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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第十四章

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315/616

14-20.交代

「お二人が想い合っておられるのは、お二人を見ていればわかります。元々の世界でのジン殿とレナ様の関係がどのようなものだったかわかりませんが、少なくとも自分の目にはそう映っています」


 仁を諭すかのように告げるロゼッタの表情は慈愛に満ち溢れ、整った容姿とも相まって、まるで聖母のように感じられた。


「自分は初めてお二人とお会いしたその時から、この日が来るのを予感し、また、待ち望んでいたのです」

「えっと、その。俺たちを想ってくれるロゼの気持ちは嬉しいし、感動しているところ申し訳ないんだけど、本当に違うんだよ」


 仁は恋愛的な意味での“好き”とファンとしての“好き”は違うのだと説明するが、アイドル的な文化のない世界では理解してもらうのは難しい。しかも、そう語っている仁本人すら、どう違うのか明確な線引きをすることができていないのだから、尚更だった。


 更に言うのであれば、この世界で共に過ごしてきたことで、仁の玲奈に対する気持ちに全く変化がないとは言い切れないことを、仁自身も心の奥底では自覚し始めているのだ。しかし、それを玲奈に悟られるわけにはいかない。


 玲奈が仁と一緒にいたいと願っている根幹には、仁が玲奈のファンであるという部分を大きな拠り所にしているに違いないと仁は考えていた。


『ファンだから裏切れないし、ファンだから裏切られない』


 事実はともあれ、この世界で他に頼るもののいない二人、特に玲奈にとっては、この関係がある種、聖域のようなものとなっていた。そして、仁は自身のことを棚に上げ、玲奈がそう美化していると思い込んでいる。


 実際は玲奈もファンがずっとファンでいてくれるわけではないことを痛いほど知っているからこそ、仁の気持ちを信じたいと思っていても最後のところで信じ切れず、先ほどの二人のやり取りに繋がったわけだが、仁はそのことに思い至ってはいない。


 そのため、仁がファンとしての“好き”と恋愛としての“好き”を混同していると玲奈に思われてしまっては、その根幹が崩れてしまい、その結果として、玲奈の仁と共にいたいという気持ちが揺らいでしまうのではないかと仁は恐れていた。


 もしそうなってしまっては今まで通りの関係ではいられないし、万が一にでも玲奈が仁と行動を共にすることを拒否してしまえば、元世界に戻るまで玲奈を守り通すという仁の誓いも果たせなくなってしまうかもしれないのだ。


 仁は先ほど、玲奈が拒んでも一緒にいると言ったが、仁にその自信はなかった。玲奈に嫌われたとしても玲奈が無事でいられるよう陰から見守るだろうが、それではストーカーと変わらない。いくらこの世界にストーカー行為を規制する法律がないからといって、仁の精神が耐えられそうもないのは明白だった。


 この世界で等身大の玲奈に触れ、仁の思っていた通りだった玲奈と、そうでない玲奈。どちらの玲奈も、仁にとって容姿も内面も魅力的な少女であることに疑いがないからこそ、仁は自身の心の内に生じつつある想いを直視することができない。


 考えれば考えるほど、仁の心の底から悲しさと切なさの入り交ざった感情が湧き上ってきたが、玲奈と一緒にいられるだけで幸せなのだと自身の胸の内に強く刻む。


「とにかく、俺は玲奈ちゃんと婚約なんてしてないし、そもそも、結婚する気も付き合うつもりもないから!」


 話はこれで終わりだと言わんばかりに仁が宣言し、同意を求めるように玲奈を振り返る。


「あれ? 玲奈ちゃん?」


 仁は玲奈が唇を尖らせていることに気付いて首を傾げた。いつの間にか、玲奈の頬は普段の色を取り戻していた。


「……知らない」


 玲奈がプイッとそっぽを向く。てっきり同意してもらえると思っていた仁はわけがわからず、ますます首を傾けた。


 仁は知らず知らずのうちに玲奈の気分を害してしまったのかと心配になったが、玲奈も、そっぽを向いた後で眉根を寄せて僅かに首を捻っていたため、嫌われたわけではなさそうだと安堵する。ロゼッタに婚約したと勘違いされてしまうくらいの熱の籠ったやり取りをした後で、すぐに嫌われてしまっては情けないにも程がある。


「と、とにかく、ロゼの勘違いだから。この話はこれでおしまいね」


 仁が一方的に告げる。ロゼッタはまだ何か言いたそうにしていたが、仁は取り合わず、ロゼッタが残念そうに肩をすくめた。


「仕方がありませんね。今はそういうことにしておきます」

「今も何も、本当にそんな事実はないからね?」


 仁がロゼッタに念を押していると、二人のやり取りに注目していたミルがその表情に落胆の色を浮かべた。ミルの腕の中のイムが首を回して仁に抗議の目を向けていたが、仁は無視して溜息を吐いた。


「それで、話もまとまったことだし、みんなを起こしちゃった俺が言うのもなんだけど、もう一度寝てきたら?」

「ミル様、カティア殿。自分としてはこのまま夜番を引き継ぎたいと思っていますが、どうですか?」


 ロゼッタがミルとカティアを見遣る。


「ミルは大丈夫なの」

「私も問題ない」

「それでは魔物の警戒をしつつ、どうしたらジン殿が素直になられるか相談いたしましょう」

「はいなの!」


 異議を唱えようとする仁を無視してロゼッタとミルが盛り上がる。カティアはほとんど無表情ながら困惑した様子を見せていたが、二人を止めるのは無粋だと思っているのか、仁に申し訳なさそうな視線を送ってから二人の輪の中へと入っていく。


 仁は諦めたように肩を落とし、そういえばと玲奈に目を向けると、バチッと視線がぶつかった。二人して目を丸くした後、互いに目を逸らす。仁は何となく気まずさを感じながらテントに向かって一歩を踏み出したところで、はたと動きを止めた。


 仁の脳裏に、何か忘れているのではないかという考えが浮かんでいた。


「あの、仁くん……」


 仁が何かに導かれるかのようにゆっくりと振り返ると、3人と1体に場を弾かれた玲奈が、仁の真後ろに立っていた。玲奈の頬に、再び朱が差していた。


「あ、そっか。この組み合わせだと、こうなるのか……」


 先に寝ていた3人と交代するのだから、それは当然のことだった。玲奈の悩みで頭がいっぱいだったとはいえ、仁はそんな当たり前の事実に思い至っていなかった自身に呆れ果てる。


「あ、仁くんも気付いてなかったんだね……」

「う、うん。ごめん、玲奈ちゃん」

「う、ううん。私の方こそ、ごめんね」


 玲奈はどこかホッとしたような、それでいて残念そうな、複雑な表情を浮かべていた。ふと視線を感じて仁が玲奈の向こう側に目を向けると、焚き火を囲んでいるロゼッタが、したり顔を披露していた。


 仁はロゼッタに嵌められたことに気付くが、時すでに遅く、この後に訪れる再びの玲奈と二人だけの時間と空間を想い、嬉しさと申し訳なさと、気まずさが胸に去来する。


 赤らめた顔でチラリと仁を上目遣いに窺い見る玲奈を前に、仁はある意味では拷問を受けるかのような覚悟を決めるのだった。


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