11-20.刈り取り蜥蜴
仁たちと石灯籠型アーティファクトを挟む形で相対していた刈り取り蜥蜴が、前傾姿勢から更に頭を下げ、羽毛に覆われた頭頂部を前面に突進を始めた。そのまま体当たりをするつもりなのか、刈り取り蜥蜴は緩く弧を描くように石灯籠を回り込み、正面の仁目掛けて突き進む。刈り取り蜥蜴の視線は地面に向いているように見えるが、狙いは正確に仁を捉えていた。
仁はロゼッタを庇うように前に出ようとするが、それより早く、玲奈が刈り取り蜥蜴の進路上に割り込み、左の腕に装着した火竜鱗の小盾を胸の前に構えて腰を落とした。
「玲奈ちゃん!」
衝突の瞬間、玲奈は魔力を流して強化した小盾で刈り取り蜥蜴の頭突きを弾こうと試みるが、とてつもない衝撃音と共に逆に弾き飛ばされ、玲奈の小さな体が宙を舞った。弾丸のように弾かれた玲奈を、仁が受け止める。仁は後ろに跳びながら空中で玲奈の体をキャッチし、そのまま火竜鱗の軽鎧の腰の部分で地面を抉りながら、広場の外の大木に背中から激突した。仁の口からくぐもった声が漏れた。
「レナ様! ジン殿!」
「ロゼ! 敵から目を離すな!」
思わず振り返ったロゼッタの背に、鋭い斬撃が迫っていた。アシュレイの言葉にハッとして向き直ったロゼッタは、目を見開き、体を硬直させた。ロゼッタは先ほどの不用意な行動を悔いる間もなく、死神の鎌が自身を容易く切り裂く未来を幻視する。
直後、ロゼッタの体が横からの衝撃で吹き飛んだ。突然のことに頭を真っ白にしたロゼッタが目にしたのは、肩から体当たりをしてロゼッタと位置を取り換えたアシュレイの姿だった。
横薙ぎにされた刈り取り蜥蜴の鉤爪が体勢を崩したままのアシュレイに襲い掛かる。アシュレイは長剣の腹で体の側部をガードするが、鈍い音と共に長剣が4つに分かれ、鮮血が迸った。
「え……?」
ロゼッタの頭は何が起こったのか理解することを拒むが、次の瞬間、血まみれになったアシュレイの体が自身に衝突し、アシュレイが自分の身代わりになった事実を否応なく理解させられる。
「あ、あ……」
アシュレイの体を抱きかかえ、ロゼッタは言葉にならない声を発した。凶悪なつぶらな瞳が自身の姿を映していることに、ロゼッタは気付かない。
「イムちゃん!」
「グルゥ!」
ロゼッタの目の前を、激しい炎が横切った。イムは小さな口から灼熱の炎を吐き出しながらロゼッタとアシュレイの前に立ち塞がる。上半身を炎に包まれた刈り取り蜥蜴が、炎から逃れるように顔を上げた。
「ロゼお姉ちゃん。今の内にアシュレイお姉ちゃんを後ろに下げるの!」
「は、はい!」
ミルの指示で再起動を果たしたロゼッタがアシュレイを抱え上げ、刈り取り蜥蜴に背を向ける。
「グルッ!?」
イムの火炎の吐息を受けて後退するかに見えた刈り取り蜥蜴は煩わしそうに一鳴きすると、そのままイムに向かって一歩を踏み出した。慌てて上空に逃れるイムの小さな足を、鉤爪が掠める。
「イムちゃん!」
イムの無事にミルがホッとしたのも束の間、イムの眼前に、尖った口が迫っていた。鋭い牙の並んだ上下の顎が力強く噛み合わされ、金属音に似た音が広がった。
両の翼を前方に羽ばたかせて後退し、ギリギリのところで噛みつきを回避したイムは、情けなさを感じさせる鳴き声を発しながら上昇する。イムが刈り取り蜥蜴の背後に周り、上空から背中目掛けて再び火炎の吐息を浴びせるが、刈り取り蜥蜴は意に介した様子を見せず、首を傾けて足元を見下ろした。
「グ、グルッ!」
刈り取り蜥蜴の標的がミルに移ったことを察し、イムが必死に炎を強める。その甲斐あってか、刈り取り蜥蜴が首を回し、上空のイムに目を向けた。次の瞬間、刈り取り蜥蜴が僅かに口を開き、息を吐き出した。その何気ない行動で生まれた突風がイムの炎を掻き消す。
「グ、グルゥ!?」
竜巻のように高速で回転する空気の渦がイムを中心に捉え、両翼で突風を受けたイムが錐もみ状態で森の中へ消えていく。
「イムちゃん!」
ミルは声を張り上げるが、すぐにイムを追いたい気持ちと、アシュレイの治療を優先すべきだという思いに板挟みになり動けない。そして現実的な話をすれば、ミルは自身を見下ろす二つの黒い瞳の持ち主から逃げられるとは思えなかった。
「ミル! イムと繋がっている感覚がある限り、イムは無事だ!」
背後から聞こえたミルの大好きな人の言葉が、ミルの背中を押す。ミルは自身の内にあるイムとの繋がりを信じ、アシュレイの治療をすべく振り返った。脇目も振らず、ミルはアシュレイの元に駆け出す。背後からの視線は、もう気にならなかった。ミルのすぐ横を、一陣の黒い風が駆け抜けた。
刈り取り蜥蜴が再び体を傾け、左の鉤爪を横薙ぎに振るう。ミルの背に迫る長大な鎌を、下から斜めに斬り上げられた不死殺しの魔剣が弾いた。続いて振るわれた、うねりを上げる右の鉤爪を今度は黒炎の刀が迎撃する。
両手に受けた衝撃で僅かに背を仰け反らせた刈り取り蜥蜴が、不思議そうに、それでいて不快そうに長い上半身を捻った。
「ミル! アシュレイを頼む!」
「わかったの!」
仁は背後から聞こえた返事に僅かに口を緩めるが、すぐに表情を引き締める。左腕を伸ばし、仁は黒炎刀を真っ直ぐ刈り取り蜥蜴の首元に向けた。
「ここからは俺が相手だ!」
仁の纏う黒く染色された火竜鱗の防具が、赤黒く輝く。その背には一対の黒炎の翼が生えていた。
言葉は分からずとも仁の挑発的な態度に腹を立てたのか、刈り取り蜥蜴が丸い目を僅かに細め、地に響く呻り声を上げた。
「私もいるよ!」
仁の斜め後方で、玲奈が刈り取り蜥蜴を鋭い視線で見上げる。
「行くよ。玲奈ちゃん!」
「うん!」
それぞれが強敵から目を離さないまま、心を一つにする。森全体に轟くかのような刈り取り蜥蜴の咆哮を合図に、魔人擬きとの一戦以来の仁と玲奈の共闘の幕が上がったのだった。




