仁の決断だった。


「ゲルト、トリシャ、ガーネット、ファイエル。それとハギール。メーアをよろしく」

「おう、任された」

「ジンさんとロゼさん、オニキスくんも気を付けて」


 リガー村の兄妹が快く応じ、人語がわからないはずのハギールも獰猛そうな笑みを浮かべた。


「オニキス」


 仁が声をかけると、(あるじ)の意を察したオニキスが唯一申し訳なさそうな顔をしているメーアに近付いた。


『行ってくるよ』


 今度は魚人族に伝わるように念じながら、仁はメーアの頭をそっと撫でた。自分より年上に見えるメーアを撫でることに未だ恥ずかしさはあるが、にっこりと微笑むその顔は、やはり仁の知るものだった。


「オニキス、頼む」

『はい!』


 オニキスが湖の外周に沿って駆け出し、ぐんぐんと速度を上げる。


「ロゼ、しっかり掴まってね」


 仁がそう告げると、仁の腰に回されたロゼッタの片腕の力が強まった。言わずもがな、もう片方の手には赤い槍が握られている。


「ジン殿、申し訳ありません」

「え、な、何が?」


 後ろからロゼッタに抱きしめられて密かにドキドキしていた仁の耳元を、ロゼッタの真剣な声音がくすぐった。


「ジン殿、オニキス殿。今度、レナ様も乗せてあげてくださいね。この場所はレナ様にこそ相応しいのですから」

「う、うん?」

『はい!』


 曖昧に答える仁と、元気よく応じるその愛馬。ロゼッタは二人の返事に満足そうな笑みを浮かべる。直後、オニキスが『あ、(あるじ)の許可がもらえるなら!』と付け加えると、ロゼッタはその笑みを優しい微笑みへと変じた。


「大丈夫です。ジン殿の後ろはレナ様のような可愛らしい方専用ですから」


 僅かに揶揄(からか)いの成分が含まれているその言葉から、仁はかつて自身で口にしたセリフを思い出した。


「その可愛さの基準になるレナ様が、ジン殿が常々可愛さの権化だと評されるレナ様が、まさか乗れないなどということはないですよね?」


 楽し気に言うロゼッタに、仁は頷く以外の選択肢が思い浮かばなかった。


「ま、まあ、その話は里に帰ってからということで。その、今は魔物を倒すことに集中しよう」

「もちろんです」


 仁が得意の先延ばしを発動させたところで、オニキスから『そろそろです』と念話が届く。仁とロゼッタが気を引き締めてオニキスの指定した辺りに目を向けると、ちょうど湖畔の沼地から見覚えのある鰐型の魔物がぞろぞろと這い出してきたところだった。


「ロゼ、オニキス、行こう!」

「はい!」

『はい!』


 仁は仲間たちの鋭い返事を頼もしく思いながら、手綱から放した片手に黒雷刀を創り出した。


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