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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第三章

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3-4.土魔法

 夕日が空を赤く染める中、鳳雛亭の庭の片隅で玲奈が目を閉じて立っていた。ひんやりとした微風が玲奈の長い黒髪を靡かせた。庭に植えられた木々がざわざわと枝葉を揺らした。


 あの後、玲奈は慌てて乱れた衣服を整えて、仁を部屋から追い出した。仁が入室を許されたときには、既に玲奈は汗を綺麗に落として別の服装に着替えていた。仁との行為で何かを掴んだのか、すぐ試してみたいという玲奈に従い、宿屋の庭に戻ってきたのだった。


氷球アイスボール


 玲奈が噛みしめるように魔法名を告げ、氷球アイスボールを発動させた。仁とリリーは玲奈の姿を緊張の面持ちで見つめる。しばらくすると、玲奈の左手の氷の球が空気に溶けるように実体をなくしていく。リリーが息を飲んだ。


「レナさん! 成功ですよっ!」


 リリーの声で玲奈が目を開いて左手を確認する。玲奈の顔に喜びが広がっていく。玲奈が両の握り拳を肩まで上げた。


「やった! 仁くん、できたよ!」

「おめでとう。でも、まだ終わりじゃないよ」

「うん。なんとなくだけど、魔力の流れがわかった。それを土のイメージに結び付ければ……。うん。今ならできる気がする」


 うんうんと玲奈が何度か小さく頷いた。


「見ててね」


 玲奈が深呼吸をして再び瞑想に入った。風が凪ぎ、木々も騒ぎを止めた。


土壁アースウォール!」


 玲奈の澄んだ声が辺りに伝播していく。それに呼応するかのように、玲奈の突き出した左の手のひらを中心に、土色の壁が上下に伸びていった。玲奈が目を開けると、玲奈の目の前に地面から生える3メートルほどの土の壁が存在していた。


「仁くん!」


 土の壁の横から玲奈が顔を覗かせた。


「やったね。玲奈ちゃん!」


 仁が思わず右手を頭の横に上げると、玲奈が喜色を浮かべて駆け寄り、仁の手を右手で弾いた。二人の触れた手から乾いた音が心地よく響いた。仁は玲奈のCD発売記念ハイタッチ会に落選して参加できなかったときの悔しさを思い出し、心を震わせた。




 その後、リリーがフェリシアに夕食を豪華にしてほしいと頼みに走り、1階の食堂で普段より豪勢な夕食に舌鼓を打った。いつにもましてニコニコとしている玲奈の姿は、仁をはじめ、同じ食堂に居合わせた多くの男女を蕩けさせた。


 玲奈からあふれ出る幸福感は部屋に戻ってからも続いていた。玲奈はベッドに足を伸ばして腰掛け、体を軽く左右に揺らしていた。ときどき目を閉じては口元を緩めていた。おそらくステータスを確認して、技能欄の魔力操作と土魔法に喜びを感じているのだろう。


 仁はそんな玲奈の姿を眺めながら、左手に残る玲奈の下腹部の感触と玲奈の際どい姿を思い出して顔をにやけさせた。


「仁くん。ありがとう。すっごく恥ずかしかったけど、おかげさまで魔力操作と土魔法を修得できたよ。これでダンジョンにもっと潜れるよ!」

「ううん。俺は少し手助けしただけで、修得できたのは玲奈ちゃんが頑張ったからだよ」


 仁の言葉に、玲奈が笑みを深めた。


「でも、あんな方法があるなら、もっと早く教えてくれればよかったのに」

「前に一度同じようなことをしたことがあって、もしかしたらとは思っていたんだけど、その、やっぱり恥ずかしくて。玲奈ちゃんにも恥ずかしい思いをさせちゃうと思ったし」


 仁との行為を思い出したのか、玲奈が顔を赤らめた。


 仁はかつて小さな聖女と呼ばれた幼さの残る少女のことを思い出した。生まれながらに希少な回復魔法の技能を持ち、力に驕ることなく傷ついた人々を癒し続けた少女は、戦禍に喘ぐもっと多くの人を救うために勇者の仲間となった。回復魔法は他人に干渉する魔法のために扱いが難しく、強力な効果を発揮するためには高度な魔力操作が必要だとされていた。そのため、当時から魔力操作に長けていた仁が少女に懇願されて、今日玲奈にしたのと同じようにしたのだった。魔力操作を修得した少女は攻撃魔法にも非凡な才能を発揮し、ラインヴェルト王国になくてはならない戦力となり、民衆の希望の象徴の一人となった。


 仁は静かに目を閉じた。100年の時が過ぎているため、少女が今も生きているとは考えられなかった。せめて最期が安らかであってくれたのならと願わずにはいられなかった。仁は小さく首を左右に振り、陰気な気分を追い出した。今は目の前のことに集中するために、再び幸せな気分を分けてもらおうと玲奈を見つめた。


「仁くん?」

「ん?」


 いつの間にか玲奈が伸ばしていた足を綺麗に揃え、姿勢を正していた。仁の大好きな玲奈の笑顔から薄い寒気を感じて、仁は知らず知らずのうちに居住まいを正した。


「仁くんは知っているのかな?」

「な、何をでしょうか?」


 顔は怖いくらいに笑っているのに、玲奈の目が笑っていなかった。


「仁くんは私の奴隷だよね」

「は、はい」


 玲奈は満足げに頷く。


「仁くんは知らないのかな? 主人はね、ステータスの使役者の欄から、自分の奴隷のステータスを確認できるみたいなんだよね」

「え」


 仁の背中を冷たい汗が伝った。全身の毛穴から汗が噴き出すような寒気を感じた。


「なんで、仁くんの技能欄に、土魔法があるのかな?」

「えっと、その、玲奈ちゃんの頑張ってる姿を見て、俺も修得しようかと思いまして」

「いつ?」

「え」

「いつから使えたの?」


 仁の額からだらだらと汗が流れ落ちる。誤魔化せる雰囲気ではなかった。


「ふ、2日前からです」

「へぇ。そうなんだ。2日前からなんだぁ」


 玲奈の笑顔が怖かった。蛇に睨まれた蛙の気分だった。


「じゃあ、もしかして、今日、あれをしなくても、仁くんが土魔法を使ってくれれば二人でダンジョンに潜る分には問題なかったりして?」

「えっと、その、そういうことになりますね」


 玲奈がカッと目を見開いて、立ち上がった。


「なんで言ってくれなかったの!? すっごく、すっごく恥ずかしかったんだよ!?」

「い、いや、あまりに玲奈ちゃんが必死な様子だったし! そ、それに、魔力操作使えた方が後々役に立つでしょ!? 土魔法も、玲奈ちゃんも使えるに越したことはないし!」

「そうだけど! そうだけど……!」


 玲奈が眉根を寄せて、唇を噛んだ。顔を真っ赤に染めた玲奈が涙目で叫んだ。


「それでも恥ずかしかったんだよ! 男の人にあんなとこ触られたことなかったし! それに、その、恥ずかしい声だって聞かれちゃったし!」


 ふうふうと息を荒げる玲奈を宥めるために、仁はひたすら平身低頭するしかなかった。幸いなことに、その日、隷属の首輪から電撃が流れることはなかった。


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