表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第十三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

275/616

13-5.反省

「ミル!?」

「ミル様!?」

「グルゥッ!?」


 二人と一体が揃って驚きの声を上げた。仁とロゼッタがミルに向き直ると、ミルのまさかの宣言を受けた玲奈が、呆然とミルを見下ろして固まっていた。いつものようにミルの周りを飛んでいるイムも、まばたきを止めて覗き込んでいる。


「ミ、ミル。今なんて?」

「ミルもレナお姉ちゃんの奴隷にしてほしいの!」


 仁が聞き間違いではないかと思って確認すると、ミルはニコニコ顔のまま同じ文言を繰り返した。


「ミルもレナお姉ちゃんが大好きだから、きっと大丈夫なの!」


 これまでの話の通り、玲奈の特殊従者召喚の対象者の条件が玲奈への一定以上の好感度であるならば、ミルが自分も対象だと思っても不思議ではない。仮に双方の絆だった場合でも、ミルが条件を満たしている可能性は高い。むしろ、対象外だという方が考えにくかった。


 仁の推測がまったくの見当外れだった場合はその限りではないが、対象が仁のみではないとわかった以上、玲奈の奴隷にさえなればミルも対象であることは想像に難くない。しかし。


 仁は純粋無垢な瞳で見上げてくるミルを見つめながら思索を巡らす。


 確かにミルも特殊従者召喚の対象になれば色々と便利になるのは間違いない。ミルがそこまで考えているかはともかく、この後の帝都への訪問でもミルも一緒に行くことが可能となる。ただ、そうしてしまうとまたイムがミルと離れ離れになってしまうし、飛べることで安全性を確保できるとしてイムも一緒に行くとした場合、玲奈だけが里に残ることになる。


 玲奈はそれでも文句は言わないだろうが、玲奈自身もできることなら一緒に行きたいと思っていることは流石に仁も理解しているため、それは好ましくないように思えた。それに――


「……ダメ?」


 真剣な表情で黙考する仁に、ミルが笑顔を引っ込めて心配そうな顔を形作る。仁はミルの寂しそうな上目遣いにほだされそうになるが、そもそも、仁はメリットがあるからと言ってミルを奴隷にしたくなかった。


 いくらメルニールやエルフの里では奴隷の身分を殊更意識する必要が少なく、仁自身、奴隷の身であることで特段不利益を被っているわけではないが、やはり生まれ育った環境から奴隷制に馴染のない仁にとって、特殊従者召喚の効果目当てでミルを奴隷にするのには抵抗があった。


 奴隷という存在はどう言い繕ったところで主人の所有物であることに間違いはなく、決して望んでなるべきものではない。人の事情や嗜好は様々であるため、そう断言するのは乱暴かもしれないが、少なくとも仁にはそう思えた。


 それは玲奈も同様だったようで、玲奈はミルの前で膝をついて目線を合わせると、優しく微笑んだ。


「ミルちゃんが大好きだって言ってくれて、私はすっごく嬉しいよ。だけどね、私はミルちゃんが奴隷になるのは反対だな」


 玲奈はミルの丸い瞳を見つめたまま、言葉を選び、ゆっくりとした口調で語りかける。


「この世界にはね、奴隷になりたくなくても奴隷にされてしまう人たちも大勢いるの。ミルちゃんは奴隷の人たちが辛そうにしているところを見たことない?」


 ミルはハッとしたような表情を浮かべた後、目尻を下げながら小さく頷いた。


 メルニールが他の帝国の地域より奴隷に寛容とはいえ、奴隷にひどく当たる者が全くいないわけではない。最も身近な主従である玲奈と仁やロゼッタを見ていると忘れがちになってしまうが、ミルにも心当たりはあったようで、その顔には後悔と反省の色が浮かんでいた。


「私はもしミルちゃんが私の奴隷になってもひどいことをするつもりはないよ。もちろん、仕方なく奴隷になってもらっている仁くんやロゼにもね」


 仁の隣でロゼッタが何か言いたげにしていたが、仁が首を横に振って制する。


「だけどね、奴隷っていうのは簡単になりたいなんて言っていいものじゃないの」


 諭すように言う玲奈に、ミルは真剣な表情で頷いた。


「それにね、ミルちゃんまで私の奴隷になってイムちゃんと一緒に仁くんとロゼに付いて行っちゃったら、私、寂しくて泣いちゃうよ?」


 玲奈が少しだけおどけた調子で言うと、ミルの顔に笑みが戻る。


「ミルはレナお姉ちゃんと一緒にいるの!」


 ミルが元気にそう宣言したことで、その場は丸く収まった。イムが露骨に安堵の息を吐き、少しだけハラハラした様子で仁たちのやりとりを見守っていた里の人々も、ほんわかした雰囲気の中で散っていく。


 穏やかに微笑んでいるロゼッタの隣で「玲奈の奴隷というポジションも悪くない。むしろ美味しいのでは?」と思っていた仁は密かに反省していたのだが、それに気付く者はなかった。




 こうして当初の予定通りロゼッタと二人で帝都のコーデリアを訪ねることになった仁は、この後、エルフィーナに頼んで保存食としてアイテムリングに入れて持っていく食事を用意してもらうなど、旅の準備を始めた。


 懸念だったロゼッタだけが取り残されるような事態も回避できたことで、仁としては、善は急げというような気持ちもあったが、いてばかりもいられない。片道数日の道のりではあるが、準備は万全にしておくべきだという玲奈やアシュレイたちの意見はもっともなものだった。


 前回と異なり、コーデリアに訪問の予定を告げてあるわけではなく、以前のようにすぐに面会できるとは限らない。何日か帝都に滞在するくらいの金銭的余裕は十分にあるが、奴隷だけでは帝都の宿に宿泊を拒否されることも考えられるため、野営の継続の準備も欠かせない。




「リリーとマークソン商会の人たちがタイミングよく帝都に来ていればいろいろ助かるんだけどなぁ……」


 その日の晩、仁は自身に与えられた個室の窓から夜空で輝くほぼ真円に近い月を眺めていた。


 仁は元の世界では夜空の月を眺める習慣はあまりなかったが、こちらの世界に来てからは月明かりに優しさを感じるようになっていた。毎晩のように眺めているわけではないが、ふとした瞬間に夜空を見上げる機会が増えたのは間違いない。


 照明の魔道具はある程度普及しているものの、こちらの世界では元の世界に比べて人工の光が少ないために月の光の存在感が増していることも影響しているのではないかと仁は何となく思っていたが、理由はさしたる問題ではなかった。


 仁は満月に近い月を見上げながら、これからのことを思う。当座の目的は魔王妃の魂を宿したユミラの行方の調査だが、当然見つけただけで終わるものではない。


 魔王妃の企てを阻止するためにユミラの命を奪う必要があった場合、自身の手でそれを成す覚悟はあるのか。仁は自身に問いかける。


「覚悟はある……はずだけど……」


 魔王妃の望み通りに魔王が復活してしまえば、この世界に再び滅びの危機が訪れる。なぜか仁の記憶にある魔王とドラゴンの戦いの光景は、仁にそう確信させるのに十分なものだった。戦いと呼ぶのが烏滸おこがましく思ってしまうほどの、圧倒的な力による蹂躙じゅうりん


 仁は一度その記憶の中の魔法を真似て編み出した“消滅エクスティンクション”によって窮地きゅうちを救われたが、あの光景が実際にこの世界の過去で起こったものだという可能性が高いと分かってしまってはとても感謝する気持ちにはなれなかった。


「はぁ……」


 仁は盛大に溜息を吐く。


 ミルやロゼッタたちの生きる世界と、ユミラの命。普段であれば決してはかりにかけていいようなものではないが、一度天秤の両側に置いてしまえば、どちらに傾くか、結果は言うまでもない。


「覚悟はある……」


 仁は自身に言い聞かせるように呟いた。当然、可能であるならばユミラを救った上で魔王妃の野望を阻止したいが、そうは行かなかった場合、自分が片を付けなければならない。まかり間違っても玲奈にだけは背負わせるわけにはいかない。仁はそう強く意識する。


 仁はユミラに命を狙われたことがある。魔王妃の魂に体を乗っ取られていなければ今も狙われ続けたことだろう。ならば、仁はそれを言い訳にすることができる。どういう理由があるにせよ、ユミラが先に仁の命を狙ったのだから、逆に命を奪われても文句を言う資格はない。そう言えるのは仁だけなのだ。


「情け、ないな……」


 仁が自嘲と共に吐き出した言葉が窓の外に消える。その直後、静寂の訪れた仁の部屋に、コンコンと優しくドアをノックする音が広がった。


 仁は沈んでいた意識を浮上させ、ドアに歩み寄る。こんな夜更けに誰だろうと疑問に思いながら仁がゆっくりドアを開くと、そこには緊張した面持ちの黒髪の少女が立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ