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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第十五章

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15-1.点火

 日が傾き、薄暗さに拍車のかかった魔の森に、青白い光の粒子が舞った。キラキラと輝く光は幻想的な光景を作り出し、直後、闇に溶けるように消えていく。


「玲奈ちゃん、お疲れ」


 仁が小柄な背中に声をかけると、一角馬ユニコーン双角馬バイコーンを湖の畔の洞窟に送還した玲奈が振り向き、少しだけ疲れたような顔に笑みを貼り付けた。


「玲奈ちゃん、大丈夫?」

「うん。やっぱりけっこう魔力を使っちゃうみたいだけど、だいぶ慣れてきたから」


 いくらアーティファクトの力を借りているとはいえ、召喚獣を離れたところまで転移させるのにはかなりの魔力を要するようだった。エルフ族の用いていた石灯籠型の転移用アーティファクトは僅かな魔力で起動していたようだが、携帯できる勾玉型のアーティファクトは勝手が違っていた。


 もっとも、石灯籠型のアーティファクトがあらかじめ決められた地点のアーティファクト同士を転移するのに対し、勾玉型のアーティファクトはどこからでも基点となる洞窟内のアーティファクトに転移させられるのだから、一概に比べられるものではない。用途が違うのだ。


「俺が玲奈ちゃんに魔力譲渡できれば良かったんだけど」


 玲奈の持つ魔力譲渡の技能はその名称の通り一方通行であり、触れた相手から逆に魔力をもらうことはできない。玲奈は魔力操作に優れた仁なら使えるようになるのではないかと言っていたが、少し試してみた結果、仁には使えそうになかったのだった。


「一度にたくさんの魔力を消費するから、ちょっと疲れたように感じちゃうだけだよ。慣れてきたし、大丈夫」


 仁を心配させないよう笑顔で告げる玲奈に、仁は辛かったら無理をせず魔力回復薬を飲むように伝える。玲奈の魔力総量を考えれば魔力が枯渇するようなことはないが、減った魔力を回復させて悪いことはない。


「仁くんは相変わらず心配性だね。でも、心配してくれてありがとう」


 暗がりの魔の森に、笑顔の花が咲く。見るもの全てを幸せにするような微笑みという名の花に、仁はだらしなく頬を緩める。


あるじ。レナさんに見惚れるのもいいですけど、ボクも構ってくださいぃいい』


 黒い馬の鼻先が仁の脇の辺りに押しつけられる。鋭く折り返した金色こんじきの角が仁の頬をかすめ、仁はビクッと身を引いた。


「夜営の準備が終わったらね」

『そんなぁ……』


 仁は情けない念話を送ってくる八脚軍馬スレイプニルの鼻筋を一撫でし、焚き火用の薪を組んでいるミルの元に向かう。


「ジンお兄ちゃん。火を点けてほしいの」

『ボ、ボクがやります!』


 八脚軍馬スレイプニルが一足で仁を追い越し、ミルに顔を近づけた。


「待て待て!」


 仁は慌てて追いかけ、角を掴んで八脚軍馬スレイプニルをミルから引きはがす。


「ミルを丸焼きにするつもりか!?」


 先日、八脚軍馬スレイプニルが同じように火を点けようとして、薪を炭にした挙句、近くのテントまで届く勢いの炎をたてがみから放ったのを仁は忘れていなかった。


『いやだなぁ。あるじ。ボクがそんなことするはずないじゃないですか』


 仁が胡乱うろんげな視線を向けると、八脚軍馬スレイプニルはさも心外だと言わんばかりに鼻を鳴らした。


『ボクだってちゃんと学習してるんです』


 どこか自慢げな八脚軍馬スレイプニルたてがみから一気に炎が立ち昇る。


「全然調整できてないじゃないか!」


 数メートルはある炎のたてがみを指差し、仁が声を荒げる。最近になるまで魔法を使ってこなかった八脚軍馬スレイプニルが魔法の威力の調整を苦手とするのは仕方がないにしても、少なくともその自覚は持ってほしいと、初めて乗ったときに丸焼きにされそうになった仁は切に願った。


『まぁまぁ、あるじ。見ててください』


 ミルの前に立ち塞がる仁を前に、八脚軍馬スレイプニルが余裕の態度を見せる。


『ミルさん、ミルさん』

「はいなの」


 仁の腰の後ろから、ミルが顔を覗かせた。


「ミル、危ないよ」

『ボ、ボクを危険物扱いしないでくださいぃい』


 情けない声を念話で送る八脚軍馬スレイプニルだったが、仁が半眼を向けると、初めて人を乗せたときのことを思い出したのか、首を左右に回して視線を彷徨わせた。


八脚軍馬スレイプニルさん、ご用はなあに?」

『はっ。そうでした。ミルさん、ミルさん。ちょっと木の枝を一本、手に持ってもらっていいですか?』

「はいなの」


 ミルは足元から薪を一本掴んで持ち上げると、仁の横に並んで八脚軍馬スレイプニルに見せる。


「持ったの」

『はい、ありがとうございます。それじゃあ、こっちに来て、その枝の先をボクのたてがみの炎に突っ込んでみてください』


 ミルが八脚軍馬スレイプニルに歩み寄る。仁は冷や冷やしながらも、自信ありげな八脚軍馬スレイプニルを信じることにする。というより、事ここに至れば八脚軍馬スレイプニルがやりたいことは明らかだった。仁の考え通り、自身で炎を調整できないために、ミルに頼んで枝に火種となる火を点けてもらおうという算段であるなら、ミルが丸焼きにされるようなことにはならないはずだ。


「グルゥ」


 仁が見守る中、八脚軍馬スレイプニルに近付こうとしたミルが振り返る。釣られるように仁が振り向くと、イムがドヤ顔で浮いていた。


『イ、イム先輩、ずるいです!』


 二人と一頭の視線の先。イムの真下で、焚き火が燃えていた。


「グルッ」


 イムが勝ち誇ったように一鳴きし、すーっとミルの顔の前まで移動する。


「イムちゃん、ありがとう」

「グルッ、グルッ」


 イムがミルの頬に顔を擦りつけ、ミルがくすぐったそうにしながらイムの小さな頭を撫でる。見る見るうちに八脚軍馬スレイプニルたてがみの炎が消え、八脚軍馬スレイプニルの首が垂れ下がった。


八脚軍馬スレイプニルさんも、ありがとうなの」


 結局無駄になってしまったが、火を点けようとしてくれた八脚軍馬スレイプニルへの感謝を忘れないミルを自慢に思いながら、仁は八脚軍馬スレイプニルの黒い体に手を置いた。


「まぁ、手伝ってくれようとした気持ちは嬉しいよ」

『じゃあ、ボクも撫でてください』

「イムを撫でてるのはミルだけど、俺でいいの?」

『あ、あるじがいいんです』


 仁が八脚軍馬スレイプニルの鼻筋を撫でると、八脚軍馬スレイプニルは気持ちよさそうに目を細めた。


「レナ様。カティア殿も。明日召喚したら、あの子たちも撫でてあげましょう」

「うん。そうだね」


 仁たちが馬の魔物の暮らす湖を去ってから数日後。ゆらゆらと揺れる焚き火に照らされた温かな空間に、騒がしくも穏やかな空気が流れていた。


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