9-8.突破
「石弾!」
仁の左手から撃ち出された石の弾丸が、土壁の上部から顔を出したトカゲ型の魔物の顔面を撃ち抜く。
「皆。時間がない。俺を信じて欲しい」
「私は仁くんを信じるよ。それに、アシュレイさんが近くにいるなら、仁くんと会ってもらいたいしね」
「玲奈ちゃん、ありがとう」
真摯に訴える仁に、玲奈が笑顔を見せる。仁はいつかのダンジョンで玲奈がアシュレイを捜すのを手伝うと言っていたことを思い出し、心の内に温かな気持ちが湧き上がる。ラストルの姿をした正体不明の観測者が告げた言葉を鵜呑みにするわけにはいかなかったが、アシュレイが今も無事に生きている可能性が一気に高まり、危険な状況ではあるものの、仁は身の内から活力が漲ってくるのを感じていた。
「ジンお兄ちゃん。ミルたちはみんなジンお兄ちゃんを信じてるの」
ミルの宣言に、ロゼッタとセシルが大きく頷く。檻の中のイムだけは不満そうな目をしていたが、特に鳴き声を上げるようなことはなかった。
「みんな、ありがとう。じゃあセシル。さっそくだけど、空に向けて二回続けて、閃光を撃ってくれるかな? それが、こっちが提案に乗ったっていう合図になるから」
「わ、わかりました」
すぐさま行動に移したセシルの閃光が二度眩い光を放つと、土壁を取り囲む魔物のざわめきが大きくなった。多種多様な唸り声や鳴き声が聞こえてくる。
「みんな、もうひと踏ん張りだ。力を貸してほしい」
仁は皆が頷くのを確認し、先ほどから一際大きな衝突音を響かせている土壁の内側に黒炎斬を続けざまに放つ。威力を抑えられた黒炎の刃が土壁を内側から切り裂き、十字の傷を刻んだ。その直後、轟音と共に土壁の城壁の一角が崩れ落ち、グレーの鼻先から立派な角を生やしたサイのような魔物の巨体が小さな広場に侵入してきた。
「黒炎斬!」
横薙ぎに放たれた黒炎斬がサイの魔物の胴体を上下に切り裂きながら後続の魔物たちの命を刈り取るが、その後ろからどんどんと魔物たちが押し寄せる。土壁をぐるっと囲んでいた魔物たちの多くは崩れた側に集まってきているようだった。仁は思惑通り誘導できたことにほくそ笑む。仁たちにとって一番厄介なのは全方位から一斉に襲われることだった。どうやら魔物たちは逐一亜人と思しき指揮官から指示を受けているわけではなく、簡単な命令に従うことしかできないようだった。
「玲奈ちゃん。エルフからの合図があるまでイムをお願い! セシルは明かりと玲奈ちゃんの援護を!」
「任せて!」
「は、はい!」
イムの檻を魔物の侵入口から隠すように玲奈が立ち塞がり、その傍らでセシルが光源の魔法を唱える。照明の魔道具よりも強い光が仁と魔物たちを照らした。
「ミル、ロゼ!」
「はいなの!」
「お任せを!」
迫りくる魔物たちの正面から斬り込む仁の両サイドを、ミルとロゼッタが駆ける。魔物たちは骸と化した同胞を乗り越えて広場に侵入しようと試みるが、一斉に押しかけることができず、各個に撃破されていった。魔物たちは余程強く命令されているのか、仲間がどれだけ倒されようと怯むことなく次から次へと押し寄せる。ミルの魔剣が魔物たちの血を吸い上げて輝きを増し、ロゼッタの槍が鮮血を飛ばして血だまりを作り出す。仁も二人の成長ぶりに目を見張りながら、厄介そうな相手を優先的に排除していった。
「まだか!」
仁は目の前の虎型の魔物を一刀のもとで切り伏せ、焦りを滲ませながら、空を見上げる。魔の森中の魔物が集まっているのではと思ってしまうほど、倒しても倒しても、魔物たちは際限なく現れ、最前線で戦い続けるミルとロゼッタの精神的な疲労が限界に近付いていた。広場への進入路を一つに絞ることで何とか対応できているが、もし別の場所が破られてしまったらと考えると、仁は気が気ではなかった。本当はエルフなど存在せず、仁とアシュレイの関係を知る何者かの策謀なのではと仁が疑心暗鬼にかられ始めたとき、風を切り裂くような甲高い音が鳴り響いた。
「仁くん! 合図の鏑矢だよ!」
「うん。みんな、行くよ!」
仁は声を張り上げると、左手を侵入口に向けた。ミルとロゼッタが一気に飛びずさり、その直後、仁が遠隔魔法で発動した土槍が突き立つ。何体かの魔物が潰され貫かれて苦悶に満ちた断末魔の叫びを上げるが、仁は構わず反対側の土壁を、さらにその先の土槍のバリケードごと黒炎でぶち抜いた。
「玲奈ちゃん。先頭は任せたよ!」
「任せて!」
玲奈が小盾を構えながら土壁のトンネルを全速力で潜り抜けた。その後をイムの檻を抱えたセシルが続き、そのサイドをミルとロゼッタが固める。仁は最後尾で魔物の追撃を警戒しながら、エルフたちと無事合流できるよう願った。仁の目論み通り、魔物の多くは壁の崩れた側に集まっていたが、それでも無抵抗というわけにはいかなかった。
「邪魔しないで!」
玲奈は足を止めることなく、跳びかかってきた魔物たちを火竜鱗の小盾で弾き返す。生い茂った木々の枝葉が足や腕を強かに打ち据えるが、仁たちは玲奈を先頭にした一つの弾丸のように薄くなっていた魔物たちの包囲網を突き抜けた。
「子竜は無事なようだな」
頭上から凛々しい声が唐突に舞い降り、玲奈がビクッと反射的に顔を上に向ける。
「足を止めるな。細かな進路はこちらが誘導する。そのまま真っ直ぐ進め」
玲奈は再び顔を正面に向け、少しだけ明るくなってきた深い森の奥を見据えた。身軽に木々の枝を渡っていく声の主に、何人もの影が従っていた。
「アシュレイ……」
仁は聞き覚えのある声に目頭の奥が熱くなるのを感じながら小さく呟いた。かつて召喚された際のアシュレイとの思い出が仁の脳裏に浮かんでは消えていく。アシュレイはかつて仁が召喚されたときには既に召喚主であるクリスティーナに従っていたため、最も付き合いの長い仲間の一人だった。そのため、その思い出には必然的に仁が元の世界に送還されるまでの一連の出来事の大半を振り返ることになる。そこに登場する多くの仲間たちは既にこの世を去っていて再会することは叶わない。仁は遅れないように足を動かし続けながら、木々の上にチラッと目を向ける。待ち望んだ再会の瞬間は、刻一刻と近付いていた。




