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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第十二章

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12-11.推論

「アシュレイ!」

「はっ!」


 エルフィーナの鋭い声に応じたアシュレイが颯爽と立ち上がった。そのまま部屋の扉に向かって足早に歩を進めようとするアシュレイの背に、黒装束のエルフの戦士の焦りを感じさせる声を投げかける。


「ア、アシュレイ様! 敵は見たこともない魔物です。どうかお気をつけて!」


 黒装束の男の報告に、アシュレイが一瞬、目を細めて仁と顔を見合わせた。


「俺も行くよ」


 仁が腰を持ち上げると、玲奈、ミル、ロゼッタがそれに続く。アシュレイが先に現場に向かい、玲奈たちがそれぞれの武装を取りに行っている間、仁はアイテムリングから自身の防具を取り出して手早く身に纏う。その傍らで、仁は黒装束の戦士のエルフィーナへの報告に耳を傾けた。




 男の報告によると、先日、仁たちから石灯籠型転移用アーティファクトに仕掛けられた罠の話を聞いたエルフィーナが森の監視を強めるよう指示を出していたとのことだが、監視に出ていた男は、帝国に程近い石灯籠近辺で魔の森で見覚えのない魔物を見つけたそうだ。


 その魔物は全高約2メートル、体長5、6メートルほどの体躯をしていて、一見、大型の鳥と見間違えるような赤茶色の羽毛を持ち、体の前に垂れている2本の腕は翼のようにも見えるが、先端には小さな指があり、また、先の尖った顔にはくちばしがなく、蜥蜴とかげを思わせるギョロリとした黒い瞳をしていたようだ。そして、最たる特徴は、強靭そうな脚の先の4本指の内の1本が、鋭く湾曲した太い鉤爪状をしていたという。


 男はその未知の魔物に本能的な恐怖を覚え、里に報告に戻ろうと考えたが、その魔物が石灯籠のある広場の辺りをうろうろとしていたため、男は転移用アーティファクトを使用することができず、魔物に気付かれないようにその場を離れ、別のアーティファクトを目指したそうだ。


 しかし、男がもう少しで辿り着くというところで、まるで先回りしたかのように石灯籠の広場にその未知の魔物が現れたのだった。


 男がすぐに身を隠して観察していると、その魔物は男を追ってきたわけではないのか、辺りをキョロキョロと見回していただけだったため、気付かれていないと考えて、また別の石灯籠を目指したという。


 男は恐怖の中、夜を徹して次の石灯籠に辿り着くが、信じられないことに、またしても先回りするかのようにその魔物が現れた。以前と同様、魔物は男に気付いていないような素振りを見せたため、男は石灯籠型アーティファクトからの転移を諦め、魔物に気付かれないように注意しながら森を突っ切って里に帰ってきたそうだ。


 しかし、男が里の外門を潜ろうとしたとき、外敵から里を守るために設けられた木々のない区域の向こう側の森から、魔物が姿を現したのだった。


 魔物は猛然と男に向かって一直線に走り出すが、それに気付いた門の上のエルフ族の戦士たちが迎撃のために矢を放つと、魔物は矢をかわしながら森に戻り、里の様子を窺うかのように木々の間から顔を覗かせているという。




「わかりました。ご苦労様でした。後は他の者に任せて休みなさい」


 既に里に魔物が侵入したような事態に陥っているわけではないと知って仁がホッと息を吐いていると、エルフィーナが黒装束の男に労いの言葉をかけてから真摯な瞳を仁に向けた。それと同時に、いつもの武装を身に纏った玲奈たちが戻ってきた。


「ジン殿、レナさん、ミル様、ロゼさん。それに、イム様。どうか里を守るために力をお貸しください」


 エルフィーナが頭を下げる。仁たちの答えは決まっていた。




 仁は玲奈たちと共に外門へ向かった。エルフィーナの屋敷を出て、長い階段を降る。その間、仁は先ほど聞いた魔物の特徴と、自身の推論を玲奈たちに話して聞かせた。


「仁くん。それって……」

「うん。確証はないけど、十中八九、アーティファクトに罠を仕掛けた奴絡みだろうね」


 結局のところ、それが本当に魔王妃まおうひの魂に体を乗っ取られたユミラなのかはわからないままだったが、魔の森で長く暮らしてきたエルフ族の知らない魔物だということから、外からやってきた魔物である可能性が高かった。


 仁と玲奈たち皆の脳裏に、刈り取り蜥蜴(リープリザード)の姿が浮かんでいた。話を聞く限り、どうやら刈り取り蜥蜴(リープリザード)とは別種のようだが、油断はできない。


 エルフの里は魔物除けの結界で覆われているという話だった。その里に現れたということは、その魔物は結界の力の及ばない強力な種、あるいは個体という可能性が高い。


刈り取り蜥蜴(リープリザード)より小さいみたいだけど、強いのかな……?」


 玲奈が集落を貫く大通りの先にある正門を不安そうに見つめる。まだ大きな動きは起こっていないのか、正門の向こうから喧騒が聞こえてくることはなく、里の住人達もそれほど慌てた様子を見せず、それぞれの家に向かっているようだった。


 仁が辺りの様子を窺っていると、住人たちに屋内に避難するように呼びかけているエルフ族の兵士が仁たちに向かって頭を下げ、すぐに避難誘導に戻っていった。


 エルフの里の住居は太い木々の上やうろの中に造られているが、兵士は洞に住む人々も木々の上の建物に移るよう指示を出していた。


「どうだろう。小型と言うほど小さくはないみたいだけど、恐竜とかで考えると、小さい方が総じて素早いイメージがあるな……」


 大通りを足早に進む仁の頭に、元の世界の恐竜映画で観たヴェロキラプトルの姿が浮かぶ。一体が囮として姿を見せ、主人公たちの注意を引いている間に他の仲間が周囲を取り囲むというように、頭を使い、群れで狩りをして主人公たちを追い詰める様を思い出し、仁はぶるりと背筋を震わせた。


「まさか……」


 映画に登場したヴェロキラプトルに羽毛はなかったが、ティラノサウルス同様、実は羽毛が生えていたとする説があったことを仁は思い出す。男の報告では仁の知るヴェロキラプトルより一回り大きいようだが、こちらの魔物が元の世界の恐竜そのままというわけではない。


 仁は刈り取り蜥蜴(リープリザード)に相当する恐竜に心当たりはなかったが、もし今里に現れた魔物が本当にヴェロキラプトルのような魔物であるなら、複数の魔物が姿も見せずに潜んでいる可能性が高い。


 偵察に出ていた黒装束の男が追われる気配を感じなかったにも関わらず、何度も先回りされたように見えたのも、別の個体だったからとすれば説明が付く。


「玲奈ちゃん。急ごう」


 仁は足を速める。魔物が複数であることに気付かずにアシュレイたちが迎撃のために門を出ると、背後を突かれる恐れがあった。この世界にも群れを形成する魔物は多いため、迂闊なことはしないと信じたいが、男の報告を聞いたエルフの守備兵たちは相手が単独だと思い込んでいる可能性があった。


 仁たちは正門を通り、板塀に囲まれた狭い通路を進む。正面に、転移用の広場と通路を繋ぐ門が見える。更にその先に、里と外を隔てる門があるはずだ。


「放て!」


 もう少し。仁がそう思ったとき、視線の先の門の向こう側から、アシュレイの号令が聞こえたのだった。


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