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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第三章

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3-14.怒り

 仁は弾かれたように後方へ跳び下がり、部屋の奥で盛り上がった地面が割れる様を見つめた。その中から悠然と姿を現した巨体に、仁は息を呑んだ。コモドオオトカゲを何倍にも大きくしたような爬虫類の胴体から、3本の蛇の首が生えていた。全長10メートルを超え、全身を濃い青緑の分厚い鱗が覆い、前足を地に突き立てて体を起こした姿は、元世界の創作物に描かれたドラゴンを思わせる威容だった。


 仁は右手のミスリルソードに魔力を通しながら、鑑定の魔眼を発動させた。




多頭蛇竜ヒュドラー(幼生体)”




 思わず竦んでしまいそうなほどの巨体でありながら、これでまだ子供なのかと仁は目を見張った。多頭蛇竜ヒュドラーの3本の首がうねうねと動き、鋭い牙が覗く口から、先が二又に分かれた真紅の舌が忙しなく出し入れされていた。


 3本の首が不意に動きを止め、真ん中の首の口が大きく開かれた。咥内から魔力を感じ、仁は腰を落とす。多頭蛇竜ヒュドラーの口の端から真っ赤な火炎が漏れ出た。中央の首が弓の弦を引くように後ろに反り返り、勢いよく突き出されると同時に、仁の体よりも大きな火炎の球が吐き出された。その直後、横に飛びずさろうとした仁の体が青白い光に包まれた。仁は目前に迫る火炎球を落ち着いた気持ちで眺めながら、視界が途切れる瞬間を待った。




 壁の向こうから大爆発のような轟音が響いた。体を覆った光が霧散し、仁の視界が晴れていく。その目の前で、ミルを背に庇った玲奈がザムザたちと対峙していた。玲奈がザムザに向けた剣先が震えていた。仁は右手の剣を切り上げ、ザムザの手の鉄剣を弾き飛ばす。


「な、なに!?」


 ザムザはここにいるはずのない仁の姿に驚きの声を上げ、痺れた右手を逆の手で押さえた。隣のゲラムが舌打ちをしながら両手で持った剣を仁目掛けて振り下ろす。仁は右手の剣で斬撃をやすやすと受け止め、左手をゲラムに向けた。


雷撃ライトニング!」


 放たれた閃光がゲラムの体を貫き、痙攣した体が地に崩れ落ちた。仁は呆然と立ち尽くすザムザの足を払い、倒れ込んだザムザの首先に剣を突き付けた。仁は怯えたように目を泳がせるザムザを見下ろす。


「仁くん。ありがとう」

「玲奈ちゃん。ミルも無事でよかった」

「仁くんこそ、無事でよかったよ」


 玲奈がほっと息を吐いた。仁は一瞬だけ玲奈とミルに視線を送った。ザムザはその隙を突こうと身じろぎするが、仁はザムザの首の皮に剣を押し込んだ。ミスリルの剣先を血が伝った。


「無暗に動かない方が身のためだ」


 仁は冷たく言い放った。


「な、なんでお前がここにいる! そ、それに、さっきの動きはなんだ! しかも雷魔法だと!? お前、ただの新人じゃないのか! 騙したな!」

「玲奈ちゃん。何があったのか教えてくれる?」


 喚くザムザを無視して、仁は玲奈に問いかけた。玲奈は頷き、仁が隠し部屋に捕らわれていた僅かな時間に起きた出来事について話し始めた。




 入口が閉じるのを目にした玲奈は叫び声を上げた。玲奈はすぐに特殊従者召喚を使おうと思ったが、壁から手を離したザムザとゲラムが剣を抜いて近づいてくるのに気付いた。玲奈はとっさにミルを庇い、ミスリルソードを構えた。


「大人しくしな。あの奴隷のガキならもう助からねーよ。あの部屋はな、俺たちの仲間内じゃ処刑場って呼ばれててな。上層とは思えない強力な魔物が罠を張ってるんだ。中級探索者の俺たち兄弟でも勝てないような相手だ。新人のガキがどうこうできる相手じゃねーよ」


 玲奈は目の前の悪意を放置し、目を瞑って仁を強く思った。


「神にでも祈ってるのかい? 可愛いねえ。依頼主に引き渡す前に味見でもするか」


 ザムザが邪な欲望を隠そうともしない下卑げひた笑い声を上げた。壁の向こう側から爆発音が響いた。




「要するに、こいつらは常習犯で、初めから何者か、おそらく第一皇子の手の者の依頼で俺を罠にめて亡き者にするために近づいてきて、あまつさえ玲奈ちゃんを襲おうとしたということだね」


 仁の鋭い視線がザムザに突き刺さった。仁の全身から黒い靄が立ち昇った。ザムザが情けない悲鳴を上げた。


「仁くん……」


 玲奈の両手が仁の左手を優しく包んだ。玲奈から伝わる体温が仁の怒りを和らげ、仁の体から漏れ出た黒炎を霧散させた。


「兄ちゃん! 嬢ちゃん! 遅くなってすまねえ!」


 通路の先から坊主頭の冒険者を先頭に、数人が走り寄ってきた。ガロンのパーティだった。


「そこの男たちが嬢ちゃんに剣を向けたんで焦ったんだが、迂闊に飛び出して事態を悪化させたらと思ったらすぐに動けなかった。せっかく俺たちを頼ってくれたってのに、本当にすまねえ」

「いえ、無理なお願いをしたのはこちらですので。こうして駆け付けてくれただけで十分有難いです」


 仁はリリーに託した手紙で、気付かれないように後を付けてきて欲しいとガロンたちに依頼していたのだった。もちろん、実力的に困難な場所までは来ないように念を押していた。


 仁はガロンたちへの事情説明を玲奈にお願いし、ザムザの手足を縄で縛って座らせると、ザムザの腰から血喰らいの魔剣(ブラッドイーター)を抜き取った。隣に転がっているゲラムは簀巻きにして放置しておく。


「この短剣も、同じように冒険者を罠に嵌めて奪ったのか」


 仁の言葉に、ミルが息を呑んだ。ザムザは目を逸らすだけで答えない。


「この短剣も獣人夫妻を殺して奪ったのかと聞いている」


 仁はだんまりを決め込むザムザの太ももに血喰らいの魔剣(ブラッドイーター)を突き刺した。ザムザが濁った叫び声を上げた。


「や、やめてくれ! 血が、血が吸われる……!」

「話す気になったか?」

「話す! 何でも話すから抜いてくれ!」


 仁はザムザの太ももから短剣を抜いて、顎をしゃくった。


「確かにそれは獣人の男が持っていたものだが、俺たちは隠し部屋に落ちてたのを拾っただけだ!」


 反射的に仁は短剣を先ほどとは逆の太ももに突き立てた。


「この期に及んで、そんな戯言が通用すると思っているのか!」

「や、やめてくれ! そ、そうだ、俺たちが殺して奪ったんだ! これでいいだろ! だから早く、早く抜いてくれ!」


 仁が短剣を持つ手を捻じると、ザムザの悲鳴が辺りに響いた。ザムザの横にしゃがんだ仁の肩の上に大きな手が置かれた。


「兄ちゃん。気持ちはわかるが、そこまでにしてくれないか」

「ガロンさん」

「そいつにはまだ聞きてえことが山ほどある。殺しても殺したりないくらいのクズだが、まだ死んでもらっちゃ困る」


 すまなそうに眉尻を下げたガロンを見て、仁はザムザから短剣を抜き取った。


「おう。お前ら、止血してやってくれ」


 ガロンの指示でガロンの仲間たちが動き出した。短剣に血を吸われたザムザは体をぐったりとさせていた。


 仁は後をガロンに任せ、少し離れた場所で立ち尽くしていたミルに近づく。ミルは仁の腰に両手を回して抱き付いた。仁は空いた手でミルの頭をゆっくりと撫でた。小さな嗚咽が仁の耳に届いた。




「兄ちゃん、嬢ちゃん。こいつらは冒険者ギルドに引き渡して、知ってることを全部吐かせようと思うが、いいか?」


 ガロンの提案を受けて、仁は目を腫らしたミルに訊ねた。


「ミル。こいつらはミルの両親の仇だけど、それでいい? ミルがどうしても許せないっていうなら――」

「ミルは大丈夫。それでいいの」


 仁と繋いでいるミルの手に力が込められた。玲奈がミルの頭をそっと撫でた。


「兄ちゃん、嬢ちゃん。こいつらを連れてダンジョンを戻るのはなかなか手間でな。悪いが、力を貸してほしい」

「はい。もちろんそのつもりですよ。むしろ俺たちがガロンさんたちに助けてもらってる立場なんですから。ただ、少しだけ待ってもらえますか?」

「それはいいが、何かあるのかい?」


 坊主頭に疑問符を浮かべるガロンに目を遣り、仁は口角を持ち上げた。


「ええ。まだミルの両親の仇の一人、いや、一匹が残ってるので、これから倒してきます」


 仁はそう言って隠し部屋のある方向の壁を指さした。玲奈の顔が心配そうに歪んだ。ガロンが何か言いたそうに口を開きかけた。


「心配いりませんよ。ただの子供の蛇蜥蜴へびとかげ退治ですので」


 仁が不敵な笑みを浮かべた。仁の手を握ったままのミルが、目を丸くして仁を見上げていた。


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