2-4.前進
あの後、玲奈は昼食休憩を取るまで、ずっと氷球の練習をしていた。目を開いて歩きながらというのはなかなか難しいようで苦戦していたが、何度か成功していた。MP枯渇の問題もあるので、一旦練習を中止するようお願いした。落ち着ける場所でもなかったため、針葉樹のような真っ直ぐな木を背にして、二人隣り合って干し肉を齧って済ませた。
「ね。後1回だけ魔法使っていい?」
「MP枯渇の弊害の話はしたよね。まだ大丈夫?」
「うん。さっきステータス確認してみたけど、まだ余裕あるよ」
「今後何があるかわからないから、ある程度はキープしておいてね」
「うん。大丈夫!」
魔法を使えるのがよほど嬉しいのか、玲奈のテンションはうなぎ上りだった。特に問題はなさそうなので、苦笑いを浮かべながら黙って見守る。玲奈は目を開けたまま一点を見つめていた。
「――氷球!」
魔法名を発すると共に、玲奈は上を向いていた手のひらを正面に向けた。真っ直ぐ伸ばされた腕の先から、氷の球が飛び出していく。砲弾のように放たれた氷球は、あっという間に木々の間へ消えて行った。
「やった! できた! でも外れた!」
喜んだり悔しがったり、玲奈の表情がくるくると変わる。指向性を与えるイメージが上手くいったようで、それは攻撃魔法と呼んでも差し障りがないものだった。
「仁くん。どうだった? あの木を狙ったんだけど、ちょっと外れちゃった」
そう言って指を差した玲奈が、不自然に固まった。その木の向こうから、1匹の兎が猛然と駆け寄ってきていた。真っ赤な目を怒らせていた。
「え? 兎?」
「玲奈ちゃん。危ない!」
咄嗟のことで動けないでいる玲奈の前に立ち、左手を構える。後ろ脚に力を込めて跳びかかってくる兎の口が大きく開かれ、鋭い牙が覗いた。正面から兎を見据える。
「雷撃!」
放たれた黄色い閃光が跳び込んできた兎の頭部に直撃し、そのまま全身を蹂躙した。仁の元まで届くことなく地に落ちた兎は、既に事切れていた。
「仁くん、ありがとう。その襲ってきたの、兎、だよね?」
動物の死骸を見慣れていない様子の玲奈が、仁の肩から恐る恐る顔を出した。
「見た目はほとんど俺たちの知ってる兎だね。牙があるけど」
仁は鑑定の魔眼を発動して兎の死骸を見る。
「兎は兎でも、殺人兎っていうみたい。おそらく動物じゃなくて魔物だね」
動物ではなかったことがわかり、玲奈は少しだけ表情を緩める。
「でも、この世界にも兎っているんだね。魔物だったけど」
「厳密には兎のようなもの、だと思うけどね。元の世界に似た生物がいたから俺たちにはこの名称で認識してるのかも。前に戦った魔物に、もう少し体が大きくて角が生えてる一角兎っていうのもいたよ」
「なんだかややこしいね」
眉根を寄せる玲奈の姿に苦笑いを浮かべた。
「それで玲奈ちゃん。この殺人兎、どうやら玲奈ちゃんの氷球が当たってたみたいだよ。ほら。背中に跡がある」
「え。もしかして、それで怒って襲ってきたのかな……」
玲奈が顔を歪めた。
「殺人兎っていうくらいだから、関係なく襲ってきた可能性もあるけど、切っ掛けにはなったかもしれないね」
「また私が不用意なことしたせいで迷惑かけちゃったね。ごめんなさい……」
玲奈の視線が地面に向いた。
「玲奈ちゃん。魔法が使えるようになって少しは浮かれてたのは事実かもしれないけど、それだけじゃないよね」
仁の言葉に、玲奈が体を震わせた。
「悔しかったんだよね。守られてばかりで。サラさんに煽られて。それで少しでも強くなろうと頑張ってたんだよね。ルーナが言ってたように、互いが互いを守り合えるようになるために」
玲奈の瞳に涙が滲む。
「玲奈ちゃんの気持ちはわかるし、嬉しいよ。でも、焦らないで。俺も玲奈ちゃんを守れるようにもっと強くなるから、一緒に頑張ろう。今は自分の行動に後悔しているかもしれない。でも、後悔することはあっても、無駄なことなんて何もないんだから」
玲奈が顔を上げた。それはかつて玲奈が仁に送った言葉だった。少しだけ、玲奈に笑顔が戻った。
「うん。私、頑張る」
「あ。でも、まだしばらくは俺に守らせてほしいな。こんなこと元の世界じゃできないことだからね。負けず嫌いの玲奈ちゃんのことだから、本当にしばらくの間だけだろうけど」
「ううん。元の世界の私も、周りのみんなに守られてばかりだったよ。もちろんファンのみんなにもね」
二人で小さく笑い合った。反省はした。後悔もした。だから――
「「これからもよろしくね!」」
木々の間から吹く微風が、向かい合う二人の頬を優しく撫でた。




