17-16.曲解
「では、さっそくお願いしますっ」
リリーが「失礼しますっ」と仁に声をかけ、すぐ横からいそいそとベッドに上がり込む。四つん這いになったリリーは赤い下着が丸見えになっていて、仁は慌てて視線を逸らした。
その直後、仁は既視感を覚えて両手で顔を覆う。
「ジンさん、どうかしましたか?」
リリーに問われ、仁は手を下ろして横目でリリーの姿を確認する。当然のことながらリリーのネグリジェが別の衣装に代わっているようなことはなく、仁は小さく息を吐いた。
「リリーは最初っから魔力操作の訓練をしに来たんだよね? なのに、なんでネグリジェなの!?」
上下に分かれている衣装でなければ、以前の玲奈のときと同様、ずり下すか捲り上げるかのどちらかが必要になる。ワンピースになっているネグリジェは、そのままでは素肌に触れられないのだ。
「コーディー様に勧められたからですけど……?」
リリーが、こてんと首を横に倒す。確かに先ほどそう聞いたが、仁が問いたいのはそういうことではない。
「そうじゃなくて、リリーは訓練の仕方を知っているはずだよね? それなら上下に分かれている服じゃないと、その……」
仁が言い淀むと、リリーは得心が行った様子で、ポンッと手を打った。
「そういうことなら、このネグリジェじゃなくても上下一つながりの服にするつもりでしたよ」
「なんで!?」
「ワンピースタイプならジンさんに脱がせてもらえるって聞いたので」
「誰に!?」
仁は目を逸らすのも忘れて体を捻り、リリーを正面に捉えて勢い込む。
話の流れ的にはリリーにネグリジェを勧めたコーデリアなのだろうが、仁は突っ込まずにはいられなかった。リリーの真摯な願いに応えたいと思っているのに、邪念を掻き立てるような罠を仕掛けないでほしいと仁は心の中でコーデリアへの恨み言を連ねる。
仕方がないのでかつての玲奈のときのように毛布で下半身を隠してもらうしかないかと仁が考えていると、リリーが想像もしなかった相手の名前を口にした。
「レナさんですっ」
「……え?」
仁の口から戸惑いの声が零れた。
「玲奈ちゃん? コーディーじゃなくて?」
以前、仁は確かに玲奈の薄ピンクのネグリジェを脱がしかけたことはあるが、それは玲奈が下腹部を露出することの必要性を忘れていたために起きたことで、その玲奈がリリーにそんなことを言うとは思えなかった。
「はいっ。わたしも泥棒猫になりたいわけじゃないので、一応、今夜のことをレナさんに許可を貰いに行ったんです。そしたら、以前ジンさんに脱がされそうになったから着ていくものには気を付けた方がいいって教えてくれたんですっ」
ニコニコと答えるリリーに、仁は片手で両目を覆った。どう考えても曲解だった。
「脱がされそうになったって玲奈ちゃんが被害者みたいに言っていたっぽいのはこの際置いておくとして、なんでリリーはそれがメリットみたいに言っているの?」
「え? ジンさんに脱がしてもらえるなんて、ご褒美じゃないですか」
リリーは何を言っているんだとばかりに、さも不思議そうに答えた。
「というわけで、ジンさん。さあ、脱がせてくださいっ」
一転、表情をにこやかにしたリリーが、ベッドの上で女の子座りをしたまま広げた両手を仁に向け、待ち構える。短い裾がたくし上げられ、太ももの間から覗く赤い色が己の存在を強く主張していた。
ついつい逆三角形に目を奪われてしまった仁は、ゴクリと生唾を飲み込む。喉を嚥下する音がやけに大きく聞こえ、仁はハッとした。先ほど、リリーは玲奈に許可を貰ってきたと言っていたが、それは魔力操作の訓練の許可なのか、それとも。
「先ほど言った通り、ちゃんとレナさんから訓練の許可は貰ってきていますから、心配しなくても大丈夫ですよ」
仁が顔を伏せてモヤモヤした思いを抱いていると、仁の胸中を知ってか知らずか、リリーが優しく告げる。仁はその言葉に自分でも露骨なほどホッとしたのを自覚したが、その自身の心の動きを深く追求してはいけないような気がした。
仁は頭を振ってリリーに向き直り、深呼吸をして複雑な思いを恥ずかしさと一緒に心の脇へ追いやる。
「じゃあ、リリー。恥ずかしいだろうけど、少しだけ我慢してね」
僅かに視線を逸らしつつ、仁はリリーに仰向けで寝そべるようお願いする。
「脱がなくていいんですか?」
首を傾げるリリーに、仁は自分が後ろを向いている間に裾を捲って毛布で下着から下を隠すように指示を出す。
リリーは少し不満げな顔をしていたが、仁が後ろを向くと、素直に従った。仁は何だかんだ言ってもリリーが真面目に訓練に取り込もうとしているのだと再確認し、安堵する。
衣擦れの音が聞こえ、仁は再び深呼吸をして気分を落ち着かせた。
「ジンさん。もういいですよ」
仁は呼ばれて振り返り、リリーの脇腹の横辺りに腰を据えた。程よい肉付きの下腹部を見つめて手を伸ばす。
仁の指と手のひらがリリーの肌に触れ、リリーがビクッと体を震わせた。
「こ、これからジンさんと一つになるんですね……。ドキドキ」
リリーの声から緊張が滲み出ていた。同じくらい期待に満ち溢れている気がしないでもなかったが、硬くなりすぎるよりはいい傾向だと仁は思うことにする。
「目を閉じてリラックスして、まずは少しでいいから魔力の流れを感じてね」
「はいっ」
リリーが目を閉じるのを確認し、仁も瞼を下ろす。リリーの体の負担を軽減するためにはいつもより繊細な作業が必要となる。仁はリリーと繋がっている辺りに意識を集中し、ゆっくりと自身の魔力をリリーの体内へ流し込む。
「な、なんだか熱いものが、わたしの中に……。これが、ジンさんの……」
「リ、リリー。口に出さなくていいからね!?」
仁はリリーの発言で心を乱されるが、リリーの小さな魔力を押し流してしまわないよう気を付けながら緻密な魔力操作を続けた。二人の魔力がリリーの体内で溶け合い混ざり合う。
次第にリリーの動悸が激しくなり、ぷっくりとした唇の隙間から、甘い吐息が零れ落ちた。なまめかしくも聞こえる吐息が激しさを増すにつれてリリーが身を捩り、背を大きく反り返すが、仁の指と手のひらはリリーの肌に張り付いたように離れない。
リリーの甘い喘ぎ声だけが、二人きりの部屋に響いていた。
「リリー、お疲れ」
仁が瞼を開くと、圧倒的な肌色が目に飛び込んできて固まった。元々腰の上辺りまでたくし上げていたネグリジェが更に捲れ上がり、豊かな双丘の下半分が露出していた。
未だ息を荒げ、頬を紅潮させているリリーはそのことに気付いていないようだった。仁は顔を逸らし、リリーが落ち着くのを待った。
しばらくすると、幾分か呼吸を整えたリリーが体を起こそうとするが、仁はそのまま寝ているよう言って、肌色成分を見過ぎないように気を付けながら、毛布をリリーの肩の辺りまでかけた。リリーがとろんとした目で仁を見上げる。
「ジンさん。ありがとう、ございますっ」
「リリー、どうだった?」
「はいっ」
仁がドキッとしながらも務めて冷静を装い、訓練の成果を尋ねると、リリーは、ふにゃっと幸せそうに相好を崩した。
「とっても、気持ちよかったです……」
感慨深げに言うリリーに、仁は苦笑いを浮かべつつ、心の中で「そうじゃない」と突っ込んだのだった。




