3-15.蛇蜥蜴
仁はガロンの仲間の2人に隠し部屋の仕掛けを起動してもらった。壁を押し込んだ後、手を離してもしばらく入口は維持されるようだった。仁が隠し部屋の中を覗き込むと、多頭蛇竜の姿は既になく、部屋の中央に木箱が戻ってきていた。
「それじゃあ行ってきます」
「兄ちゃん。本当に1人で大丈夫なのか? 話を聞く限りじゃあ、けっこうやばい相手のようだが」
「ええ。おそらく合成獣より弱そうですし、それに相性がいいんですよ。あ、そうだ。ミル、もう少しだけお父さんの短剣を借りるね」
ミルがこくこくと小さな頭を上下に振る。小麦色の犬耳も一緒になってピクピクと動いていて、仁は笑みを浮かべた。
「仁くん。無理だけはしないでね。私たちのために頑張ってくれるのは本当に嬉しいけど、仁くんが傷つくのは嫌だよ?」
「うん。ありがとう。もしものときは大声で玲奈ちゃんを呼ぶから、また召喚してね」
頷く玲奈に背負った革袋を託し、仁は隠し部屋に足を踏み入れる。中央へ向かう間、背中に多くの視線を感じた。仁は一度振り返って手を振ると、木箱の蓋を持ち上げた。木箱が地面に沈み、入口が塞がった。仁は部屋の奥から多頭蛇竜の幼生体が這い出てくる様子を眺めながら、ミスリルソードを鞘ごとアイテムリングにしまい込んだ。
「さて。八つ当たりに付き合ってもらおうか」
仁は3本の首をうねらせる多頭蛇竜を見据えながら、空いた右手から魔力を放出する。多頭蛇竜がおぞましい咆哮を上げたとき、仁の右手には日本刀を模した赤黒い太刀が握られていた。左手には血喰らいの魔剣を構える。魔剣に魔力を通すと、赤い刀身からドクンと大きな脈動を感じた。仁は本能的に理解し、魔剣の力を解き放った。刃先からゆらゆらと血色の靄が立ち昇り、やがて薄い刃を形取った。
多頭蛇竜の真ん中の頭が、反動をつけて勢いよく火炎の球を放った。火炎球は小学校の運動会で使われる大玉転がしの大玉ほどの大きさをしていた。仁は目前に迫ったそれを魔剣の一振りで弾き飛ばす。
「魔剣使いに魔法は効かない」
仁はかつてヴォルグに言われたセリフを多頭蛇竜に言い放った。魔剣にとっては人の使う魔法も、魔物の使う魔法も同じものでしかなかった。
得意の火炎球が通じないことに腹を立てたのか、多頭蛇竜は3本の首をしならせながら、次々と仁目掛けて火炎の球を放つ。仁は一歩も動くことなく、魔剣でその全てを弾いて見せた。弾かれた火炎球は岩壁を抉り、轟音を響かせた。多頭蛇竜は唸り声を上げながら、その巨体に見合わぬ速度で走り出した。爬虫類の四肢が激しく動き、一歩ごとに地面を揺らした。彼我の距離約40メートルがあっという間に縮まっていく。
「次はこっちの番だ」
仁は腰を落とし、右手を腰の左側に添えた。向かって右の首を見据え、腰を回転させながら、黒炎刀の峰を腰の左側面を這わせるように、横薙ぎの一撃を繰り出す。
「黒炎斬!」
勢いよく宙を一閃した赤黒い刀身の軌跡から、黒炎の斬撃が放たれた。三日月のような弧を描いた斬撃は、一瞬のうちに多頭蛇竜との距離をゼロにした。黒炎の刃は数瞬後には部屋の奥の岩壁にぶち当たり、轟音と共に大きな傷跡を刻み付けた。
多頭蛇竜の右の首が根元から滑るように地に落ちた。多頭蛇竜は何が起きたのか理解できず、首が地面とぶつかる音に驚いて足を止めた。直後、残った2本の首から絶叫が迸った。
仁は間髪入れずに再び黒炎斬を放つ。悶えるようにうねっていた左の首が仁に向くが、その瞳に仁の姿を映したまま胴体から切断された。中央の首の目が怒りに燃えていた。
仁は両手に剣を構えたまま、一本首になった多頭蛇竜の姿を眺めた。仁は強い眼光を放っていた中央の首の赤い瞳が揺れたのを見逃さなかった。仁は予想通りの展開にほくそ笑んだ。
元の世界の神話や創作物に登場するヒュドラーは首を落とされても再生する驚異の化け物として描かれている。しかし、その切断面を焼かれてしまうと再生することができないという弱点を、仁は知っていた。この多頭蛇竜がヒュドラーであるならば、同じ特徴と弱点を併せ持っていると仁は考えたのだった。
多頭蛇竜の切断された左右の首の切断面は、黒炎斬の高熱の炎で焼け焦げていた。仁はカンニングをしてしまったかのような若干の後ろめたさを感じながらも、戸惑いを見せる多頭蛇竜の中央の首に迫った。多頭蛇竜は前足に力を入れて巨体を持ち上げ、胴の横から長く強靭な尾を仁に叩きつけるように振るが、仁はそれより早く中央の首に跳びかかった。空中で独楽のように一回転した仁はそのままの勢いで黒炎刀を振るい、最後の一本首を斬りおとした。
多頭蛇竜の四肢から力が抜け、巨大な爬虫類の胴体が地面とぶつかって大きな音を立てた。仁は胴体に飛び乗り、ぶくぶくと泡立つように波打つ中央の首の切断面に血喰らいの魔剣を突き立てる。神話のヒュドラーの中央の首は不死身とされていたため、仁はこれで倒したとは思っていなかった。
血喰らいの魔剣は赤い刀身に赤黒い光を放つ幾何学模様を浮かび上がらせ、多頭蛇竜の体内から血と魔力を吸い上げる。動きを止めていた多頭蛇竜の体が苦しげに身もだえを始めた。仁は太くて長い尾に注意を払いながら、魔剣に蓄えられた力が増していくのを感じていた。血喰らいの魔剣から光が消えたとき、多頭蛇竜の命の火も完全に消え去った。
仁は地面に飛び降り、大きく息を吐いた。実戦で一定以上に強力な魔物相手に黒炎を使ったのは初めてのことだった。今回は黒炎刀としての使用だったが、相性の良さもあったにせよ、十分以上の力を発揮し、仁は手応えを感じていた。仁が両手から流す魔力を止めると、黒炎刀は消え、魔剣は元の短剣の姿に戻った。
「仁くん!」
「ジンお兄ちゃん……!」
仁が振り返ると、多頭蛇竜を倒したことで隠し部屋の入口が開いたのか、玲奈とミルが手を繋いで駆け寄ってくるのが見えた。部屋の中央に、宝箱が出現していた。初めに置かれていた木箱ではなく、黄金色に輝く、一抱えはある大きな宝箱だった。




