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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第十五章

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15-5.続報

「セシル?」


 なぜ今この場でセシルの名前が出てくるのか。仁は突然のことに混乱するが、すぐに理解が追い付き、それが何も不思議なことではないことに気付く。コーデリアとセシル主従は味方だという意識が強かったが、2人はれっきとした帝国皇女と、その腹心である奴隷騎士隊の隊長なのだ。セシルはコーデリアの、そしてコーデリアは帝国の意向には逆らえない。


「そんな、まさか……」


 青ざめたカティアが呟きをこぼした。仁は抱き起した精兵に、違うと答えてくれと念じながら、問う。


「初報で帝国軍はおよそ30名だと聞きました。もしかして、その甲冑の色は――」


 仁は精兵の返答に、表情を歪めて奥歯を強く噛み合わせた。出陣した帝国軍のうち、赤色甲冑が1名。そして、その他の全ては黒い甲冑を身にまとっていたという。


 仁の助けを借りて床に腰を下ろした偵察隊の精兵が語る。


 エルフの偵察隊は初報を伝達する隊員を送り出した後、黒色甲冑の騎士の中で唯一マントを背に付けた隊長風の騎士の持つ武器に見覚えがあることに気付いた。杖でもあり剣でもあるその武器は、一般に広く普及しているようなものではなかった。


 そのマントの騎士は帝都を出て魔の森に入ると、何やら地図のようなものを広げ、兜を脱いで覗き込んだ。照明の魔道具によって暗闇の中に浮かび上がった青髪の少女の顔は、黒装束の精兵の知る、英雄の仲間と同じ顔をしていた。


「隊長……みんな……」


 小刻みに震えるカティアの背をロゼッタが支える。そのロゼッタも唇を強く噛みしめ、巡り合わせの悪さを呪っているようだった。


 その場の誰もが想像もしていなかった事態に、皆の気持ちが深く沈み込む。


 そんな中、仁はふと思う。これは本当に偶然なのか、と。


 セシルとエルフの繋がりを知る者は少ない。しかし、セシルと仁の繋がりを知っている者は多くはないが少なくもない。


「俺がエルフの里にいることを知って、奴隷騎士隊を、セシルを差し向けたのか」

「仁くん。それって……」

「うん。たぶん、ユミラさん。いや、ユミラさんの記憶を持つ何者か――魔王妃の仕業だろうね」


 もしかすると魔王妃とは関係のない、帝国上層部のくわだてかもしれないが、魔王妃が帝国に取り入っている可能性が高い今、どちらでも同じことだった。


 セシルを人質に、仁の反撃を封じるつもりか、単なる仁たちへの嫌がらせか。どちらにせよ、帝国は、魔王妃は、今ここに完全に仁の敵となった。


「でも、攻めてくるのがセシルさんなら、何とか説得できないかな?」

「たぶん無理じゃないかな。セシルが俺たちと通じるようなことをすれば、コーディーの身に危害が及ぶ。赤色甲冑の騎士はそのためのお目付け役かもしれない」


 奴隷騎士隊はコーデリアの元で正式に組織された部隊だ。その部隊の作戦行動に1名だけ別部隊所属の上級騎士が混ざるのは不自然だが、セシルの裏切りを警戒してのものだとすれば納得できる。


 仮にその上級騎士だけを何とか排除できたとしても、城に戻った際にセシルたちが追及を受けるのは避けられない。


「ジン……。隊長と、みんなと戦うの……?」


 普段であれば抑揚のないはずの言葉が、小さく震えていた。無表情であるはずのカティアの顔が、ひどく歪んでいた。


 カティアのすがるような視線に、仁は答えを返すことができない。仁が唇を強く噛みしめると、口内に鉄の味が広がった。


 転移用アーティファクトで転移できないことに気付いたセシルたちがそのまま引き返してくれれば戦いは避けられるが、根本的な解決ができなければ、それはただの先延ばしに過ぎない。その後も奴隷騎士隊だけで攻めてくるかわからないが、続く侵攻時にも奴隷騎士隊が含まれる可能性が極めて高い。


 コーデリアというある意味でこれ以上ない最上の人質がいる以上、セシルたちが帝国に逆らうことはできない。放っておけば、間違いなくセシルとエルフ族の間で殺し合いになる。いくら里の恩人でもあるセシルが相手と言えど、エルフ族としても一族の滅亡とはかりには掛けられないだろう。


 そんな中、自分たちは、自分はどうすればいいのか。仁の頭の中を、答えの出ない問いがぐるぐると駆け回っていた。




 どれだけ思考の渦に捕らわれていただろうか。気が付くと、アシュレイが戻って来ていて、偵察隊の精兵は既に退室していた。皆が難しい顔で俯き、重々しい空気が板張りの広間を支配する中、イムだけがミルを元気付けようと一生懸命話しかけているようだった。


「ジン」


 強い口調でアシュレイに呼ばれ、仁はようやく思考を中断した。


「我々はセシルが相手だろうと、戦うぞ」

「それは――」


 仁は言葉を呑み込む。アシュレイの立場からすれば当然の話だ。それを否定することはエルフ族に滅べと言っているようなものなのだ。仁の表情が苦渋に歪む。


「我々とて、この里の恩人であり、お前たちが、いや、何よりこの私が仲間と認めるセシルと好んで戦いたいわけではない。だが、帝国に屈する訳にはいかんのだ」


 アシュレイとしても断腸の思いであることが、その悔しげな表情からありありとうかがえた。


「我々には一族の存亡がかかっている。だが、お前たちは違う」

「アシュレイ?」

「ジン、レナ、ミル、イム、ロゼ。お前たち戦乙女の翼(ヴァルキリーウイング)に里を代表して私から依頼がある」


 アシュレイが何を言い出そうとしているか、仁は理解できない。それでも、真剣な表情で強い意志のある言葉を紡ぐアシュレイから目が逸らせない。


「この里の子供たちを連れ、メルニールに向かってくれ。そして、この戦が終わるまで、子供たちをかくまってほしい」

「うん。それは俺とロゼが――」

「違う。お前とロゼだけではない。戦乙女の翼(ヴァルキリーウイング)全員で、だ」


 アシュレイは仁たちにメルニールに帰れと、エルフ族と帝国のいさかいから手を引けと言っていた。


「今ならまだ間に合う。お前たちは魔王妃の眷属が襲撃してきたときに、たまたまこの地に居合わせただけの冒険者。何もわからないまま、襲われたから戦っただけで、エルフの里に加担もしていなければ、帝国と敵対もしていない。お前たちは何も知らず、依頼を受けてエルフの子供たちをメルニールに連れて行く。ただそれだけだ。カティアはジンたちに付いて行ってもいいし、帝国に戻ってもいい。我々のことを隊に知らせようと、カティアの自由にしてくれていい。ただ、ジンたちについては黙っていてくれると助かる」

「アシュレイ! それは――」

「言うな!」


 アシュレイの声が広間の困惑に満ちた重々しい空気を鋭く切り裂いた。


「わかってくれ。私はお前たちが仲間同士で争うのを見たくはないのだ……」


 沈黙の、とばりが落ちた。


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