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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第二章

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2-2.土下座

「仁くん、おはよう。見張りありがとう……」

「おはよう。玲奈ちゃん、どうかしたの?」


 日が昇り始めた頃、革袋を持ってテントから出てきた玲奈が、涙目だった。


「メイクと整髪料、落とさないまま寝ちゃって……」


 整髪料すらまともに使ったことがない仁にも、それが肌と髪にダメージを与える行為だと認識できた。


「あれ? そもそもなんでメイクしたままだったの?」


 仁の頭に疑問符が浮かんだ。夜寝ているところを襲われて逃げてきたわけで、本来なら既にメイクも整髪料も落とされた後のはずだった。


「その、ドレスから部屋着に着替えた後、ベッドの上でいろいろ考え事してたら、そのままうとうとしちゃって」


 玲奈は少し恥ずかしそうに話した後、蘇ってきた恐怖を追い出すように、首を小さく振る。


「あ、ごめんね。今度は私が見張りをするから、仁くんは早く寝てね」


 嫌なことを思い出させてしまったことに罪悪感を覚えながら、整理済みの荷物を手早くアイテムリングの方へ収納する。


「玲奈ちゃんもすぐ使わないような荷物は分けておいてね。後でこっちに移すから」

「うん。わかった」

「それじゃあちょっとだけ寝てくるよ。後はよろしくね」


 小さく手を振る玲奈に見送られながら、テントの革の切れ込みを捲って中に入る。とてもかぐわしい香りが鼻孔をくすぐった。革袋を床に下ろし、綺麗に畳まれた毛布に包まる。


(玲奈ちゃんの使った毛布……玲奈ちゃんの匂い……)


 硬い地面の上であるにもかかわらず、仁は今まで味わったことがないような多幸感に包まれながら眠りに落ちた。




 目を覚ますと、仁は名残惜しそうに毛布から抜け出す。毛布をアイテムリングに収納し、テントから顔を出した。


(あれ……?)


 辺りを見回すが玲奈の姿が見当たらなかった。絨毯の上には玲奈の革袋と、そこから出された荷の一部が一か所に集められていた。テントから躍り出た仁はアイテムリングから砕かれたものとは別のミスリルソードを取り出す。


「玲奈ちゃん?」


 呼びかける声に返事はない。剣を右手に構えた。辺りの気配を探りながら、玲奈の姿を探す。太陽の傾きから、仁が寝てからまだそれほど時間が経っていないのがわかる。この世界の1日の時間と1年の周期は地球のものと大差ないはずだ。


(自分で森の中に入るとは思えないけど)


 仁は森側でなく、滝壺側へ足を向けた。不安が鎌首をもたげるが、魔物や野党が襲ってきたようなことはなかったはずだと自らを納得させる。いくら幸せの中にいたとはいえ、それらの騒ぎで目を覚まさない程、仁のかつての異世界の経験は甘くはなかった。


(誰かいる……。玲奈ちゃん?)


 隠し通路の出口がある洞穴近くの岩陰に人の気配を感じた。足音を立てないように気を付けながら近づく。仁の身長を優に超える大きな岩を背に立ち、岩を挟んで背後にいるであろう人物に声を掛ける。


「玲奈ちゃん?」


 近くを流れ落ちる滝の音に阻まれて仁の声が届かなかったのか、反応はなかった。意を決して、ゆっくりと外周に沿うように岩を回り込む。視界の端に人影が映った。岩の縁からそっと顔を出して覗き込むと、玲奈が地面にしゃがみ込んでいた。玲奈の足は肩幅に広げられ、濃緑色のズボンが膝の辺りまで下ろされていた。仁は想定外の事態に動きを止めて固まる。視線は玲奈の下に向いていた。地面が湿っている気がした。気配に気づいたのか、ほんの1メートルほど先の玲奈が顔を上げた。視線が交わる。僅かに時間が静止した。


「き、きゃあああ!!」


 滝の音にも負けない絶叫が辺りに響いた。昨夜の反省はどうしたのかと問う気にはとてもなれなかった。




「ごめんなさい」


 絨毯の上に膝を付けた仁が、頭を地にこすり付けていた。昨夜と真逆の光景だった。対面に座った玲奈が顔を赤くしていた。


「仁くん、もういいよ。心配して探してくれたんでしょ?」

「それはそうなんですが……」

「逆の立場だったら私も同じ行動取ると思うし。地面の土とかにでも、わかるようなメッセージを残しておかなかった私にも非はあるからね」


 仁は玲奈の懐の深さに惚れ直しつつ、顔を上げた。頬を赤らめた玲奈がそっと視線を外した。


「でも、気付いたらすぐに見るのやめてほしかったな……」


 小さく呟いた言葉は仁の心に刃のように突き刺さった。


「大変申し訳ありませんでしたぁあああ!」


 仁は再び額を絨毯にこすり付けた。それからしばらくの間、玲奈と視線が交わることはなかった。




「それで、その、この世界で野宿したりするときのトイレってどうしてるものなの?」


 どうにか折り合いを付けたのか、玲奈が仁の方を向いて訊ねた。


「うん。街なんかだと城にあったような日本とほとんど変わらないトイレと下水道が魔道具で整備されてるね。野宿の場合だと、携帯用のオマルのような魔道具に溜めておいて後で処理するか、土を掘って埋めるか。後は玲奈ちゃんがしてたように――」


 玲奈の目がキッと細められた。仁がごまかすように喉を鳴らした。


「えっと、後は岩陰とか木陰とかにそのまま、かな」

「そうなんだね。恥ずかしいけど、慣れないと、だね」


 真剣な表情で視線を少し下に向けていた玲奈が、大きく頷いた。


「仁くん。私決めたよ」

「決めた?」

「うん。元の世界で当たり前にできたことが、この世界では大変なことだったりすることがよくわかった。魔道具みたいな便利な道具もあるけど、全部が全部、同じような暮らしができるわけじゃない」


 玲奈の言葉に、頷きを返す。


「ルーナが帰る方法を探してくれるけど、それがいつ見つかるかもわからない。それに、ここは滝壺で水には困らないかもしれないけど、いつもこうとは限らない。だから――」


 玲奈が仁の目を見つめる。強い意志の宿った瞳だった。


「私、前髪を気にするのをやめます! 化粧もしません!」

「玲奈ちゃん……」


 玲奈の決意に、仁は目を大きく見開く。そんな仁の様子に、玲奈が苦笑いを浮かべた。


「私のファンだって言ってくれてる仁くんを失望させちゃうかもしれないけど、許してね」

「失望なんて! 玲奈ちゃんのすっぴんも可愛いし、サラサラした前髪だって大好きだよ!」


 事実、仁は以前玲奈がブログに上げたすっぴん姿も、少し幼く見えはするものの、とても魅力的だと思っていた。


「仁くん。ありがとう。これからもよろしくね」


 玲奈が笑顔の花を咲かせた。


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