8-10.捜索隊
重苦しい空気が会議室を満たす中、仁の脳裏に爽やかなイケメンの気持ちのいい笑顔が浮かぶ。
「ガロンさん! それは間違いないんですか!? 本当にヴィクターさんが――」
「落ち着け、兄ちゃん。まだその可能性があるって話だ」
立ち上がって声を荒げる仁を、ガロンが落ち着いた声で遮る。
「仁くん。とりあえず最後まで話を聞こう?」
仁は隣で座っている玲奈に促され、腰を下ろす。ガロンは視線で玲奈に感謝の念を送り、話を続けた。
ガロンの話によると、ヴィクターは昨日、普段と同じように3人のサポーターの女の子を連れてダンジョンに入ったが、今日になっても戻って来ていないとのことだった。
ダンジョン入場時の受付記録にはいつも通り日帰りの予定だと記されていて、ヴィクターを良く知る入場受付の担当者が心配してガロンに相談したと言うのが事の発端らしい。
平時であればダンジョン内で何かトラブルでもあったのかと思いはするものの、帰還予定が1日遅れるなどは冒険者や探索者の間ではそう珍しいことではなかった。しかし、ヴィクターは幼いと言ってもいいような若いサポーターを数人引き連れていく関係上、安全を重視して1層から3層辺りのごく浅い階層までしか足を伸ばさないため、これまで帰還予定を遅れることがなかった。
相談を受けたガロンも何かあったのかと心配する気持ちはあったものの、今回の予定でも2層までとなっており、ヴィクターの実力があれば日帰りできない状況に陥るとは考えにくく、ダンジョン内でサポーターの子供たちが何か我が儘でも言って困らせているのかもしれないと楽観的に考えていた。
ダンジョンでの出来事は基本的には自己責任であり、もし予定を大幅に過ぎて帰って来ないことがあればミルの両親のようにダンジョン内で死亡したとして扱われる。そうなる前に仲の良い冒険者などが捜索に向かうことはあったが、冒険者ギルドにしろ、探索者ギルドにしろ、ギルドとして責任を負うことはなかった。
しかし、今回は少し話が違った。時を同じくして前例のないダンジョンでの崩落事故発生の報が今朝、中層から帰還した探索者からもたらされたのだ。それによればダンジョンの2層の端で床が崩落しているとのことで、それを知ったガロンは崩落とヴィクターの未帰還を関連付けて考えたのだった。
「その崩落でできた縦穴はどのくらいの深さなんですか?」
「かなり深そうだったって話だが、正確なことはわかっちゃいねえ」
「そうですか……」
視線を落とす仁の膝の上を、玲奈とは逆隣に陣取っていたミルの小さな手が力なく彷徨っていた。仁は冷たく震える手を包み込むように強く握る。ガロンの口から語られたヴィクターと一緒にダンジョンに入ったサポーターの中に、ミルと仲の良いファムの名前もあったのだった。
「正確な深さはわからねえが、中層より下にまで続いている可能性が高いってことで、B級以上ですぐに捕まりそうな面々を集めさせてもらった。兄ちゃんと嬢ちゃんたちは例外だが、今メルニールにいて兄ちゃんたちをただのC級扱いするやつはいねえってことで納得してくれ」
帝都でのドラゴン襲撃を受けて多くの冒険者が帝都に赴いており、また、現在メルニールに残っている冒険者もこれから帝都に向かう商隊の護衛などで引っ張りだこの状態だった。
「俺たち“戦斧”もC級だが、この会議と同じく、捜索隊も俺が仕切らせてもらう。それでもいいっていう奴は力を貸して欲しい」
ガロンが一旦言葉を切って会議室の面々を見回す。
「ただ、“戦斧”も先約の依頼があって全員は参加できねえ。依頼主の了承を得て、うちからは俺とノクタが参加するが、俺たち2人だけじゃ心もとねえ。何分前例のねえことなんで、どんな危険があるかわからねえが、どうか力を貸してくれ。頼む」
ガロンが深く頭を下げ、それに合わせて“戦斧”の面々も立ち上がって頭を下げる。
「ガロン殿、面を上げてくだされ。某は参加いたす。共にヴィクター殿と子供らを助けようぞ」
真っ先に参加の意を表明したクランフスが席を立ってガロンの肩を叩く。
「仁くん……」
「ジンお兄ちゃん……」
仁は左右から懇願するような視線を受けるが、簡単に頷くことはできなかった。本心としてはすぐにでもヴィクターたちを助けに行きたい思いはあるが、状況がそれを許さなかった。新装備が未だ完成していない以上、玲奈たちをダンジョンに入れるわけにはいかないし、すぐどうこうなるとは思ってはいないが、いつドラゴンが戻って来るかわからない以上、外の情報が遮断されてしまうダンジョンに長時間おいそれと潜るわけにはいかなかった。
仁が唇を噛んで頭を悩ませていると、若い男女の冒険者が申し訳なさそうに捜索隊への参加を断りつつも、自分たちの知り合いにダンジョンの崩落に関する情報を伝え、十分に注意をするよう周知すると約束し、退室していった。
「ジンお兄ちゃん。ミルは参加したいの。もうダンジョンから帰って来ない人を待ち続けるのは嫌なの……」
「ミル……」
ミルは目尻に溢れんばかりの涙を溜めこみながら、仁を見上げていた。ミルの両親はミルを街に残したままダンジョンで帰らぬ人となった。ミルは当時どんな思いで両親の帰りを待ち続けたのだろうか。仁の目頭の奥が熱くなる。
「ファムちゃんもヴィクターさんも、おとーさんとおかーさんがいなくなって一人になったミルをずっと気にかけてくれたの。ミルにはジンお兄ちゃんとレナお姉ちゃんが取り返してくれた、おとーさんの短剣があるの。ジンお兄ちゃんたちがミルに戦う力をくれたの。もう待ってるだけは嫌なの。ミルは二人を助けたいの……!」
ミルの力強い視線が仁の迷いを撃ち抜く。ミルの空いた片手は腰の短剣を強く握りしめていた。仁は握った小さな手から伝わる熱い思いを受け取り、決意を固めてミルに大きく頷く。緊張が僅かに緩んだミルの瞳から涙が零れ落ちるのを見ながら、仁はミルの手を離して立ち上がった。
「ガロンさん。“戦乙女の翼”からは俺とミルの2人が参加します」
「仁くん!?」
「ジン殿!」
仁の発言に抗議の声が上がるが、一旦無視して言葉を続ける。
「ただ、メルニールや玲奈ちゃんたちに何かあった場合、俺はすぐにダンジョンから脱出します。その場合、ミルだけを残していくことになりますが、そのときはミルのことをお願いします」
頭を下げる仁に倣って、ミルも立ち上がって頭を下げた。特殊従者召喚のことを知らないクランフスは仁の言っていることが理解できないのか眉を顰めていたが、事情を知るガロンたち“戦斧”の面々は力強く頷いた。
「兄ちゃんもミルの嬢ちゃんも顔を上げてくれ。こっちとしては二人が参加してくれるってだけで力強いぜ。もしもってときはミルの嬢ちゃんは俺たちに任せな」
ガロンが頼もしげな笑みを浮かべて左右に目を遣ると、横に並んだ長身痩せ型の“戦斧”の盾使い、ノクタが小刻みに何度も頷く。疑問符を浮かべていたクランフスも、ガロンに背を強く叩かれて了承の意を示す。
「小さな聖女殿に某の助けが必要とは思えませぬが、このクランフス、命に変えても英雄殿や勇者殿、白槍殿の元へお連れすると約束いたす」
「皆さん、ありがとうございます」
「ありがとうなの」
仁はクランフスの大業な言い回しに思わず笑みを浮かべながら、良い人たちに囲まれていることを心から嬉しく思った。そして今ここにいないヴィクターやファムたちの無事を祈りながら、仁は玲奈とロゼッタをどう説得しようかと頭を悩ませたのだった。




