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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第八章

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8-2.失言

「ほらっ。ジンさん、早く早くー」


 仁の前を足早に進むリリーが振り返って手招きをする。真紅に染色された真新しい革鎧が明るい日差しの中でも映えていた。左右に垂れたリリーの赤髪がピョコピョコと揺れている。


 武具店を出た後、仁とリリーはダンジョンに向けて歩を進めていた。リリーは仁からのプレゼントとなった装備品をさっそく身に付け、嬉しそうにはしゃいでいた。丈の短いワンピースの上にそのまま鎧を着けているためか、元の世界のテレビで目にしたことのあるコスプレイヤーみたいだという考えが仁の頭を過るが、リリーの赤髪はウィッグや染髪では出せない自然さを持っていて、よりアニメの世界から飛び出してきたような印象を受けた。




 メルニールの商人ギルドに所属する商人は事前に申請することでダンジョンに入場できるという取り決めが冒険者ギルドと探索者ギルドとの間でなされていた。基本的にこの制度が使われることはそれほど多くはないが、魔物の特殊な部位を求める商人や、稀にダンジョン内に出現する希少な鉱物を求める商人など、様々な理由から実際にダンジョン内に足を運ぶことは珍しいことではなかった。ダンジョンの外でも冒険者を護衛に雇うが、行動派の商人にしてみればそれと大差のないことのようだった。もちろんダンジョンの奥に行けば行くほど危険度は増すため、十分な人手と準備を必要とする。


 今回、リリーはその制度を使ってダンジョンに入るということで、既に申請済みだと語っていた。しかし、仁が話を聞いてみると、リリーは特に商人として求めているものがあるわけではなく、仁や玲奈たちのいる冒険者としての世界を少しでもいいから体験してみたいというものだった。


 仁は進んでリリーを危険に晒すことを良しとせず、止めるように説得を試みたが、どうしてもというリリーに押し切られてしまった。ダンジョンの上層の魔物が束になって現れたところで今の仁には物の数ではないが、リリーがどういうつもりでこのようなことを言い出したのかわからず、仁は首を捻るしかなかった。




「リリー、十分気を付けてね。絶対に俺の後ろを離れないで」

「は、はいっ!」


 ダンジョンに入ると、仁は不死殺しの魔剣(イモータルブレイカー)を鞘から抜き放ち、リリーを先導してゆっくりと進む。散発的に人狩猟犬キラーハウンドが襲ってくるが、仁は一刀の元に切り伏せ、複数現れた場合は近づかれる前に魔法で片を付けた。リリーは初めてのダンジョンに及び腰で挑んでいたが、徐々に背筋が伸びていった。


「ジンさんっ。ミルちゃんがやってるように、わたしにも魔物の解体をさせてくださいっ」


 真っ二つになった人狩猟犬キラーハウンドの体内から魔石だけを取り出そうとしていた仁は手を止めて振り返る。


「リリーはサポーターとして来ているわけじゃないし、無理しなくてもいいよ?」

「いいえ。ぜひやらせてくださいっ!」


 仁はどうしたものかと悩むが、リリーの真の意図が掴めない以上、今日はリリーがしたいようにしてもらおうと決めて場を譲る。


「この辺の素材には大した需要はないから、魔石だけ回収してくれるかな?」

「は、はいっ!」


 リリーは嬉しさと不安のない交ぜになったような複雑な表情で腰の革の鞘に手をかける。仁がリリーの護身用に見繕った武器は、刃渡り15センチ程の鉄製の短剣だった。リリーはゆっくりと短剣を引き抜くと、赤い柄を両手で握りしめて足元に横たわる人狩猟犬キラーハウンドの死骸に目を向けた。


「うっ」


 仁が周囲を警戒しながらハラハラと見守っていると、リリーはビクッと身を仰け反らせる。リリーはこれまで魔物の死骸を目にしたことはあっても、内臓が散らばっているような状態でまじまじと見つめるような経験はなかった。何度も何度も、視線を向けては逸らし、向けては逸らしを繰り返す。しばらくして、リリーは意を決したように一歩近づいた。その次の瞬間、人狩猟犬キラーハウンドの死骸はダンジョンの床に溶けるように消えてしまった。リリーはその場にへなへなと座り込む。


「ジンさん……。ごめんなさい……」


 泣き出しそうな表情で弱々しく謝罪の言葉を口にするリリーの頭を、仁はポンポンと軽く叩いた。


「誰だって最初から上手くはいかないよ。俺だって初めてのときは似たようなものだったし。あ、でも、吐いたりしなかっただけ、リリーの方がすごいよ」


 仁はかつて召喚された際にラストルから受けた指導を思い出し、顔を綻ばせる。リリーはそんな仁に疑いの視線を送った。


「嘘じゃないよ」


 仁は苦笑いを浮かべながら、両肩をすくめる。


「リリーは俺を英雄か何かだと思っているかもしれないけど、俺はそんな大層な人間じゃないよ。むしろ、精神的には弱いくらいだよ」

「そんなことないですっ」

「そんなことあるよ。何せ、元の世界には魔物なんていないし、動物の死骸だってまともに見たことなかったからね。魔物と戦うだけでも戦々恐々としていたのに、なんとか倒せたと思ったら、今度は解体しろって言われて、どうしようかと思ったよ」


 リリーを慰めるつもりで軽い感じで話していたが、仁はリリーの表情が更に沈んだのを見て、自らの失言に気が付いた。リリーに自分たちの事情を話したということは玲奈から聞いていたが、再会してから今まで、そのことについてリリーと直接話したことはなかった。


「その、リリー……」


 仁は何と言葉を続ければいいのかわからず、言葉を切る。リリーは仁が異世界の人間であり、元の世界に戻ろうとしていることも知っている。それでも今までと変わらない好意を寄せてくれているであろうリリーの心中をおもんばかると、仁は胸が締め付けられる思いだった。


「ジンさん。今日はわたしの我がままに付き合ってくれて、ありがとうございました。それと、お役に立てなくてごめんなさい。もう大丈夫ですので、戻りましょう」


 リリーはサッと立ち上がると、儚げな笑みを湛えて頭を下げた。仁は何か声をかけなければと焦るが、気の利いたセリフなど何も浮かんでこなかった。


「うん。わかった」


 仁はそれだけ返すと、リリーの視線を背に感じながら、ダンジョンの出口に向かって来た道を戻り始めたのだった。


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