13-11.泣き面
翌日、仁とロゼッタは早朝に夜営地を発ち、帝都までやって来ていた。開門早々、昨日と同じ外壁の門番の男に訝しげな視線を向けられたが、仁が「宿屋が借りられなくて」と苦笑いで告げると、男は納得して同情したような表情を浮かべて通してくれた。
帝都では朝から復興作業に勤しむ人たちの姿がチラホラと見えた。中にはメルニールで見かけたことのある冒険者の姿もあり、仁は話を聞いてみてもいいかもしれないと思うが、メルニールで広まっている悪意のある噂を思い出し、尻込みしてしまう。
噂が広まる前に既に帝都入りしていた冒険者なら噂を知らないかもしれないが、商人や後続の冒険者たちが出入りしていることを考えると、知っていてもおかしくはない。
仁が周囲に意識を向けると、いくつかの僅かに悪意に似た感情を乗せた視線を感じた。明確な意思を持った悪意には思えなかったが、それが噂によるものかもしれないと思うと仁の足は鉛のように重くなった。
どうしたものかと仁は頭を悩ませるが、とりあえずは最優先の目的を果たすため、一旦棚上げにしてその場を後にする。
さすがに皇族であるコーデリアに面会を求めるには時間が早いが、仁たちの目的は別にあった。
「上手くセシルに会えるといいんだけど」
「はい。見たところ、奴隷騎士隊の皆様が出発されたような形跡は見受けられませんね」
仁とロゼッタは城門から少し離れた通りの角で言葉を交わしながら、チラチラと城の門に目を向ける。遠目に確認したところ、門番が昨日と同じ人物のようだったため、あまり近付かずに様子を見ることにしたのだ。
「開門に合わせて来たからね。いくら奴隷騎士隊の朝が早いと言っても、門が開く前には出られない。緊急の任務の場合は別だろうけど」
奴隷騎士隊は仁がコーデリアの元を去ってから拡充されたが、基本的な任務はコーデリアの護衛と近隣の魔物討伐のはずだ。昨日、帰りしなに街の人にそれとなく尋ねてみたところ、割と頻繁に近隣の巡回に向かう奴隷騎士隊の姿を見かけるが、ここ数日は見ていないという。
城の門番が取り次ぎを拒否した際にもセシルや奴隷騎士隊が城内にいないと言わなかったことも合わせれば、セシルが城内にいる可能性は高い。となれば、今日と言わずとも、近日中に魔物の討伐に出向いても不思議ではない。
先ほどの外門の門番の様子に変わったところは見受けられず、緊急の事案が起こった様子はなかったため、仁とロゼッタは当初の予定通り、セシルが城門から出てくるのを見張ることにしたのだった。
「本当は普通に取り次いでもらえるのが一番なんだけど」
仁が奴隷だけでも面会できると安易に考えていたことを反省していると、ロゼッタは昨日の門番の態度を思い出したのか、遠くの門番に鋭い視線を送っていた。
「ロゼ。あまり睨んでいると気付かれるよ?」
「す、すみません!」
仁が苦笑と共に告げると、ロゼッタはハッとした表情で勢いよく首を回した。
「つ、つい――」
あまりの勢いに仁の正面を通過したロゼッタの視線が一点で止まる。
「ジン殿。見られています」
ロゼッタが警戒の色を滲ませながら小声で告げる。仁は思わず振り向きそうになるが、何とか踏みとどまり、周囲の気配を探る。
「ロゼ。気付いていない振りをしながら、様子を教えてくれるかな」
「す、すみません。既に目が合ってしまいました……」
仁は眉尻をこれでもかと下げるロゼッタに微笑みかける。仁としては悪意のある視線には感じなかったが、もし自分たちを監視している者がいるのであれば、逃げられる前に何者なのか探るヒントが欲しかった。こちらが気付いたことに気付かれてしまったというのであれば、遠慮はいらない。
「……え?」
意を決して振り返った仁の口から素っ頓狂な声が零れた。
仁が振り向いた先にいたのは、ミルより少しだけ年上に見える少年だった。ボロボロの麻の服を着た少年は通りの真ん中で立ち竦み、あわあわとした様子で視線をあちらこちらへ彷徨わせていた。
「ロゼ。あの子……?」
「は、はい。先ほどまで、自分やジン殿をジッと見つめていました」
「うーん……。ロゼ。一応、周囲の警戒をよろしく」
仁には少年が自身に対して悪意を持っているようには思えず、戸惑いながらも歩み寄る。ロゼッタも緊張の面持ちで仁の後に続いた。一方の少年はビクッと肩を揺らしたものの、その場から立ち去るようなことはせず、仁たちと少年の距離はすぐに縮まった。
「えっと。何か俺たちに用事かな?」
仁が少年の前で膝を折り、目線を合わせて尋ねる。少年は相変わらず目まぐるしく視線を彷徨わせていたが、意を決したかのようにゴクリと喉を鳴らすと、正面から仁と向き合った。
「あ、あの……! ぼ、僕はラウルと言います!」
「ラウル君か……」
少年の名に、仁は聞き覚えがなかった。チラリと仁がロゼッタに目を向けると、ロゼッタは小さく左右に首を振った。仁は改めてラウルと名乗った少年を見遣る。ボサボサの頭の上に獣人特有の耳は見当たらず、少年が人族であることは間違いない。
仁が少年の容姿を観察していると、少年は仁に睨まれているとでも思ったのか、今にも泣き出しそうな表情になった。
「あれ?」
仁が眉根を寄せる。ふと、どこかで見たことがあるような気がしたのだ。
「うん? もしかして、ラウル君と俺はどこかで会ったことがあったりする?」
「い、いえ! で、でも、僕は以前メルニールにいたので、白槍様と、えと、勇者で魔王の英雄様をお見かけしたことはあります」
ラウルがメルニールにいたというのであれば仁たちのことを知っていてもおかしくないし、気付かない内にすれ違ったりしていたかもしれないと、仁は納得する。
仁やロゼッタをその二つ名で呼ぶと言うことは、ラウルがメルニールと帝国の戦争の際にメルニールにいたということだ。その後の祝勝会のときなどはメルニールの住人の多くが集まっていたので、もしかしたらそのときにでも見かけたのかもしれないと仁は考える。一瞬、仁の脳裏に祝勝会の光景が過った。
「あ!」
突然仁が声を上げた。ラウルが何事かと身を縮こまらせる。
「あ、ごめん。もしかして、ラウル君って祝勝会のときに、ミルに――」
仁がそう尋ねかけた瞬間、ラウルの血色の悪い顔に朱が差す。
祝勝会のとき、酔っぱらったロゼッタが仁に挑んだクランフスを返り討ちにしたのをきっかけに、なぜか勝った相手にお願いを聞いてもらえるという話になったのだ。そのとき、ミルに挑んで戦わずに心を折られた少年がいたのを仁は思い出した。
「そ、そうです……」
ラウルが消え入るような声で呟く。仁は少し申し訳ない気持ちになりながら、特に何者かの罠ではないだろうと考え、ラウルが自分たちを見ていた理由を聞くことにした。




