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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第十八章

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18-27.信仰

「勇者様。ようこそお越しくださいました」


 リガー村に帰り着いた仁とロゼッタは調査隊の面々に経過報告と玲奈への伝言を依頼した後、ゲルトとトリシャの家の応接間で老齢の女性と対面していた。白髪の女性は仁とロゼッタを上座に座らせると、板張りの床に額が触れそうなほど深く頭を下げた。その両隣でゲルトとトリシャがそれに(なら)う。


 仁とロゼッタが慌てて顔を上げるようにお願いすると、中央の女性が最初に体を起こし、ゲルトとトリシャが続いた。女性は仁とロゼッタを順に見つめ、その両の瞳から滂沱(ぼうだ)の涙を流していた。


 その女性の名はグイダ・リガー。ゲルトとトリシャの曾祖母にして、小さな聖女フランを直接知る数少ない人物だ。


 仁とロゼッタは村の入口で待ち構えていたゲルトに案内され、体調が良くなったというグイダと会うために足を運んだのだった。


 すぐに面会できなかったことを謝罪するグイダに、仁は気にする必要はないと返した。


「あの、体調は大丈夫なのですか? 決して無理はなさらないでください」

「勇者様にそのようにお気遣いいただき、恐悦至極に存じます」


 グイダが再び深く腰を折り、仁は何とも言えない曖昧な笑みを浮かべた。仁の横ではロゼッタがおろおろと視線を動かしている。


(ひい)ばあちゃん。兄貴が困ってんぞ。もっと普通に話せば?」

「そうだよ、曾ばあ様。ジンさんはあまり畏まられるのが得意じゃないみたいだよ?」


 両サイドの二人が呆れたような視線を白髪の頭頂に送った。グイダはゆっくりと顔を上げると、ひ孫たちにジト目を向ける。


「……あんたたちは気安すぎやしないかい?」

「そんなことないぜ。なんせ、兄貴は俺の兄貴だからな」

「私はジンさんのお言葉に甘えてるだけだよ」


 二人から目を離して申し訳なさそうに窺い見るグイダに、仁は普段通りでとお願いする。グイダは小さく咳ばらいをすると、再び仁とロゼッタを順に見て口を開いた。


「お二人の話はこの子たちから聞きました。リガー姓を名乗る者として、お二人を歓迎いたします」


 少しだけ柔らかくなったグイダの表情と言葉遣いに、仁はホッと胸を撫で下ろす。


 仁はフランについて尋ねたい気持ちを押し止め、ラインヴェルト湖とその湖畔で起きた出来事について説明した。帰還の道中で事前に話を聞いていたトリシャを除いた二人が驚愕の表情を浮かべた。


「湖の(ぬし)――この村では湖神(こがみ)様と呼ばれている存在が命を落とす前、自身がドラゴンに倒されることを“神に定められた(ことわり)”だと魚人族たちに言い残したそうですが、どういうことかわかりますか?」

「神に定められた理ですか……。申し訳ありませんが、皆目見当もつきません」


 グイダの答えを受け、仁が視線をその左右に巡らせると、ゲルトとトリシャも思い当たる節がないと首を横に振った。


「そうですか……。ちなみに、この村では何か信仰している神様がいたりしますか?」


 湖の主を湖神様と称しているくらいだから、この村の人々の中に所謂“神”という概念が存在するのは間違いない。優秀過ぎる他言語理解の特殊技能が仁にわかりやすいように意訳している可能性は否めないが、少なくとも近しいものはあるはずだ。


 これまでに仁がこの世界で“神”という単語を聞いたのは、ルーナリアが誰でも自身のステータスを知ることができる事象のことを神の祝福と呼んだのと、(くだん)の神の定めた理という発言くらいだ。


 人々が神に祈るような仕草は見たことがあるような気はするが、仁は今更ながらにこの世界の宗教についてほとんど知らないことに思い至った。


 元の世界の現代日本では皆が皆というわけではないにしても、冠婚葬祭などの際に宗教色が見られることはあっても、多くの人は普段の生活の中で殊更意識することがないと仁は思っている。そして仁自身も例外ではない。


 しかし、よくよく思い返してみると、仁が二度目の召喚前に嗜んでいたWEB小説の異世界転移、転生ものでは意志を持った人間味溢れる神が出てくるものも多かった。また、神そのものが登場しない作品でも、教会や宗教的対立などが描かれている場合も多くある。


 この世界を元の世界の創作物と同一視することはできないが、それでも、例えばかつてのラインヴェルト王国や現代のグレンシール帝国で信仰されている宗教や神の話が耳に入ってもよさそうなものだった。


 仁が不思議に思っていると、グイダが神妙そうな、感心したような顔で口を開いた。


「やはり勇者様は、ジン様はここではない別の世界から来られたのですね……」


 しみじみと言うグイダに、仁は頷きを返す。


「兄貴。世界のことはわからないけど、この村では特定の神様を信仰するってことはないぜ。湖神様みたいに人知の及ばないような存在を神様って言ったりするけど、別に崇拝しているわけではないしな」

「私や兄さんの代ではそうでもないけど、お年寄りなんかはドラゴンを竜神様って呼んだりするしね」

「なるほどね」


 仁が顎に手を当てる。二人の言から、少なくともリガー村では、おそらく恐れを感じるほど強大な力を持つ存在や想像の埒外(らちがい)であるような未知の存在を神と称しているのだろうと仁は理解する。


 強引な解釈かもしれないが、原因不明の自然現象などを神の怒りだと考えていた昔の日本人に通じるものがあるのではないかと仁は考えた。


「あんたたち。その答えじゃ、ジン様の問いに半分も答えられていないだろうに……」


 仁がうんうんと納得したように頷いていると、グイダが溜息交じりに言った。


「トリシャはともかく、村長のゲルトがそれじゃあ先が思いやられるさね」

「うん? もしかして、あの御伽(おとぎ)話のことか?」

「御伽噺……?」


 仁とロゼッタが顔を見合わせる。御伽噺と聞いて、仁はミルの顔が思い浮かんだ。仁がミルも知っている話だろうかと考えを巡らせていると、グイダは、やれやれと声が聞こえてきそうな様子で首を左右に振った。


「御伽噺じゃなく、神話だと何度も言っているだろうに」

「あの、どんな話なんですか?」


 仁が首を傾けながら尋ねると、グイダがゲルトに話すよう目で指示する。


「兄貴。そんな大した話じゃないぜ?」


 仁は何事も知らないよりは知っていた方がいいからとゲルトに話してくれるように頼む。湖の主の最期の言葉の指し示すものが仁たちにとって意味のあるものなのかどうかわからないが、知識が時に武器になり得ることを、仁は知っていた。


「まあ、兄貴がそう言うんなら」


 そうしてゲルトがこの地に伝わる神話について語り始め、仁とロゼッタは耳を傾けた。


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