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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第十五章

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15-10.顔見知り

「ねえ、セシル。帝国の上級騎士って、こんなのばっかりなの?」


 仁は足元でのた打ち回るドレックから視線を外し、隣に立つセシルに顔を向けた。


「というか、セシルってもう奴隷じゃなくて正式な騎士になったんじゃなかったっけ?」


 仁の記憶が正しければ、セシルはイムを巣に帰すために仁たちと行動を共にする際、奴隷の身分から解放されて正式に帝国騎士になったという話だったはずだ。


「は、はい。ただ、奴隷でないとなると、どこの誰とも知れない者が皇族の側にはべることになってしまって、逆に反発も大きいだろうということで、そのことは一部の人しか知りません」

「なるほどね」


 外聞的にはセシルも奴隷だと認識されていたのなら、先ほどドレックがセシルに対して奴隷奴隷と連呼していたことも頷ける。


 仁としては奴隷なんていない方がいいと現代日本人の価値観で考えてしまいがちだが、コーデリアの奴隷として認識されていた方がセシルの身の安全に繋がるという考えもあるのだ。


 ドレックに代表されるように、一般的な帝国の人間にとって奴隷は人ではなく物である。ただ、物には所有者がいるのだ。奴隷を奴隷だからと蔑むのは勝手だが、所有者の許可を得ずに他人の物に手を出して良いはずがない。


 それなのに、ドレックはセシルに手を出した。それは即ち、帝国の第二皇女の所有物である奴隷を害そうとしていたということなのだ。そのことからも、ドレックがどれほど短絡的な行動に出たかわかるというものだ。


 ドレックは死人に口なしと言っていたが、セシルの口をふさいだだけで言い逃れできると本当に考えていたのか、仁は疑問に思う。もし口封じのために、この陣にいる奴隷騎士隊を皆殺しにでもするつもりだったのだとしたら、やはり帝国の上級騎士にはまともな人間がいないように思える。


「あ、あの、ジンさん。その、助けていただいたのはとても嬉しいのですが、その……」


 眉をハの字にしたセシルが足元にうずくまっているドレックを見遣る。明らかに困っている様子のセシルに、仁は思考の渦に逃げるのを止めた。


「ご、ごめん。やっぱり不味いよね、これ……」


 ドレックを見下ろす仁の額に冷や汗が浮かぶ。黒炎の触手で腕を貫通した際の傷口は炎で焼かれて塞がっているため、出血で死ぬようなことはないだろうが、すぐに回復魔法でもかけない限り、ドレックは二度と剣を振るうことができないに違いない。


 仁はセシルとコーデリアに対する態度が許せず、怒りに任せて黒炎を使ってしまったが、弱い雷魔法で麻痺させるだけにとどめるべきだったかと若干後悔するが、そういう問題でもない。


 そもそも、仁が夜陰にまぎれてセシルのテントに忍び込んだ直後にタイミング悪くドレックがやってきたわけだが、ベッドに下に隠れる際にセシルからは何があっても自分で何とかするから手は出さないでほしいと言われていたのだ。


 仁がどうしたものかと途方に暮れていると、テントの外がにわかに騒がしくなってきた。


「隊長! 大きな音がしましたが、何かあったのですか!?」


 ドレックを床に叩きつけた際の音を聞きつけたのか、奴隷騎士隊の隊員と思しき声がテントの外から聞こえてきた。


「だ、大丈夫です! 何でもありません!」

「お、おい――」


 セシルが声を張り上げるかたわらで何か言いかけたドレックの口を、仁の雷魔法が封じた。仁は今度こそ気を失ったドレックを見てホッと息を吐くが、何の解決にもなっていない。


 尚もテントの外からは何かあったではないかと問う声が上がり、セシルが何でもないと繰り返す。


「隊長。失礼します」


 テントの入口が左右に割れ、黒色甲冑を纏った騎士が顔を覗かせた。奴隷騎士はセシルが制止するより早くテントの中に入り込むと、バイザーの内から鋭い眼光で周囲を見遣った。そのバイザー越しの視線がドレックと仁を経由して、セシルに向けられた。


「ファ、ファレス、これはその……」


 セシルは自身をジッと見つめる女性騎士に声をかけるが、言葉が続かない。


「隊長。後で説明してもらいます」


 ファレスと呼ばれた黒色甲冑の女性騎士はそれだけ言い残し、きびすを返してテントの外に向かった。テントを出たファレスと入れ替わるように数人の奴隷騎士がテントに入ってきて、気絶したままのドレックを運び出していく。バイザーを下ろしているため表情はわからないが、奴隷騎士たちは仁がいることに驚いているようだった。


 仁は奴隷騎士たちが下がった隙にセシルと話し合おうとするが、ファレスはすぐに戻って来てしまい、それも叶わない。


「隊長。説明を求めます」


 ファレスがバイザーを上げ、セシルを詰問するかのように口を開いた。仁はハッと息を呑む。バイザーの下から覗いた顔に、見覚えがあった。


 記憶を辿ると、以前コーデリアがセシルに対して、この女性が奴隷騎士隊の副隊長になる予定だと話していた場面に辿り着き、仁は顔をしかめる。仁がファレスの顔を覚えているということは、逆に言えば、その場に居合わせた仁の顔をファレスが覚えているかもしれないということに他ならない。


 セシルが口ごもっていると、ファレスはチラリと横目で仁を見た。


「隊長がご自身のテントから部下を遠ざけられたのは、任務の最中に男と密会するつもりだったからですか?」

「ち、ちが……」


 反射的に否定しかけたセシルの言葉が途中で止まる。そのセシルの様子に、セシルのテントの周囲に人がいなかったのは自身の訪問を見越してのことだったのかもしれないと仁は思い至る。


「あの、俺は――」

「あなたはジン・ハヅキ殿ですね。一度ご主人様の元でお会いしたので存じております。ご主人様の元奴隷で、奴隷騎士隊の前隊長。そしてご主人様や隊長のみならず、帝都に暮らすもの全ての恩人であると聞き及んでおります」

「だったら話は早い。俺はあなた方の敵じゃない。あなた方に危害を加えるつもりはないよ」


 仁は静かな殺気を放つファレスに、自分は危険な存在ではないと訴える。仁が周囲の気配と魔力を探ったところ、奴隷騎士と思われる者たちがテントを取り囲んでいるようだった。


 実際、仁は帝国の上級騎士であるドレックに手を出してしまったのだからファレスが警戒するのも無理はない。しかし、話せばわかってもらえるはずだと仁は信じていた。ファレスもコーデリアの奴隷であり、セシルの部下の奴隷騎士なのだ。


「そうですか。それは助かります。それでは少々お待ちください」


 ファレスが小さく頭を下げ、再度テントの外に向かう。仁は暗に外の兵たちを下がらせてほしいとファレスに頼んでいたつもりだったのだが、それが通じたのだと安堵の息を吐く。しかし――


 直後、十名を超える奴隷騎士たちがテントの中に流れ込んできた。その奴隷騎士たちはテントのふちに沿って並び、仁とセシルを取り囲んだ。それぞれが剣や槍などの武器を構え、油断なく立ち並ぶ。


「ファ、ファレス、これは……!」


 狼狽するセシルを無視し、ファレスは冷たい目で二人を睥睨へいげいしていた。


「この者たちを捕らえなさい」


 ファレスが何の躊躇ちゅうちょもなくそう言い放ち、背後に控えていた奴隷騎士たちが仁とセシルに向かって動き出す。


「先ほどの言葉通り、大人しく捕まっていただけると助かります」


 仁とセシルは呆然と立ち尽くす。やはり、ファレスの言葉に迷いはなかった。


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