15-22.手のひら
「ふん。これで決まりだな」
ガウェインが勝ち誇ったように口角を吊り上げる。
「あの出来損ないは獣人を使って敵と通じ、奴隷どもの任務を利用して敵の尖兵を招き入れた。これは紛うことなき帝国への反逆だ。反逆者が皇位を継承できるはずがないだろう?」
それが、ガウェインが自身を唯一の皇位継承権の保有者だと述べた理由だった。
ガウェイン自身は魔人薬を完成させておらず、メルニールへの侵攻に失敗して少なくない帝国の戦力を損ねたが、他に候補者がいなくなれば、ガウェインの皇位継承に反対するものもいなくなる。実際には皇帝の子供たちの他にも継承権保有者はいるが、それは子供たちが全員死亡した際など保険に過ぎない。
「殿下!」
仁が必死に怒りを抑えていると、ファレスが顔を上げ、ガウェインを睨みつけた。
「如何に殿下と言えど、今のお言葉は聞き捨てなりません。我らが主に対する侮辱は止めていただきたい。我が主は帝国を想い、帝国の民を想い、帝国の未来のために心血を注いでおられます。その主を出来損ないと呼び、あまつさえ濡れ衣を着せるなど、偉大なる帝国の皇子のすることではございません!」
「薄汚い人形から生まれた子が出来損ないでないと?」
「ガウェイン!」
ガウェインの心無い物言いに、仁は思わず声を上げた。コーデリアの生い立ちを知る仁にとって、それはとても看過できる言葉ではなかった。
事情を知らない奴隷騎士たちにも自らの主人が侮辱されたことはわかったのか、平伏しきりだった騎士たちが顔を上げ、ガウェインに非難めいた視線を送る。
その中でも、元貴族の令嬢だけに、ある程度の事情を把握していたであろうファレスは、血走った目をしていた。
「奴隷風情がオレを呼び捨てにするか。本来であれば即刻打ち首にするところだが、負け犬の遠吠えだと思えば、幾分か苛立ちも紛れるものだな」
ガウェインが悠然と仁を見下ろす。
ガウェインの余裕綽々の態度が、仁の怒りを掻き立てる。仁の胸中で黒い感情が暴れ出し、黒炎の陽炎となって黒色甲冑の肩からゆらゆらと立ち昇った。しかし、感情に身を任すことはできない。この場でガウェインを殺したところで、何の解決にもならないばかりか、事態を悪化させてしまうのだ。仁は体内で荒れ狂う魔力を理性で押さえつける。
「オレの手のひらの上とも知らずに、のこのことやってきた能無しが。貴様にできるのは無様な命乞いだけだということがわからんようだな」
「何?」
「貴様の存在こそが、出来損ないが敵と通じていた証拠だ。貴様という証拠によって、出来損ないの反逆が確かなものとなった。貴様が出来損ないを死地へと追いやったのだ。ほら、命乞いはしなくていいのか? 貴様のではないぞ。貴様のせいで死ぬことになる、出来損ないのだ」
「俺のせいでコーディーが……?」
仁は視線を床に向け、自問する。仁の脳内に「貴様のせいだ」というガウェインの声が響き渡った。幾重にも重なった言葉が仁を責め立てる。どうすればいいのか、仁にはわからなかった。
「お、お待ちください……!」
「なんだ?」
口角をこれでもかと吊り上げていたガウェインの視線が、震える声を発したセシルに向いた。
「恐れながら、第一皇子殿下は前提を間違えておられます」
「ほう?」
ガウェインが片手を顎に手を当て、セシルに続きを促す。
「ジンさんは敵ではありません!」
セシルの心からの叫びに、仁はハッと顔を上げた。
仁自身、ガウェインを敵だと認識しており、相手もそうだと思っているために気付かなかったが、そもそも、仁がセシルに接触したのはメルニールの冒険者として、エルフ側でもなく帝国側でもない中立の立場として争いを止めたかったからだ。セシルたち奴隷騎士隊の任務がエルフの侵攻に備えるためだったことからも、ガウェインの言う“敵”とはエルフ族に違いない。
セシルの必死の訴えは続く。
「彼が、ジンさんが我が隊の隊員に扮していたのは、私がそう依頼したからです。それに、ジンさんの城への出入りはコーデリア様によって許可されているはずです。確かに身分を偽って入城したのは咎められても仕方がありません。しかし、それにもそうせざるを得なかった理由があるのです」
セシルはコーデリアと帝国の恩人である仁が、取り次ぎもされずに門前払いにあった事実を述べる。
仁はガウェインに疑念の目を向けた。もしガウェインが先ほど口にした通り、すべてがガウェインの手のひらの上であったのなら、それもガウェインが手を回した結果なのかもしれない。
「第一皇子殿下。我々に与えられた任務はエルフ族の帝都侵攻に備えることでした。では、殿下の申される“敵”とは、エルフ族ではないのですか? ジンさんは帝国と友好関係にあるメルニールの冒険者ギルドに所属する冒険者であり、敵ではありません。そのジンさんと接触したことが帝国に対する反逆の証拠になるなど、到底受け入れられることではありません!」
目尻に涙を溜めながらも、セシルはガウェインから視線を逸らすことなく見上げ続ける。セシルのその懸命な姿に、仁は勇気付けられる。仁は立ち上がり、兜を脱ぎ放った。
「ガウェイン殿下。正規の手段を取らずに入城しようとしたことは謝罪します。しかし、私は帝国の敵ではありませんし、コーデリア皇女殿下が反逆などするはずがございません」
仁は内心を隠し、一定の敬意を払う。事を荒げる以外の方法で、この場を切り抜けたかった。コーデリアの身が人質となっている今、仁も奴隷騎士隊も、最終的にはガウェインに逆らうことはできないのだ。突破口はセシルが示してくれた。仁たちにできるのは、例え業腹であっても、穏便にガウェインを説得することだけだ。
「貴様はメルニールの冒険者だから敵ではない、だと?」
確たる決意を抱く仁やセシルたちを、ガウェインは鼻で笑った。
「いいか? 何も知らないようだから、このオレが自ら貴様らに教えてやろう。耳の穴をかっぽじってよく聞け」
仁は眉を顰める。何か見落としているのではないかと、心に不安の靄がかかる。そんな仁を嘲笑うかのように、ガウェインが高らかに告げた。
「メルニールは敵だ」
「……え?」
「いや、敵だったというべきか。今頃は我が帝国軍がメルニールを占領しているだろうからな」
メルニールが帝国の敵なのだから、そこに所属している冒険者も敵。よって仁も敵である。
そう続いたガウェインの言葉は、仁の頭には入って来なかった。
「メルニールが……?」
仁は呆然と立ち尽くす。自然と視線が下がり、赤い兜が視界の外に消えた。そんな仁の姿を、ガウェインは満足そうに見下ろしていた。
「おい。後は任せる。自棄になって暴れでもしたら叶わんからな」
背後に控えていた部下にそう告げたガウェインが豪奢なマントを翻し、仁たちに背と後頭部を見せる。
「ま、待て!」
仁が慌てて声を上げるが、ガウェインはついぞ振り返ることなく、耳障りな笑い声と共にその場を後にした。




