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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第九章

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9-21.大立ち回り

 セシルは朦朧とする意識の中で、激しい剣戟の音を聞いた。重たい首を動かし、音のする方に視線を向ける。洞窟内部の赤い光とは異なる日の光を見つけて、閉じかけていたセシルの瞼が僅かに持ち上がった。


 近くにいたはずのロゼッタの姿が見えないことに気付き、セシルはおぼろげながらロゼッタが外の様子を見てくると言っていたことを思い出す。直後、上手く働かない頭でロゼッタが洞窟の外で戦っているのではないかと思い至り、立ち上がろうとするが、足腰に力が入らず倒れ込んだ。じんわりとした熱を持った地面がセシルの火照った肌を更に温める。そうしている間にも剣戟はますます激しさを増し、セシルの胸中に焦燥が湧き上がる。


「ロ、ロゼ、さ、ん……」


 セシルは衰弱した体に鞭打ち、ごつごつとした洞窟の地面を這って進む。外の光はすぐそこに見えるのに、その僅かな距離が今のセシルにとっては遥か彼方に感じられた。敬愛する仁からもらった火竜ファイヤードラゴンの素材を用いた装備がセシルの身を守るが、防具で覆われていない部分が岩肌で傷付いていく。魔法を用いるために剥き出しになっている両の手のひらからも血が滲むが、セシルは構わず進み続けた。それは非常に遅々としたものだったが、それでも、少しずつ確実に洞窟の出口に近付いていく。剣戟の音が近くに迫り、セシルの視界から赤い光が消えた。光の質の違いに思わず目を閉じてしまったセシルが重たい瞼を持ち上げる。


 セシルの瞳に映ったのは、返り血でところどころ赤黒く変色した白髪をなびかせ、傷つきながらも修羅の如く長槍を振り回して多数を相手に大立ち回りをしている一人の武人の後ろ姿だった。




「ハァ!」


 ロゼッタは真横から振り下ろされた剣を槍で払いのけると、そのまま体を捻って槍を横薙ぎにし、反対側の猪豚人間将軍オークジェネラルを柄の部分で薙ぎ払う。間髪入れず、渾身の力で逆に引き戻し、体勢を崩したままの亜人の体の中心に槍の石突を叩きつけた。辺りに鈍い音が響き、火竜爪の槍の石突が猪豚人間将軍オークジェネラルの金属製の鎧を貫通し、分厚い脂肪と筋肉を深々と抉った。


 ロゼッタは崩れ落ちる猪豚人間将軍オークジェネラルからすぐさま石突を抜き取って、鬼気迫った表情で槍の柄の端を掴み、360度、大きくぶん回す。槍が空を切り、洞窟の入口を背にしたロゼッタを扇状に取り囲んでいる他の猪豚人間将軍オークジェネラルたちが僅かに後ずさりをして足を止めた。


「後3匹……」


 肩で息をしながら周りの猪豚人間将軍オークジェネラルたちに鋭い眼光を送るロゼッタの脳裏に、これまでの戦いの光景がよぎった。




 初め、ロゼッタを舐めてかかっていた猪豚人間将軍オークジェネラルたちは、大した覇気もなく、ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべてロゼッタの全身を舐めるように見ていた。ロゼッタは既に事切れているエルフの精兵たちにチラッと視線を送る。短い付き合いではあったが、仁たちの歓迎会で一緒に酒を飲んだものたちだった。


 ロゼッタは間に合わなかったことを心の中で詫びながら、最期まで自分たちの背中を守るために戦った勇士たちの志を継ぎたいと強く願う。もしかすると、自分より遥かに強い仁たちならば、10体の猪豚人間将軍オークジェネラルが背後から大挙しようが問題なく対処するかもしれない。しかし、ロゼッタは仁から後顧の憂いを断ってほしいと頼まれたのだ。仁としてはロゼッタやセシルに負い目を感じさせないようにという配慮だったかもしれないが、こうして現実のものとなってしまった以上、逃げるわけにはいかなかった。未だ洞窟内で苦しんでいるセシルのためにも、守るだけではなく、可能な限り早く殲滅しなければならなかった。


 ロゼッタは油断しきった様子の猪豚人間将軍オークジェネラルたちの1体に狙いを付け、一気に距離を詰めると、鎧で守られていない顔面目掛けて槍を突き出し、眼窩を深々と貫いた。仁との訓練で身に付けた身体強化を最大限まで働かせたロゼッタの素早くも力強い身のこなしに、猪豚人間将軍オークジェネラルたちが慌てて各々の武器を構えるが、それより早く、ロゼッタの高速の突きが鎧の隙間を穿っていった。そして、新たに2体の亜人の死体ができあがった頃、猪豚人間将軍オークジェネラルたちはようやく怒りに燃えた目をロゼッタに向けたのだった。


 そうして残った猪豚人間将軍オークジェネラルたちと大立ち回りを演じることになったロゼッタは、自分の思った以上の力を発揮していることに戸惑いを感じていた。確かに身体強化の技能を用いることでロゼッタの戦闘能力は飛躍的に向上したが、多数の猪豚人間将軍オークジェネラルと互角以上に渡り合えるとは思っていなかった。猪豚人間将軍オークジェネラルたちの連携があまり取れていないことや、亜人の戦い方が魔物よりも人の戦い方に近く、ヴィクターとの鍛錬が役に立っていることもあるだろうが、ロゼッタはあまりの出来栄えに自分でも怖いくらいだった。


 猪豚人間将軍オークジェネラルたちの鎧は全身甲冑を細分化して再構築したような、悪く言えば継ぎ接ぎだらけだったため、ロゼッタは狙いどころに困ることはなかった。もちろん急所は重点的に守られていたが、火竜爪の槍の鋭さは相当なもので、急所以外でも十分に致命傷を与えることができた。


 ロゼッタは順調に猪豚人間将軍オークジェネラルの数を減らし、残り半数となった頃、ロゼッタはある異変に気付く。徐々に魔素酔いの症状から回復し始めるのに反比例して、なぜか動きが鈍ってきたのだ。つい先ほどまで感じていた万能感に似た感覚が薄れ、体中の筋肉が悲鳴を上げ始めていた。その後、気力を振り絞り、全身に生傷を作りつつもなんとか2体をほふって残り3体とし、今に至る。




 ロゼッタは自身の力が弱ってきていることを猪豚人間将軍オークジェネラルたちに悟られないように、強気の姿勢と表情で猪豚人間将軍オークジェネラルたちをきつく睨みつけるが、肩で息をするのを止められなかった。猪豚人間将軍オークジェネラルたちは三方からロゼッタを取り囲んだまま、チラチラとアイコンタクトを交わしていたが、体も心も満身創痍のロゼッタは気付けない。一旦仕切り直しとなったことで一瞬緊張が緩んだのか、ロゼッタの体がぐらりと揺れた。


「あ……」


 猪豚人間将軍オークジェネラルたちはロゼッタの隙を見逃さず、同時に斬りかかる。ロゼッタは自らに迫りくる3つの斬撃をスローモーションのようにゆっくりと感じながらも、反応することができない。ロゼッタの目が自然と閉じ、瞼の裏側に、仲間たちの顔が次々と浮かんで――


閃光フラッシュ……!」


 背後から聞こえる震える声と共に、ロゼッタの瞼の向こうが白くまたたき、脳裏に浮かんだ仲間たちの顔を掻き消す。反射的に瞼を開いたロゼッタの目の前で、猪豚人間将軍オークジェネラルたちがたたらを踏み、きつく目を閉じて苦しみの表情を浮かべていた。


「ロ、ロゼさん……!」


 ロゼッタはハッとして槍を強く握りしめ、未だ目を閉じたまま、いい加減に剣を振り回している猪豚人間将軍オークジェネラルたちに止めを刺していく。全ての猪豚人間将軍オークジェネラルの動きが止まったのを確認し、ロゼッタが振り返ると、セシルが地面に倒れ伏していた。


「セシル殿!」


 ロゼッタは足をもつれさせながらセシルに駆け寄り、肩を抱き起す。ロゼッタの腕の中でセシルが淡い笑みを浮かべた。


「セシル殿、しっかりしてください……!」

「わ、私は大丈夫です……。それより、ロゼさんが無事でよかった……」


 それだけ言い残し、セシルが意識を失くす。ロゼッタはセシルの重みに耐えきれず尻餅をついた。ロゼッタはセシルの口に顔を近づけて息をしていることを確認し、ホッと安堵の息を吐くが、ロゼッタ自身も限界を迎えていて、一歩も動けそうになかった。


 この状況でまた襲われたらとロゼッタの胸の内に不安が芽生え始めるが、どうやら杞憂に終わったようだった。ロゼッタの視線の先に、こちらに向かって走ってくる黒装束の姿があった。仁やロゼッタたちを先に進ませるために道中で猪豚人間オークたちの相手をしていたエルフの精兵たちの中で生き残ったものたちが集まってきていたのだった。


 ロゼッタは今度こそ大丈夫だと全身の力を抜き、重たい頭を後ろに傾け、澄み渡った青空を見上げた。


「ジン殿、レナ様、ミル様。なんとか役目は全うできそうです……」


 ロゼッタがそう呟いたとき、青い空を、黒く大きな影が横切った。


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