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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第九章

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9-28.消息

「それでは母上。私がシスティーナのように、どこの馬の骨とも知れない男と駆け落ちした方が良いと言われるのですか!?」


 興奮した様子のアシュレイが床をバンバンと何度も叩きながら、エルフィーナに詰め寄る。視線を玲奈からアシュレイたちに戻した仁は、アシュレイの口から飛び出した聞き覚えのない名前に僅かに首を傾げた。


「私が戻ってきていたのをいいことに、次期長老の座を放り出し、出会ったばかりの商人と夜逃げのように村を出ていくようなやつと一緒にしないでいただきたい!」

「あの子にはあの子なりの考えや人生があるのです。長子であるあなたが戻ってきた以上、あの子が望まぬ後継を押し付けるわけにはいかないでしょう」

「私だって望んで戻ってきたわけじゃない! 私は最期の瞬間まで姫と共にあるつもりだった! それでも、姫が、姫が私に生きろと命じたんだ!」


 瞳に涙をにじませて声を荒げるアシュレイに、エルフィーナは沈痛な面持ちを浮かべる。


「アシュリーナ……」

「私の名は『アシュレイ』です! 興が削がれました。私はこれで失礼します!」


 アシュレイは木製の床を強く叩きつけてから立ち上がり、大股で酒宴会場の出口に向かった。アシュレイの後ろ姿を眺めるエルフィーナが大きな溜め息を吐く。


「ジン殿と再会し、悲しみを共有する相手を得たことで少しは立ち直ったかと思いましたが、少し見立てが甘かったようですね……」


 エルフィーナは小さく呟くと、先ほどまでのアシュレイと同じように仁たちの前に腰を下ろした。


「祝いの席でお見苦しいものをお見せしてしまいました」


 頭を下げるエルフィーナに、仁と玲奈は慌てて顔を上げるように言う。仁は自身がクリスティーナの手によって元の世界に送還された後にクリスティーナとアシュレイの間に何があったのかわからず、視線を床に向けた。エルフィーナの口にした“アシュリーナ”という名や、シルフィーナという人物にも引っかかりを覚えていたが、尋ねる取っ掛かりが見つからなかった。仁がエルフィーナにかける言葉を探していると、玲奈がおずおずと口を開いた。


「あの。アシュリーナというのは……?」

「はい。アシュリーナというのはアシュレイに改名する前の、私が名付けたあの子の名です。アシュレイという名は――」




 エルフィーナの話によると、エルフの里の長老であるエルフィーナの長子として生まれたアシュレイは跡継ぎとして育てられることになった。例外がないわけではないが、エルフ族の長老はエルフの英雄シルフィーナにあやかり、代々、名前の最後を似た響きにすることが多かった。そのため、生まれたばかりのアシュレイはアシュリーナと名付けられたのだった。


 アシュリーナは幼い頃から文武に優れた才を発揮するばかりでなく、長老となる人物に相応しいだけの、人を引っ張る力も有していた。エルフ族は長命故に、エルフ同士ではなかなか子が生まれないという種族的な特徴を持っているため、ようやく生まれた子が里の長となる器を有していたことに、エルフィーナは元より、村で暮らす人々も嬉しく思っていたのだった。


 しかし、十数年後に妹のシスティーナが生まれたことで事態は一変する。それまで何の文句も言わずに励んでいたアシュリーナが、外の世界に興味を抱くようになったのだ。この村の生活は村と魔の森で完結していた。たまに細々と交流を続けていた獣王国や、祖を同じくするラインヴェルト王国などから商人がやって来はしたものの、アシュリーナが魔の森を出ることはなかった。


 アシュリーナは以前から見識を広げるために商人たちから様々な話を聞いていたが、それはあくまで長老になったときに備えてのものだった。しかし、システィーナの存在で、アシュリーナは自分が長老を継がなくてもいいのではと気付いてしまったのだ。それ以降、アシュリーナは外の世界への興味をどんどんと増していくことになった。


 エルフィーナは薄々そのことに感付いていたが、夫が魔の森に出現した強力な魔物との戦いで命を落としたことと時期が重なり、アシュリーナを気に掛けることができないでいた。


 その後、表面上は何事もなかったように時は進んだが、やがて転機が訪れた。ラインヴェルト王国の王女、クリスティーナがエルフの里を訪れることになったのだ。クリスティーナは古い文献からエルフの里に伝わる召喚魔法陣の存在を知り、譲り受けに来たのだった。


 まだ幼さの残るクリスティーナの聡明さに感銘を受けたアシュリーナは自身の知る世界の狭さを思い知り、長い間燻くすぶっていた思いを爆発させた。


 アシュリーナはいつも自分の後ろを追いかけながらエルフ族の将来を見据えて励んでいたシスティーナにならば長老の後継とこの里の未来を託せると考え、必死の説得を試みた。そうして自らの望みを叶えたアシュリーナは、エルフの里には戻らぬ覚悟からクリスティーナに頼み込み、“アシュレイ”の名を授かったのだった。




「それで、その、システィーナさんが駆け落ちしたっていうのは……。システィーナさんは本心では後継者になりたくなかったということですか?」


 知らなかったアシュレイとクリスティーナの出会いの話に感じ入っている仁に代わり、玲奈が尋ねた。エルフィーナが僅かに表情を曇らせる。


「システィーナはアシュレイをとても慕っていました。あの子が励んでいたのは、自らが一族を引っ張っていくというより、私の跡を継いで長老となったアシュレイの力になりたかったためだったようです」


 システィーナがエルフの英雄として一族をまとめ上げたシルフィーナに強い憧れを抱いていることを知っていたアシュリーナは、むしろ妹こそが長老に相応しいと信じていたし、妹もシルフィーナと同じ立場になることを喜ぶと思い込んでいたため、システィーナの気持ちに気付くことはなく、姉妹の間にすれ違いが生じたのだった。


「システィーナは私たちに何も言わず、魔の森で迷っていたところを一族が保護していた商人の青年と共に姿を消しました。今にして思えば、クリスを失って里に戻ってきて抜け殻のようになっていたアシュレイに、後継者として生きる道を示したかったのかもしれません。あの子は本当にアシュレイのことが大好きでしたから……」


 気恥ずかしさからアシュレイには黙っていたようだが、システィーナはアシュレイがシルフィーナと肩を並べるような偉大な英雄になるに違いないと、度々エルフィーナに自慢げに語っていたそうだ。


 アシュレイにしてみれば長老の後継の立場を押し付けた意趣返しのように感じたかもしれないが、エルフィーナの話を聞く限りでは、システィーナはエルフィーナの想像通り、自身より長老に相応しいと信じている姉に立ち直るきっかけを与えたかったように仁には思えた。


 システィーナがその青年と本当に恋に落ちていたか知るすべはないが、クリスティーナへの想いを強く残しながらも、エルフの里のために力を尽くしている今のアシュレイの姿から、仁はそれが真実なのではないかという思いを強く抱いたのだった。


「あの日以来、システィーナとは音信不通のままなのです。今頃、どこで何をしているのか……。あの人のよさそうな人族の青年と幸せになってくれていればよいのですが……」


 視線を遠くに向けるエルフィーナを前に、仁と玲奈はかける言葉が見つからず、喧騒で溢れる広間の一角だけに沈黙のとばりが降りた。


「長くなってしまって申し訳ありません。あの子も酔いの勢いもあってのことだと思いますので、あまり気に病まないでください」


 エルフィーナの淡い微笑から、アシュレイは元より、消息の分からない娘を心から心配している気持ちがひしひしと伝わってくる。仁は自分にできることはないかと考えるが、アシュレイや今回この里で出会った人々以外にエルフ族の知り合いはいなかった。仁がうつむいて頭を悩ませていると、玲奈が戸惑いの表情を浮かべながら小振りな唇を小さく動かした。


「あの。人族とエルフ族の子供はハーフエルフになるんですよね?」

「ええ、そうですね。エルフ程の長命ではありませんが、両種族の特徴を持った子供が生まれます」


 ハーフエルフという単語から、仁は玲奈が何を言おうとしているのか察し、ハッと顔を上げて玲奈を見つめた。仁の脳裏に、メイド服姿のハーフエルフの少女の姿が浮かぶ。玲奈は仁と顔を見合わせて頷いてから、エルフィーナに向き直って言葉をつむぐ。


「こんな偶然はないだろうっていう気もするんですけど、私たちの知り合いにハーフエルフの女の子がいるんです」


 目を僅かに大きくしたエルフィーナに、玲奈がその少女の名前を告げた。


「でも、もしそうだった場合――」


 表情を曇らせた玲奈が言葉を続けると、エルフィーナは目を見開き、その身を震わせたのだった。


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