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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第二章

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2-3.魔法

「さようなら、私の前髪。また会う日まで……」


 悲壮な決意を滲ませた玲奈が、流れ落ちる小さな滝から両手で掬った水で、前髪と顔を洗っていた。その姿を仁は微笑ましく見守っていた。


 その後、ルーナのメイドたちが用意してくれた保存食の干し肉を齧りながら、荷物の整理を行った。革袋には普段使いする最低限のものだけを入れ、身軽に動けるようにする。金貨は1枚だけ、それぞれの着ているチュニックの腰の辺りの裏側に縫い付けられた隠しポケットに忍ばせ、残りはアイテムボックスで保管することにした。絨毯も折りたたみ、同様に収納する。最後にテントを解体しようと手を伸ばす仁に、不思議そうな顔をした玲奈が声を掛けた。


「ね、仁くん。なんで解体しちゃうの?」

「なんでって、片付けてそろそろ出発するからだけど」


 ルーナの言葉を信じるならばそこまで急ぐ必要はないにしても、万が一ということもある。比較的安全なこの辺りでもう少し準備を整えたい気持ちはあるが、移動を始めた方が賢明だろう。今頃は朝になってルーナのメイドに発見されたガウェインが騒いでいる頃だろうか。


「うん。それはわかってるんだけど。あのね、そのテントって、解体しないとアイテムリングに入らないの?」

「え?」

「他のものは大きさ関係なく収納されてるよね。だから、テントもそのまま収納できないのかなって」


 言われるまで気付かなかった。かつての仁はこのテントを使ったことがほとんどなかった。クリスの指示で、いろいろな事態に対応できるよう、限られた物資の中から優先的に回ってきたものをアイテムリングに入れておいたのだ。当然解体された状態で渡された仁は、使う度に組み立てと解体を行っていたのだ。周りの仲間たちもそうしていたため、何の疑問も抱いていなかったが、そもそも仲間たちはアイテムリングのようなアーティファクトを持っていたわけではなかった。


 仁は左手の薬指をテントに近づけて、収納するよう念じた。その結果、テントはそのまま呆気なく収納され、後に残ったのは固定具の杭が刺さっていた場所を示す穴だけだった。


「天才か……」


 思わず零れた言葉に、玲奈が苦笑いを浮かべていた。


 それから、お互いに胸当てに加えて鉄製の手甲と脛当てを装備し、革製の水筒に入る限りの水を滝から手に入れた。最後に、用を足してくると玲奈に告げた仁は、洞穴近くの岩陰に行こうとしていたのを見咎められ、初めて首輪からの電撃を浴びた。自業自得だった。玲奈には誠心誠意謝り、許しを得た。玲奈の器の大きさに頭の下がる思いだった。



 

 ついに滝壺周辺の魔物避けの結界を出るときが来た。すぐに街道に出るわけにはいかないため、魔物と遭遇する可能性は高くなるものの、森の中を進むことに決めた。といっても、もちろんずっと深い森の中を進むわけではなく、街道が見つかればそれに沿って浅いところを移動するつもりだ。太陽の位置から方角を測り、東に向かって歩みを始めた。


 仁が剣を片手に先導し、後ろに続く玲奈には背後にも注意を向けてもらった。


「まだ水に余裕はあるけど、定期的に水源も確保しないとなぁ。玲奈ちゃんも、水音が聞こえたら教えてね」

「うん。わかった」

「ルーナみたいに水魔法が使えると便利なんだけどね」

「あっ。魔法! 仁くん。魔法ってどうやったら使えるようになるの?」


 昨夜の無表情なドヤ顔を思い出したのか、玲奈が僅かな悔しさを滲ませていた。


「本当はもっと落ち着いたところで練習してほしかったんだけど、そうも言っていられないか。玲奈ちゃんが魔法を使えるようになれば、魔物とも戦いやすくなるしね。うん。歩きながらにはなっちゃうけど、これから玲奈ちゃんには魔法を練習してもらいます」

「やったっ!」


 目を輝かせる玲奈に、魔法の概要を語って聞かせた。


「それで、玲奈ちゃんに適性があるのが――」

「光魔法と氷魔法です!」


 玲奈が勢い込んで答えた。


「うん。そうだね。光と、こお……氷?」


 一つの考えが仁の頭を過った。


「玲奈ちゃん。先に氷魔法を使えるようにしよう。氷が解ければ――」

「「水になる!」」


 二人の声が重なった。




「玲奈ちゃん。氷って聞いて、真っ先に何が思い浮かぶ?」

「うーん」


 玲奈は人差し指で下唇を持ち上げながら首を傾げた。玲奈の意識が魔法の修得に向くため、仁は全方位に注意を向ける。


「そうだなー。やっぱり、かき氷かな」

「うん。それじゃあ、かき氷になる前の氷は、どんな状態?」

「製氷機に入れられる前だから、氷の塊?」

「その氷塊はどこで作られたもの?」

「私が好きだったかき氷屋さんの氷は富士山の天然氷を使ってるって言ってたよ」

「うん。じゃあ、玲奈ちゃん。ちょっと止まって、左の手のひらを上に向けてみて」


 足を止めた玲奈が、ルーナやサラを思い出して真似た。


「俺が周りを見張ってるから、玲奈ちゃんは目を閉じて、今のを強くイメージしてみて」

「わかった。やってみるね」


 玲奈がきゅっと目を閉じた。


 かき氷が製氷機の中に舞い戻り、製氷機から取り出された氷塊が、削り取られる前の大きな氷塊と一体になる。その大きな氷塊は保冷庫に入り、生まれ出でた富士山へと戻る。雄大な自然の中で生まれた天然の氷。


 森の木々がざわざわと風に揺れる中、玲奈の瞑想が続く。


「――氷球アイスボール!」


 可愛く涼やかな声と共に、玲奈の左手にソフトボール大の氷の塊が出現した。


「玲奈ちゃん。目を開けてみて」


 ゆっくりと瞼を上げた玲奈が、恐る恐る視線を左手に向けた。


「おめでとう。それが魔法だよ」


 玲奈が目を嬉しげに細め、口を大きく開けて深く息を吸い込んだ。歓喜の声が上がるかと思われたその口は、寸でのところで空いた右手に塞がれた。その拍子に氷の球が手のひらから滑り落ち、地面に落ちて割れてしまった。


「あ……」


 玲奈の視線がそれに追従し、悔しげに沈む。


「集中が途切れちゃったね。集中力が続く限り、魔法を発動したままの状態で保持し続けられるよ。ルーナがやったみたいに消すのにはまた別の技術が必要だけど、魔法発動時に飛び出すようなイメージを付け加えれば、離れた場所にぶつけたりもできるからね」


 残念そうに自分の初めての魔法の残滓を見つめる玲奈を、仁は微笑ましく見つめる。


「最後はちょっと残念だったかもしれないけど、とりあえずは成功したんだから喜んでいいよ。それに、いきなり無詠唱魔法を使えたんだ。これはすごいことだよ。さすがは俺の自慢のご主人様だ」

「あ、ありがとう」


 玲奈が照れたようにはにかんだ。


「次からは目を開けたまま、歩きながらできるように練習しよう。難しいようなら詠唱を付けてもいいよ」

「詠唱っていうと?」

「イメージしたことを言葉にしたものだよ。それを唱えることでイメージを強固にして魔法を発動しやすくするんだ。例えば、さっきの玲奈ちゃんのだと、『霊峰富士より生まれし力ある氷塊よ。我が求めに応じ、その清き姿を晒せ』とかね。元々のイメージと魔法のイメージを関連付けられれば、どんなものでもいいんだけどね」


 玲奈が少しだけ悩んだそぶりを見せる。詠唱している自分の姿を想像しているのかもしれない。魔法に憧れはあっても、詠唱をノリノリで行うのは、中二病患者でもなければ少しハードルが高いように思う。


「うーん。詠唱はした方がいいの?」

「無詠唱で実用的な速さで発動できるなら、詠唱はしないほうがいいかな。いつでも詠唱できる状況とは限らないからね」

「うん。わかった。このまま無詠唱でできるようにがんばる!」


 両手を握りしめた玲奈が力強く宣言する。その瞳は明るく輝き、やる気に満ち溢れていた。


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