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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第九章

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9-9.慟哭

「その先で止まれ」


 木の上からの指示を受け、仁たちが足を止める。そこは半径3メートルほどの、木々の生えていない空間だった。深い森の中にぽっかりと開いた小さな広場の中央に、黒い石灯籠いしどうろうが建っていた。


 セシルが息も絶え絶えにイムの檻を地面に下ろしてへたり込む。程度の差はあれ、玲奈もミルもロゼッタも、それぞれが激しく肩を上下させて必死に体内に酸素を取り込んでいた。仁もかなりの魔力を消耗していたが、疲労感よりもある種の昂揚感を抱いていた。仁はそわそわしながら、白み始めた空の光の届かない森の中に目をらす。木の上から降り立った人影が徐々に大きくなり、森の切れ目から姿を現した。


「アシュ……レイ……?」


 思わず張った仁の声が尻つぼみに消える。仁たちの目の前に現れたのは黒い装束の集団だった。黒装束で全身を頭まですっかり覆い隠し、唯一露出した目のみがギラギラと輝いている。まるで元の世界の忍者のような姿に仁と玲奈は目を丸くした。言葉を失くした仁と玲奈の代わりに、ロゼッタが一歩前に出て槍を構える。それに呼応するように黒装束の一団が短剣や投げナイフを仁たちに向けた。


「待て」


 一触即発の空気を、黒い集団の中から聞こえた凛々しい女性の声が切り裂いた。黒装束の一団が即座に構えを解き、音もなく左右に分かれる。割れた黒い波の中央を、一人の人物がゆっくりと歩を進める。先ほどの声の主とおぼしき女性は集団と同じ装束に身を包んでいた。


「久しいな。ジン」


 女性は仁の正面まで歩み寄ると、顔を覆った黒い覆面を剥ぎ取った。エルフには美形が多いという元の世界の創作物から仁が受けていた印象をそのまま体現したような整った素顔をさらけ出した女性は、覆面の中に隠していたブロンドの髪を、首を振って背中に流し、乱れた前髪を掻き上げる。薄い金色の髪の間から、エルフ特有の細長い耳が覗いた。ロゼッタが二人の間に入ろうと一歩踏み出すが、仁が制止する。


「アシュレイ……」


 仁は目の前に立つ女性の名前だけを呟く。仁の胸中には懐かしさや申し訳なさ、嬉しさや照れくささなど様々な思いが渦巻き、咄嗟に言葉が出てこない。仁とアシュレイは同程度の身長のため、真っ直ぐに見つめ合う形になっていた。アシュレイは切れ長の凛々しさを感じさせる瞳を仁に向けたまま、薄桃色の唇を小さく動かした。


「――え?」


 あまりに小さなアシュレイの言葉は仁の耳まで届かず、ようやく様々な思いを何とか呑み込んだ仁が聞き返そうと口を開く。その刹那せつな、アシュレイは素早く抜き放った短剣の刃を仁の首筋に当てた。頸動脈を正確に狙った短剣のひんやりとした感触が仁の脳に伝わる。完全に油断していた仁は一拍遅れて事態を把握するが、アシュレイの行動の意味がわからず、困惑を視線に乗せる。


「仁くん!」

「ジンお兄ちゃん!」


 固唾を呑んで仁とアシュレイの再会を見守っていた玲奈とミルが声を上げた。


「ジン殿を放せ!」

「動くな!」


 何が起こったのかわからず固まっていたロゼッタが再び槍を構えようと手を動かすが、アシュレイの鋭い言葉が遮る。


「私はジンと話がある。外野は黙っていろ」

「何を勝手な!」


 言葉を荒げながらも、仁を人質に取られた形になっているロゼッタは成すすべなく、中途半端に傾けた槍を元に戻した。


「そっちのお嬢さん方と小さなお嬢ちゃんもだ」


 アシュレイはナイフのような鋭い視線で玲奈やセシル、ミルを牽制する。


「みんな、俺は大丈夫だから」

「でも、仁くん――」

「大丈夫」


 仁は背中越しに声をかける。玲奈たちが悲痛な表情を浮かべているであろうことが手に取るように想像でき、仁は申し訳なく思うと同時に、呆けている場合ではないと自身に言い聞かせる。せっかく再会できたかつての仲間と命のやり取りをするなど、考えたくもないことだった。仁は視線から迷いを消し、目と鼻の先にあるアシュレイのエメラルドのような瞳を真正面から見つめる。


「アシュレイ、久しぶり。どうしてこんなことになっているのかな」

「ジン。火竜を殺したのはお前か」


 仁の片眉がピクリと動く。表向きには火竜ファイヤードラゴンを倒したのはジークで、それに協力したのが仁や玲奈たちだということになっているため、仁はどう答えるべきか即断できない。仁の沈黙を肯定と受け取ったのか、アシュレイの表情が険しさを増した。


「――なぜだ」


 アシュレイが底冷えするような低い声を絞り出す。仁は火竜ファイヤードラゴンを殺したことが仲間に短剣を突き付けられている理由なのかと疑問に思うが、アシュレイの続く言葉で疑問の一端が氷解する。


「なぜ帝国を助けた!」


 感情を爆発させたアシュレイの怒声が、仁の鼓膜のみならず、脳と心を揺らした。アシュレイは短剣を投げ捨て、両手で仁の胸ぐらを掴む。


「国を滅ぼした敵を! 姫の仇を! 私たちの勇者が!!」


 双眸そうぼうから涙を溢れさせるアシュレイの姿に、仁は雷に打たれたような衝撃を受けて言葉を失くす。今でも帝国を憎む気持ちが消えたわけではないが、いつの間にか、かつて召喚された際のことが終わったことになってはいなかったか。仁より遥かに長い時間を過ごしてきたはずのアシュレイの決して色褪せない激しい思いが仁の心を揺さぶった。


 玲奈を元の世界に戻すことが最優先だと思い込むことで無意識のうちにふたをした強い怒りと喪失感が鎌首をもたげる。


「そもそも、お前はなんでここにいる! 姫や私たちの覚悟を、想いを、踏みにじるつもりか!」


 アシュレイが仁の胸ぐらを掴んだまま崩れ落ち、仁も釣られるように膝をついた。


「姫……」


 アシュレイは仁の胸に押し付けた自らの手に額を押し当てながら、嗚咽混じりに何度も繰り返す。


 異世界のことだから、この世界では100年も前のことだから。そんなことを言い訳にするつもりはなくても、自身の心を守るために無意識的にどこか遠くに感じていたクリスティーナの死が、一気に現実のものとして仁に襲い掛かかった。


「クリス……」


 仁は目を閉じ、力なく垂れ下がっていた腕をアシュレイの背に回す。瞼の隙間から涙が溢れ、アシュレイのブロンドの髪を濡らした。玲奈たち戦乙女の翼(ヴァルキリーウイング)と黒装束のエルフの一団が見守る中、二人の嗚咽はいつまでも続いたのだった。


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