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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第九章

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9-1.訓練

「ハァッ!」


 裂帛の気合と共に力強く突き出された白い槍が熊型の魔物の胴体を貫いた。サッと引き抜かれた穴から鮮血が飛び散る。そのまま石突で背後の同種の魔物の胸をえぐり、素早く反転して鋭い穂先で傷跡を穿った。2つの巨体が倒れて地を僅かに揺らすと同時に、純白の槍が上下に空を切り、槍の表層に付着していた汚れを払った。


 一拍の間の後、大きく息を吐いたロゼッタに、少し離れて見守っていた仁たちが近付く。ロゼッタの薄青色の瞳が不安げに揺れた。


「ど、どうでしたか……?」

「うん。上手く使いこなせているようだね」

「ロゼお姉ちゃん、かっこよかったの」

「うんうん。惚れ惚れしちゃうよ」

「ロゼさん、すごいです」


 仁とミル、玲奈、セシルが口々に賛辞を贈り、不安そうに顔を強張らせていたロゼッタはホッとしたように表情を緩めた。ロゼッタの悩みが少しは晴れたように思われ、仁と玲奈は顔を見合わせて微笑み合った。深い森の木々の隙間を縫って日の光が何条にもなって降り注ぎ、晴れやかに微笑むロゼッタの美麗な顔を明るく照らした。




 仁とミルがヴィクターたちと共にダンジョンから帰還して数日後、待ち望んでいた新装備が完成し、仁たちは職人たちの元を訪れた。新装備は火竜ファイヤードラゴンの素材で作られているため、仁は赤い装備になるものだと思っていたが、特殊な染色法を用いて、それぞれの装備が綺麗に染められていた。


 仁が話を聞いてみると、仁のいない間に職人から相談を受けた玲奈が各人のイメージカラーを伝えていたらしく、防具は仁が黒、玲奈が薄ピンク、ミルが黄、ロゼッタが白、セシルが青を基調としていた。縁などに残った素材の赤色が火竜ファイヤードラゴン由来の品であることを示し、旧装備のデザインを踏襲した新装備の出来栄えに、仁たちは頬を綻ばせたのだった。


 武器は予備も含めて仁と玲奈用に火竜鱗の剣が4本、玲奈用に火竜鱗の小盾が2個、ミル用に火竜鱗の短剣が2本、ロゼッタ用に火竜爪の槍が2本、セシル用に火竜骨の杖剣が2本用意されていた。


 全ての装備を受け取った仁たちが職人たちに感謝の気持ちを伝えると、職人たちから貴重な経験と貴重な素材を提供したことに対して逆に感謝されてしまった。仁たちの装備を試行錯誤する途中でできた失敗品でも、中には一般的な金属製の武具に勝る性能を備えたものもあり、メルニールの冒険者たちに決して手の届かないほどではない金額で提供する予定とのことだった。仁はそれらの装備がこれから始まるダンジョンの調査と最下層に向けた攻略に役立てばいいなと思いながら、職人たちの元を辞し、皆で屋敷へ戻った。


 仁とミルはそれぞれ元の武器を主力にするつもりだったが、いざというときに困らないよう、他の皆と一緒に屋敷の庭で新武器を振るって感触を確かめ合った。皆が職人たちの会心の自信作に満足する中、ロゼッタだけが浮かない顔を浮かべていた。


「ロゼ。どこか気になるところでもあった?」


 仁が近付いて声をかけると、ロゼッタは顔を伏せた。


「いえ、そういうわけではないのですが……」


 ロゼッタの視線がチラリと側の壁に立てかけてあった亜竜の槍(ワイバーンスピア)に向いたのを仁は見逃さなかった。


「ロゼ、前の槍がどうかしたの?」


 仁が問うと、ロゼッタは手にした火竜爪の槍を掲げた。


「この槍の出来はすばらしいと思います。軽く、強靭で、鋭い。でも……」


 ロゼッタは白い槍を壁に立てかけ、銀灰色ぎんかいしょくの槍を手に取った。愛おしそうに柄を撫で、ロゼッタの瞳が潰れた穂先を捉えた。


「自分はジン殿から授かったこの槍でずっと戦っていたかったのです。英雄の盟友たる白虎族の勇士の魂を引き継ぎたかったのです。それなのに、自分の力不足からダメにしてしまいました……」


 ロゼッタは新武器より亜竜の槍(ワイバーンスピア)の修復を望んだが、穂先は潰れ、柄は歪んでしまっていたため、修復は不可能だと言われてしまっていた。穂先と柄を同じ素材に取り換えることは可能だったが、それは元の槍と同じ槍とは言えなかった。


「ロゼ。気持ちは本当に嬉しいけど、そのことでロゼが悩む必要なんてないよ」


 仁は自身とかつての仲間を大切に思ってくれるロゼッタに嬉しく思ったが、そのためにロゼッタが悩み苦しんでいる現状は歓迎できるものではなかった。


「俺や俺のかつての仲間のために使えなくなった前の槍に思いを残すより、新しい槍を使って玲奈ちゃんやミルたちを助けてくれる方が嬉しいよ。仲間や大切な人たちを守りたいっていう想いは槍が壊れてもロゼの中にしっかり受け継がれていると思うから」

「ジン殿……」


 ロゼッタは仁の言葉を噛みしめるように呟くが、その表情は晴れない。


「弱い自分ではレナ様やミル様の御力になれるとはとても……」


 帝都でのドラゴン戦の後から頻繁に聞かれるようになったロゼッタの自嘲するような物言いに、仁は瞼をきつく閉じた。白虎族は大器晩成だからといくら仁が口で説明しても、今の力不足を嘆くロゼッタの心に届くとは思えなかった。仁はある決意と共に目を開く。


「ロゼ。ちょっと提案があるんだけど、いいかな?」


 ロゼッタは仁の真摯な瞳を縋るように見つめながら話を聞くと、何の躊躇もなく頷いたのだった。




「新武器もそうだけど、身体強化の方も問題ないみたいだね」

「はい。まだ完全に使いこなせているとは言えませんが、それでも以前の重い体が嘘のように軽く、思った通りに動くことができます。これも全てジン殿のおかげです。本当にありがとうございました」


 仁はロゼッタのにこやかな笑みを眺めながらメルニールを発つ前日のことを思い出し、照れ笑いを浮かべた。




 新装備が完成したあの日、伸び悩むロゼッタに仁が提案したのは、身体強化の技能の修得だった。魔力で身体を強化する技は魔法を使用するよりも少ない魔力で大きな効果を出すことができ、魔力の総量が総じて低く、身体能力に長けた獣人に相性のいい技能だった。元々技能を持っていない場合、体内の魔力を操作する必要があるため一朝一夕で身に付くものではないが、仁がかつて魔力操作を身に付けようとした玲奈に施したのと同じ方法を用いることで修得の助けにしようとしたのだった。


 女性の剥き出しの下腹部に直接触れる行為のため、仁はロゼッタに断られるのでは、下心があると勘違いされるのではと内心でビクビクしていたが、強さを求めるためにわらにも縋りたいロゼッタにしてみれば断る選択肢など存在しなかった。


 あっさりと了承したロゼッタはすぐにでも実行してほしいと仁に迫り、仁はその夜、ロゼッタの部屋に足を運んだ。ロゼッタはベッドの上に仰向けで横になると、薄手の短パンを下着ごと骨盤の下までずり下げた。仁は少しだけ頬を赤らめたロゼッタにドキドキしながら、へその下数cmのところに手のひらを当て、ロゼッタの丹田の辺りを意識しながら自身の魔力を注ぎ込んだ。


 まごうことなく綺麗なお姉さんといった容姿のロゼッタが零れそうになる嬌声を耐えるように艶めかしく腰を揺り動かす様は刺激的だったが、仁は目を閉じて邪念を振り払い、ロゼッタに体内の魔力の流れを感じてもらうことに成功した。


 その後、ロゼッタは帝都への道中でも毎日の鍛錬の後に瞑想の時間を設け、魔力操作と身体強化の技能の修得に勤しんだ。元々魔法的な素養に乏しいロゼッタは苦戦し、仁は何度かロゼッタに頼まれて同様の措置を施した。その甲斐あってか、帝都の隠し通路を抜けた先から魔の森の攻略を開始する頃にはロゼッタは無事身体強化の技能を発現させ、ある程度使いこなせるようになったのだった。




「魔の森もまだ中腹だけど、これからどんどん強い魔物が出てくると思うから、頼りにしているよ。でも、無理はしないでね。今日はロゼ一人に戦ってもらったけど、みんなで協力していこう」

「はい!」


 ロゼッタは表情を引き締めて答えるが、すぐに申し訳なさそうに眉根を寄せた。


「それで、その、ある程度ものにはできたと自負していますが、まだ完璧ではないので、もしジン殿がお疲れでなければ今晩もお願いしたいのですが……」

「あ、ああ、うん。わかった」


 最初の頃は恥ずかしそうに申し出ていたロゼッタだったが、段々と申し訳なさの中にどうも行為自体を楽しみにしているような雰囲気を感じたが、仁は思い過ごしだと思っておくことにした。




 その夜、魔の森の中で野営の準備を整え、それぞれの夜番の担当時間まで各々が周囲を警戒しつつも思い思いに過ごす中、仁とロゼッタは訓練する旨を皆に伝えてから連れ立ってテントに向かった。その日もロゼッタと二人でテントに消えていく仁の背中を玲奈が何とも言えない表情で見つめていたが、仁がその視線に気付くことはなかった。


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