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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第十三章

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13-19.関与

 灰色の雪の降る空を見上げ、仁は深く息を吐いた。ずっしりとした疲労感が仁の肩にし掛かる。灰色の鉤爪でばっさりと斬り裂かれた左腕が、だらりと垂れていた。


「ぐっ」


 仁の口からくぐもった声がこぼれ落ち、仁が膝をつく。


「ジン殿!」


 ロゼッタの悲痛な叫びを聞きながら、仁はアイテムリングから回復薬ポーションを取り出し、傷ついた腕に浴びせかけた。


「ジン殿、大丈夫ですか!?」


 駆け寄ってきたロゼッタが仁の肩を支え、仁の顔を覗き込む。


「うん。すぐには治らないだろうけど、痛みは大分だいぶ引いたよ。それより、エルヴィナさんは?」


 仁が問いかけると、ロゼッタは悔しさと申し訳なさの同居したような複雑な表情を見せた。


「申し訳ありません。自分が目を離した隙に……」

「そっか。でも、ロゼが無事でよかったよ」


 仁が微笑む。ロゼッタが責任を感じなくて済むようにという思いもあったが、エルヴィナの現在の実力が未知数であるため、ロゼッタの無事が一番だという仁の気持ちに偽りはない。


「しかし、自分がもっと注意していれば……」


 ロゼッタによると、エルヴィナは仁と恐るべき鉤爪(テリブルクロー)の戦闘の最終局面までは確かにいたのだが、ロゼッタが目を離した一瞬の隙に姿を消したという。そのことに気付いたロゼッタはすぐに気配を探ったが、どちらの方角に去ったのかもわからなかったようだ。


「風魔法を使って気配を遮断したのかもしれないな」


 仁はそう言いながら周囲の魔力を探るが、何かしらの魔法が行使されたであろうことはわかっても、エルヴィナによるカモフラージュのせいなのか、それ以上のことはつかめなかった。


「とりあえず、魔王妃と帝国に何らかの繋がりができたことがわかっただけでもかなりの収穫だよ」


 唇を噛みしめているロゼッタに再度微笑を送ってから、仁は顔を上げて灰の降る様を眺める。


 倒した魔物が灰になったことからも、恐るべき鉤爪(テリブルクロー)が飲んだ紫の液体が魔人薬であるのは間違いなさそうだった。


 そもそもエルヴィナが恐るべき鉤爪(テリブルクロー)を『彼』と呼び、液体を魔人薬と明言していた以上、魔王妃と帝国内部の人間に繋がりができたと思う他なかった。


 魔人薬を使用したことから第一皇子であるガウェインの関与が疑われるが、それが個人としてなのか、帝国という国としてなのかはわからない。


 エルヴィナに関しても、両者の間に入っているのか、それともどちらか一方に協力しているのか不明だが、少なくとも現段階では敵性勢力の一員とするのが妥当だろうと仁は考える。


 戦闘が始まる前のやり取りでエルヴィナがエルフの里に言及したのも、今にして思えば、エルフの里に送り込まれた恐るべき鉤爪(テリブルクロー)を倒した者たちが仁や玲奈たちだと確信したからに違いない。


 仁は眉根を寄せる。


 仁や魔の森のエルフ族がシルフィーナの遺志を継いで魔王妃の目論みを阻止しようと動いていることを知られたわけではないが、エルヴィナの口から仁や玲奈たちのことが魔王妃に伝われば、眷属を倒し得る力を有する者として警戒され、今後動きづらくなる恐れがある。


 エルヴィナから、より詳しい情報を得られなかったことよりも、仁としてはそのことが気がかりだった。


 例えば、このあと当初の予定通り、仁が隠し通路の出口をこじ開けてコーデリアと接触したとして、そのことが魔王妃に知られた場合、帝国におけるコーデリアの立場に悪い影響を与えかねない。


 それは仁の望んでいるところではない。


「せめて魔王妃がどのレベルで帝国と繋がっているのかわかればなぁ……」


 魔王妃がユミラの体を使っている以上、堂々とコーデリアの前に姿を現すとは考えにくい。魔王妃の魂がユミラの記憶を参照できなかった場合はその限りではないが、過去で別人に成りすましていたという話からも、ある程度はユミラとしても振る舞えると思っておくべきだと仁は考えていた。


「ジン殿。もし動けるようでしたら、場所を変えた方が良いのではないですか?」


 ロゼッタの腕の中で思索を続けていた仁に、ロゼッタが問いかけた。ロゼッタの表情には未だ悔恨の色が浮かんでいたが、仁を気遣う気持ちの方が大きくなっているようだった。


「あ、そうだね。さっきのはあの恐るべき鉤爪(テリブルクロー)の暴走だった気もするけど、だからこそ、また襲われる可能性もあるのか」


 仁に仲間を殺された恨みを抱いている恐るべき鉤爪(テリブルクロー)がもう他にいないという保証はない。場所を変えたところでまた見つけられてしまう可能性はあるが、だからといってこのままこの場に留まり続けるのは下策でしかなかった。




 仁とロゼッタは滝壺周囲の安全地帯に別れを告げ、街道に出た。恐るべき鉤爪(テリブルクロー)のような未知の魔物が街道をうろついていれば帝都で噂にならないわけがないため、こと魔王妃の眷属相手であれば魔の森よりも遭遇確率は下がると踏んだのだった。


「ジン殿。夜番は自分に任せてお休みになってください」


 街道沿いでキャンプの準備を整え、夕食後、夜番の順番をどうするか切り出した仁に、ロゼッタが確かな意志を乗せて言い切った。


「いや、でも――」

「ジン殿は負傷しておられる上に、先ほどの戦いでかなりの魔力を消費したはず。今夜は自分に任せ、ゆっくり休んでください」


 反論は許さないと真摯な瞳で見つめられ、仁はロゼッタの申し出を受けることにする。魔力回復薬マジックポーションも飲んだが完全回復には程遠く、魔力を回復させるには寝るのが一番だった。


「でも、何か少しでも異変を感じたら、絶対に起こしてね」


 仁は念を押すように何度もロゼッタに言い聞かせた。その後、仁はあまりのしつこさに苦笑いを浮かべたロゼッタに見送られ、テントの中へ向かった。


 仁は寝袋に潜り込むと、今後の方針を考えるために頭を働かせようとするが、すぐに睡魔に襲われ、心の中でロゼッタに感謝の言葉を告げたのを最後に、意識を手放した。




 夢を見ることなく深い眠りについていた仁に覚醒を促したのは、まだ日が昇る前、テントの外から仁の名を呼ぶロゼッタの声だった。


 緊張を感じさせる、硬い声だった。


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