17-5.結実
ダンジョンの取り扱いに関する話し合いの後、仁は一人でマスタールームにやってきていた。以前と変わらぬ部屋の中、仁は純白の椅子に腰掛け、水晶玉のようにも見えるダンジョン核と向き合っている。
白い石造りの台座の上のダンジョン核は、仁が手を当てると青く輝いた。
「そう上手くは行かないか……」
目の前に浮かぶ半透明のウインドウを操作していた仁が、溜息を吐いて肩を落とす。戦力の底上げのために思いついたことがあったのだが、その目論見の一つが不可能であることが発覚したのだ。
「玲奈ちゃんやみんなに不死者の指輪を用意したかったんだけど、さすがに無理だったか」
仁はかつてダンジョンの隠し部屋から入手したアーティファクトの指輪を量産できないかと考えたのだが、どうやらダンジョンの宝箱から入手できるアイテムの数には限りがあるようだった。冷静に考えれば当然のことだが、アイテムはダンジョン内で無尽蔵に作られているわけではなかったのだ。
ではどうしているのかというと、ダンジョン核の中に各種アイテムが大量に蓄えられていて、その中から一定の法則に従って宝箱の報酬となっているらしい。そのアイテムの多くは元々用意されていたものだが、中には各代のダンジョンマスターが登録したものや、ダンジョン内で力尽きた者たちの装備品なども含まれている。
一部例外としてダンジョン内で生み出されたものもあるようだが、マスターが意図して作ることはできないようだ。
「試しにっと」
仁がアイテムリングから鉄製の剣を取り出してダンジョン核への登録を試みると、剣はアイテムリングに収納されるときと同じように水晶体の中に吸い込まれていった。
ちなみに、マスターと言えど、自分で登録したアイテム以外を取り出すことは不可能だった。もしそれが可能であれば恐ろしく有用なアイテムの宝庫となったのだが、そう都合よくはいかないようだ。
「無理なものは仕方がないか。じゃあ、こっちは……?」
しばらくダンジョン核を操作していた仁が、再び肩を落とす。
仁が調べたところによると、10階層の隠し部屋の主は一定の強さの魔物の中からランダムで選ばれ、更に再出現するまでの時間もランダムのようだった。
以前も画策していた部屋主連戦は難しいことが発覚して仁は残念に思うが、隠し部屋の報酬の宝箱からは魔物の強さに比べて有用なアイテムが出やすい設定になっていることがわかった。
「連戦は無理でも、挑戦する意味はあるか」
仁は顎に手を当て、考え込む。
先の話し合いの後、玲奈とミル、ロゼッタから、イムも加えた三人と一体で隠し部屋に挑んでみたいという提案があったのだ。前に三人が倒した10階層のボスより、仁の倒した隠し部屋の主の方が強さとしては上だったため、報酬狙いも込みで挑戦したいということだった。
仁としては事前にどの魔物が出現するか把握できれば安心できたのだが、同じくらいの強さの魔物しか出ないということがわかっただけでも良しとするしかなかった。
「後は――」
その後いくつかの仕様の確認を終えてから、仁はダンジョン転移で一階層に転移して出口に向かう。その直前まで今後に潜ることになる階層で出現する魔物やボスの情報を調べるか悩んでいたが、仁は見ないことを選択した。
その場での安全を第一に考えれば悪手かもしれないが、いつでも事前に情報を得られるわけではないため、対策を立てて挑むことに慣れすぎるのも危険だと仁は考えたのだ。
「ジンさん、おかえりなさいっ」
仁がダンジョンを出ると、リリーが待ち構えていた。リリーは夕食の準備ができていると仁に告げる。仁は笑顔のリリーに促され、子供たちのキャンプへ足を向けた。
翌日。仁たち戦乙女の翼は早朝からダンジョンへと潜っていた。
仁と玲奈、ミルとイムが見守る中、ロゼッタが一本の赤い槍を手に、見上げんばかりの巨躯の魔物と戦っている。
その魔物の種族は迷宮王牛。以前、玲奈とミル、ロゼッタの三人で撃破したダンジョン10階層のボスだ。
3メートルを超える体躯から繰り出される大斧の一撃を、ロゼッタが槍の柄で受け流す。軌道を変えて地面に向かう大斧に引っ張られ、迷宮王牛がバランスを崩した。ロゼッタはその隙を見逃さない。
ロゼッタが力強く踏み込み、鋭い突きを放つ。赤い竜の爪を加工してできた槍の穂先が、迷宮王牛の厚い胸板を容易く貫いた。ロゼッタが素早く槍を引き抜くと、10階層の主は苦悶の唸り声を上げて膝をつく。
ロゼッタは一歩飛び退き、槍の柄の根元近くに持ち手をずらして大きく振りかぶる。遠心力を利用して横から大きく振るわれた一撃が、迷宮王牛の首筋を打ち据える。そのまま反動を活かし、今度は逆の首筋を強打した。巨体が、ぐらりと傾く。
前方に倒れ込んでくる迷宮王牛の下に、ロゼッタが潜り込む。回転を加えて抉るように突き出された槍の穂先が、くぐもった呻き声を漏らす牛の口をこじ開け、そのまま頭蓋を内から貫いた。鮮血が吹き上がる。
ロゼッタが思いきり槍を引き抜いて後方に逃れると、巨躯は崩れ落ち、地に倒れ伏して砂埃を巻き上げた。
「ロゼ、やったね!」
仁が声をかけると、迷宮王牛の骸を前に放心していたロゼッタがゆっくりと振り向く。
「ロゼお姉ちゃん、すごいの!」
ミルがイムを抱く腕に力を込めながら興奮した声を上げ、玲奈も笑顔で、うんうんと頷く。
「ミル、魔石の回収をお願いできる?」
「はいなの!」
ミルは元気よく答え、イムを仁に手渡す。ミルが迷宮王牛の亡骸に向かって駆け出すと、イムはハッとしたに口を開け、バサバサと翼を揺らして仁の手から抜け出し、ミルの元へ飛んで行った。
「ジン殿、レナ様。自分は以前より強くなれていますか?」
ロゼッタの問いに、仁と玲奈は顔を見合わせてから一斉にロゼッタに向き直る。
「「もちろん!」」
二人の答えが重なる。目の前の光景が、その言葉が間違いでないことを証明していた。ロゼッタが相好を崩す。
ロゼッタは勝利と成長を噛みしめるかのように10階層のボスが光となってダンジョンに吸収されるのを見送ると、表情を引き締めた。
「ジン殿、レナ様、ミル様。自分のわがままにお付き合いいただき、ありがとうございました」
「ううん。全然そんなことないよ。ね、仁くん」
「うん。成長を確かめるのも大事なことだよ」
「ロゼお姉ちゃん、かっこよかったの!」
「グルッ」
ロゼッタが頭を上げると、皆の笑顔が出迎えた。
「第一回日帰り合宿、この調子で頑張っていこー!」
玲奈が拳を突き上げ、三人が「おー!」と追従し、イムが「グルッ!」と応じる。
戦乙女の翼が次の目指すのは、同じくダンジョン10階層の隠し部屋。宝箱を開けることで何らかの魔物が出現する罠が正常に稼働する状態であることは、ダンジョンマスターたる仁の手で確認済みだった。




