9-15.突貫
翌日、仁たちは長老の屋敷に集まり、偵察に出ていた黒装束のエルフから亜人たちの動向を聞いた。それによると、亜人たちは従えた魔物たちを使ってイムの行方を捜しているようだった。先日、仁やイムたちに襲いかかってきた魔物たちを指揮していた猪豚人間将軍はアシュレイたちの手によって討たれたが、あくまで指揮官級の一人というだけで、エルフの見立てではトップは別にいると目されていた。
「猪豚人間王……」
「ああ。既に我々の調査で猪豚人間将軍が複数確認されている。通常の猪豚人間よりも戦闘力の面でも知能の面でも数段上回る猪豚人間将軍を束ねられる存在はそうはいない。別種の可能性もないではないが、猪豚人間王と考えるのが妥当だろう」
猪豚人間とはこの大陸で確認されている数いる亜人の一種だ。先端が平らになっている突き出た鼻と2本の牙を持った、猪を二足歩行にしたような姿をしていて、全身を褐色の剛毛で覆っている。体格は総じて長身の成人男性より少し大きいくらいだが、筋骨隆々の体から繰り出される重い一撃は決して侮れるものではなかった。そして、これは猪豚人間のみならず全ての亜人に言えることだったが、彼らは武器や防具を用いる。武具の質と言う面では人のものより格段に落ちるが、それでも人より強い膂力を持つ亜人が振るえば、十分に脅威となりえた。
玲奈たちはメルニールのダンジョンで迷宮王牛や蜥蜴人間と戦ったことはあるが、人型と戦う経験は圧倒的に不足していた。仁はそのことを不安に思うが、A級冒険者パーティである“闇の超越者”と渡り合い、それ以降も強さを増してきた仲間たちの力を信じることにする。猪豚人間がどのくらいいるかわからない上に、猪豚人間将軍が複数存在する以上、猪豚人間王も含めて仁が亜人全ての相手をすることは不可能に思えた。
「基本的には魔物の相手はエルフがする。ジンたちは我々エルフの中から選りすぐった精鋭部隊と共に敵陣に斬り込み、亜人を排除してほしい。亜人ども、特に猪豚人間王や猪豚人間将軍さえ倒すことができれば、魔物たちがまとまることはなくなるだろう」
「わかった」
仁たちが了承の意を示すと、アシュレイは満足そうに頷いた。
「ではこれより、具体的な作戦を伝える。まず――」
更に翌日、空が白み始める前に仁たちは行動を開始した。エルフの戦士たちはいくつかの隊に分かれ、既に石灯籠型のアーティファクトによって転移し、魔の森に散っていた。彼らは魔物や亜人を見つけ次第わざと姿を見せて囮となる役目を担っていた。そして今、仁たちは黒装束のエルフたちと共に再び魔の森に足を踏み入れた。仁たちからは見えないが、囮とは別に組織された攻撃部隊が日の出を今か今かと待っていた。
「間もなく攻撃部隊が竜の棲家への攻撃を開始する。その戦闘に紛れ、我々は敵陣深くまで突貫する。ラインヴェルト王国の勇者ジンと、メルニールの勇者レナ。そしてその仲間たちが我々の元を訪れ、今日この日、エルフのために力を貸してくれるのは正に神の導き。この世界の守護者たる竜に代わって、我々が森の秩序を取り戻すのだ! 誇り高きエルフの民よ。行け!」
日の出に合わせてアシュレイは高らかに宣言し、掲げた右手を地面と水平になるまで振り下ろす。それと同時に仁たちの左右の森が揺らめいた。徐々に速度を増した揺れは竜の棲家目掛けて突き進んでいく。しばらくして魔物の咆哮や戦闘音が仁の耳に届いた。
「始まったようだな。では我々も向かうとしよう。我々の迅速な勝利こそがエルフの皆の希望となることを忘れるな! 精鋭たちよ。我に続け!」
アシュレイが走り出し、黒装束のエルフの精鋭たちがそれに続く。深い森の木々の間を迷うことなく縫って進むエルフたちに遅れないよう、仁に玲奈、ミル、ロゼッタ、イムを抱えたセシルも必死に足を動かした。幸いなことに仁たちの前に魔物が姿を現わすことはなく、突撃部隊は1人として欠けることなく森を突っ切ることに成功した。視界が開け、遮るもののない上空から日の光が降り注いでいる。
「この先の山が竜の棲家だ! 亜人どもを蹴散らせ!」
勢いを止めないままアシュレイが吼える。その前方、山の裾野に広がる草原に何体かの猪豚人間の姿があった。猪豚人間たちは突然の襲撃に戸惑う様子を見せ、未だ臨戦態勢を取れずにいた。アシュレイは通り抜け様に長剣を一振りして猪豚人間の首を跳ね飛ばす。目を見開いたままの頭が地に落ち、立ったままの体の頂点から鮮血が飛び散った。その頃になってようやく他の猪豚人間たちは慌てて武器を手にしようと動き始めるが、続く黒装束のエルフたちの手で首を掻き斬られていった。
仁たちはそのままアシュレイを先頭に、一際高い切り立った山の麓を目指して駆け抜け、猪豚人間を殲滅していく。初めは30人いたエルフの精鋭たちも、猪豚人間と遭遇する度に数人ずつ離れていき、仁たちを除いてアシュレイの他に3名が残るのみとなっていた。
「まずいぞ。思ったより猪豚人間どもの数が多い」
やや速度を落として周囲に視線を走らせているアシュレイの整った顔に焦りの色が浮かぶ。竜の棲家とされる山の剥き出しの岩肌が間近に迫っていた。
「ジン! 猪豚人間王や猪豚人間将軍はどこだ!」
「ちょっと待って!」
仁は戦闘を他の皆に任せて魔力感知で周囲を探っていたが、竜の棲家とされる一帯には魔素が充満していて思うように探ることができないでいた。コーデリアから聞いた話では山の麓に竜の卵を見つけた洞窟があるはずだった。仁はドラゴンと交流のあるエルフ族ならば竜の棲家の正確な場所を知っていると思っていたのだが、ドラゴンとのやり取りは魔の森を抜けた辺りの草原で行われることが多く、その先はエルフにとっても未知の領域だった。
「ジンお兄ちゃん! あの中から強い気配を感じるの!」
ミルの指さす方向に全員の視線が集まる。黒々とした大岩の間に巨大な爪で引っ掻いたような亀裂が走っていた。仁たちが大岩を回り込むように移動すると、縦に長いように見えた亀裂が、ドラゴンが通れるほど大きな、地下へと続く洞窟の口へと変わった。
「ここだ! ここに間違いない!」
洞窟内部は更に魔素が濃く、仁の魔力感知は正確には働かなかったが、それでも間違いようのないほど外より強い魔力を感じた。
「では予定通り、私とジンたちで中に乗り込む。お前たちはここで身を潜め、外から中に入ろうとする猪豚人間どもの相手を頼む」
「はっ。アシュレイ様、勇者様方。ご武運を!」
黒装束のエルフ3人はアシュレイに答えるなり、洞窟の入り口近くの隠れられそうな場所へと散っていった。
「では我々も行くとしよう」
緊張感を孕んだアシュレイの言葉に、仁たちは頷く。仁たちの視線が洞窟の中へと吸い寄せられた。洞窟内部の壁にはところどころ血管のような赤い線が走っていて、相当の熱気を放っていた。目を細めて洞窟の奥を見つめる仁の額から、一筋の汗が流れ落ちた。




