3-16.宝箱
「おう。兄ちゃん。無事だったか。派手に暴れてるみたいだったんで心配したぜ」
玲奈とミルに続く形で周囲の様子を窺いながら仁の元まで歩いてやってきたガロンが、多頭蛇竜の巨体と地面に散乱する蛇の首を見つけ、気持ちのいい笑顔を凍らせた。
「おいおいおいおい。兄ちゃん。こりゃあ多頭蛇竜じゃないのか!?」
「ええ。そうみたいですね。まだ子供のようですが」
目を見開くガロンを横目に見つつ、仁はミルに向き直った。
「ミル。魔石と、持ち帰れるだけの素材の回収を頼めるかな?」
ミルはこくこくと何度か頷きを返した。ガロン同様、ミルも多頭蛇竜の威容に面食らっているようだった。
「ああ、そうだ。ミル。お父さんの短剣を返しておくね」
多頭蛇竜の死骸をまじまじと見つめていたミルが、跳ねるように仁に向いた。ミルは恐る恐るといった感じで仁から短剣を受け取ると、胸に掻き抱いた。
「ジンお兄ちゃん。ありがとう……」
ミルは微笑み、薄らと涙を滲ませた。仁はミルの前にしゃがみ込むと、目線を合わせた。
「ミル。ミルのお父さんの短剣はね、とても貴重なものなんだ。もしかしたらそれに気付いた悪い奴が、お父さんにしたようにミルを狙ってくるかもしれない」
ミルが真剣な表情で仁を見つめた。
「だから、ミルさえよければ、俺たちと専属契約を結ばないかな。衣食住はこちらで用意するから、俺たちがダンジョンに潜るときは付いてきて欲しいんだ。もちろんサポーターとしての給金はちゃんと払うし、ミルが休みたいときには休んでもいい。どうかな。いいよね、玲奈ちゃん」
「うん。ナイスアイデアだよ、仁くん。ミルちゃんなら大歓迎!」
横で様子を窺っていた玲奈が満面の笑みを浮かべた。ミルは仁と玲奈の交互に不安げな視線を送っていたが、一度目を閉じると、大きく頷いた。
「ジンお兄ちゃん、レナお姉ちゃん。よろしくお願いします」
「やった! ありがとう、ミルちゃん。これからもよろしくね!」
玲奈がミルに抱き付いた。ミルは嬉しそうに目を細めていた。ミルの尻尾がパタパタと左右に揺れた。
「なあ、兄ちゃん。それならいっそのこと、犬人族のお嬢ちゃんも冒険者登録しちまうってのはどうだい?」
少し離れたところから、微笑ましいものを見るような目でこちらを眺めていたガロンが、口を開いた。
「年齢的に仮登録になるだろうが、パーティ登録は問題なくできるぜ。経験値は分散しちまうが、ずっと一緒に行動するんなら、ミルのお嬢ちゃんのレベルも上がった方が安心できるんじゃねえか? 冒険者になったからって無理に戦わせる必要もねえし、サポーターの仕事をしながら地力を鍛えるってのも手だぜ」
小さな魔剣使いをサポーターにしとくのも勿体ないと、ガロンは声を上げて笑った。魔剣使いと呼ばれたミルが、目を丸くして腕の中の短剣を眺めた。玲奈の抱擁から解放されたミルは、右手で短剣の柄を握り、左の手でその刀身を撫でた。
「ジンお兄ちゃん、レナお姉ちゃん。ミルは、おとーさんと同じ冒険者になりたい。ミルは非力だけど、一生懸命がんばるの。だから、ミルを仲間にしてほしいの!」
ミルの真摯な瞳が仁と玲奈を捉えた。仁と玲奈の答えは既に決まっていた。
「「“戦乙女の翼”にようこそ!」」
ミルのパーティ加入が決まってから、ミルとガロンの仲間の冒険者に多頭蛇竜の解体作業を頼んだ。死骸がダンジョンに吸収される前に、取れるだけの素材を取ってしまうつもりだった。もちろん持ち帰られる量には限りがあるが、鱗1枚でもかなりの価値があるらしく、仁がガロンのパーティへの報酬として提供を申し出たところ、喝采を受けた。
「それにしても蛇蜥蜴ってのが多頭蛇竜のことだったとはなあ。まったく。兄ちゃんには恐れ入るぜ」
「倒せたのは事前に情報を知っていたのと、ミルの魔剣のおかげですけどね。無理そうなら玲奈ちゃんの技能で逃げられるっていう保険もありましたし」
「まぁそれはそうではあるんだろうけどな」
ガロンが苦笑いを浮かべながら毛のない頭を掻いた。
「そういえば、あの宝箱ですけど、また罠ってことはないですよね」
仁が部屋の中央で存在感を主張している黄金色の宝箱に視線を向けた。
「さすがにないと思うが、ダンジョンでは何が起こるかわからねえからなあ」
仁とガロンが何とも言えない表情で宝箱を見つめる中、ガロンのパーティの冒険者はザムザとゲラムの見張りを交代しながら、多頭蛇竜の素材を所持していた鞄に詰め込められるだけ詰め込んでいった。
「仁くん。私たちの革袋もいっぱいになったよ」
「ありがとう」
仁は玲奈に渡したままだった革袋を受け取る。仁と玲奈の革袋は魔法鞄のため、見た目以上に多くの素材を回収することができたようだった。それでも多頭蛇竜の死骸には素材となりえる部分が多く残されていた。アイテムリングを使えば丸ごと収納できるが、ガロンたち相手とはいえ、大っぴらに使用するつもりはなかった。仁はもどかしい気持ちを抑え込んだ。
「ガロンさん。この隠し部屋ってどうなるんですかね」
「時間が経てばまた機能を回復するかもしれねえが、次も同じ多頭蛇竜が出るとは限らねえしなあ。まぁ、とりあえず上に報告すれば、危険地帯に指定されるんじゃねえかな。それ以降は挑む奴の自己責任ってやつだな」
仁は多頭蛇竜の死骸を眺めながら、あまり犠牲者が出ないことを願った。
「さて。鬼が出るか蛇が出るか」
仁は隠し部屋の中央で宝箱と向き合っていた。素材回収を終えた他の面々は、念のために隠し部屋から外に出ていた。入口から期待と不安に彩られた多くの視線が仁と宝箱に向けられていた。仁は半円柱状の蓋の側面を両手で挟み、ゆっくりと持ち上げた。反対側の蝶番が僅かな軋みを上げた。
何事もなく開かれた宝箱を、仁は上から恐る恐る覗き込んだ。仁の目が、宝箱の底に、一振りの剣と、一点の指輪の姿を捉えた。仁は入口を背にし、顔を宝箱の中に突っ込む形で鑑定の魔眼を発動させた。
“不死殺しの魔剣”
不死属性を打ち消す性質を持った魔剣。不死存在を滅した者にしか持つことを許されない。この魔剣で付けられた傷は回復魔法や回復系の技能の効果を阻害する。
“不死者の指輪”
身に付けた者への致死ダメージを1回だけ肩代わりして無効化する指輪。
仁は黒々とした剥き出しの刀身に紫の幾何学模様が並ぶ魔剣を手に取った。多頭蛇竜を倒したことで資格を得たのか、不死殺しの魔剣は仁を使い手として受け入れたようだった。仁は革袋から革の鞘を取り出し、魔剣を収めて腰に装着した。この茶色い革の鞘は以前ラインヴェルト王国のダンジョンから見つかったもので、剣のサイズに合わせて大きさを変え、革製ではあるものの、内部から裂けることのない魔道具だった。
仁は宝箱の底で黒い輝きを放つ、小指の爪ほどの大きさの石を持つ指輪を手に取ると、皆の待つ方へ足を向けた。この指輪を渡す相手は既に決まっていた。




