10-13.女帝殺人蟻
「黒炎地獄!」
殺人蟻の巣窟に転移した直後、仁は左手の黒炎刀の先から極大の黒炎の球を放った。突如現れた仁に戸惑っている魔物たちの中心に着弾した赤黒い球体が弾け、円状に黒炎の波が広がっていく。触れたもの全てを燃やし尽くす地獄の火炎が殺人蟻たちを呑み込んだ。
広範囲の魔物を一掃した仁は、先手必勝と言わんばかりに命の消えた空間へ駆け出し、生き残った殺人蟻の集団目掛けて続けざまに黒炎地獄を放つ。その瞬間、中空に浮いている女帝殺人蟻の触角から青銀の雷光が走った。高速で迫り来る雷撃が仁に直撃するが、仁の足は止まらない。
仁はチラリと空を飛ぶ巨大な蟻の魔物に視線を送り、遠隔魔法を発動した。何の前触れなく女帝殺人蟻を取り囲むように出現した何十本もの黒炎の槍が銀色の甲殻に突き刺さる。女帝殺人蟻は苦悶の叫びを上げながら、高い天井付近に逃れた。
仁は内心で上手くいったと安堵の息を吐きながら速度を増し、4匹の女王殺人蟻に迫る。子供たちの命が次々と刈り取られていく様を目にした女王殺人蟻たちは激怒したように両顎を打ち合わせながら、一斉に仁に向かって走り出した。
「黒炎!」
仁は地を揺らす4匹の巨体目掛けて左の黒炎刀を突き出し、赤黒い火炎を放射する。先頭の1匹が火炎に呑まれて歩みを止めるが、他の3匹は目もくれず、仁だけを見据えていた。仁は速度を落とさぬまま肉薄し、両手の黒炎刀で斬り付ける。女王殺人蟻たちの間を飛び跳ね、合間を縫って、舞うように切り刻んでいく。
女王殺人蟻たちはその巨体が仇となり、お互いの行動がそれぞれの邪魔となって思うように動けないまま、黒炎の刃によって傷を作っていった。黒炎をまともに食らって遅れて参戦した1匹が怒りに任せて突進すると、それはより顕著になった。連携の取れないまま、4匹はそれぞれが足を切り払われ、腹部を切り裂かれ、徐々に致命傷を負っていく。
その頃になって女帝殺人蟻が4匹を援護するために上空から雷撃を放つが、素早く動き回る仁には中々当たらなかった。それでも全く当たっていないわけではない。にもかかわらず仁に大したダメージを与えることができないのは、仁が全身に黒雷の膜を纏っているからだった。
女帝殺人蟻が六枚翅を煌めかせながら狂ったように雷撃を放ち続ける中、仁は遂には4匹の女王殺人蟻全ての頭部を斬り落とした。
『なぜだ! なぜ妾の雷が効かぬ!』
仁は頭上から突然聞こえた声に驚き、慌てて上空を仰ぎ見た。仁は素早く辺りに目を遣るが、そこにいたのは空を飛ぶ銀色の蟻の魔物だけだった。
『神が、妾に復讐の機会と力を与えてくれたのだ! その妾が敵わぬ人間など、いてなるものか!』
女帝殺人蟻の6枚の翅が激しく振動し、羽音が仁の鼓膜を震わせる。半透明の翅が虹色に輝いた。
『死ねぇえええ!』
空を見上げている仁の顔を、強風が襲った。女帝殺人蟻の翅から放たれた風が仁を呑み込んで巨大な竜巻と化した。そこに青銀の雷撃が加わり、バチバチと空気を弾く。
『母や兄弟たち、そして娘と孫たちの仇の人間め。妾の怨みをその身に刻むがいい!』
女帝殺人蟻は強靭な顎をギチギチと打ち鳴らしながら、大部屋の天井まで届く大竜巻を眺める。
ふいに顎音が止んだ。女帝殺人蟻の赤く輝く瞳が蜃気楼のように揺れる。青銀に輝く竜巻が、いつしか内側から滲み出る黒に侵食されていた。ドンッと大きな爆発音に似た音と共に青銀の竜巻が弾け飛び、熱波と衝撃が広がる。女帝殺人蟻が(エンプレスキラーアント)が空を伝わる衝撃で体勢を崩す。その爆発の中心地から、漆黒の雷を纏った赤黒い炎の渦が立ち昇っていた。
数瞬後、轟音を残して掻き消えた炎の渦の中から、両手の刀を天に突き上げた仁の姿が現れる。その右手には黒雷刀が、そして左手には黒炎刀が握られていた。
女帝殺人蟻は知らず知らずのうちに仁から距離を取る。それは未知と既知の脅威に対する恐怖からだった。女帝殺人蟻の頭の中が、仁に一刀両断にされた母親の姿や、成す術なく斬り裂かれていった仲間たちの姿で満たされていた。
仁の黒炎では雷撃を防がれず、仁の黒雷では傷つけられない。そして仁が黒炎と黒雷を切り替える際には一旦片方を解除してから発動する必要がある。同族の数多の死を経てこれらの弱点に気付いた女帝殺人蟻は勝ちを疑っていなかったが、それが崩れた今、女帝殺人蟻の心中では復讐心よりも恐怖心が大きく上回っていた。
女帝殺人蟻は進化したことで知能を獲得していたため、仁には敵わないという思いが戦意を喪失させてしまったのだ。
女帝殺人蟻は仁から逃れようと空を舞うが、逃げ場はどこにもなかった。行く先々で仁の遠隔魔法によって生み出された黒炎の槍が襲い掛かった。圧倒的なアドバンテージを持つと信じていた空も仁の領域内だという事実が女帝殺人蟻に絶望をもたらす。
輝く翅をズタズタにされた女帝殺人蟻が地に落ち、ダンジョンの部屋の地面を大きく揺らした。
『来るな……来るな……!』
女帝殺人蟻は無慈悲に近づく足音から逃れようと、傷ついた体を地に這わせた。背後から聞こえていた足音が止まり、膨大な熱量を感知した。それは女帝殺人蟻にとって死刑宣告にも等しいものだった。次の瞬間、女帝殺人蟻は細長い体を長大な黒炎刀によって真っ二つに斬り裂かれ、その命を終えたのだった。




