7-24.選択
「それは、子竜を連れた上で、魔物避けの結界がなくなった魔の森を踏破しろということですか?」
仁が低い声で問うと、コーデリアの表情が苦渋に歪む。
「端的に言えば、そうなります。今の帝国にはそのために大勢の人員をつぎ込む余裕はなく、また、少数でそれが可能な人材も存在しません。そのために、火竜を見事倒してみせたあなた方の力を頼る他ないのです。それに、万が一、他のドラゴンが戻って来てしまった際にも、あなた方なら対話という手段を用いることができます。他のドラゴンによる更なる報復を防ぐためにも、どうか力をお貸し下さい」
コーデリアが深く頭を下げた。仁は玲奈たちの視線を感じながら、沈思黙考する。
依頼の危険性から考えれば、おいそれと受けることはできない。強力な魔物で溢れかえった魔の森の奥地を、ダンジョンのような安全地帯のない中でキャンプを張りながら何日もかけて進むというのは容易なことではない。
それに、今は棲家にいないというドラゴンの動向次第では今回以上に危ない橋を渡ることになるかもしれない。今の仁にはそうなった際に玲奈たちを守り切る自信がなかった。付け焼刃で放った闇魔法の消滅も再び使える保証はなく、仮に使えたとしても生命に危険が及ぶほど魔力を消耗してしまうようではドラゴンが複数いた場合、どうしようもない。そして棲家から飛び去ったドラゴンは複数体確認されている。
危険すぎる。それが仁の出した結論だった。しかし、このまま知らぬ存ぜぬを貫くこともできなかった。なぜなら、やむを得なかったとはいえ、仁や玲奈たちはドラゴンを殺してしまっているのだ。過去の事例に照らし合わせて考えると、このことが他のドラゴンに知られれば、仁たち自身が報復の対象にされてしまう可能性も否定できなかった。
仁は心の中でザスティンに悪態を吐きながら、大きく溜息を吐いた。
「コーディー、顔を上げてください。帝国からの依頼内容はよくわかりましたので、皇帝の名代としてではない、コーディー個人と話をさせてください」
コーデリアはゆっくりと顔を上げると、仁や玲奈たちに順に目を向け、今度は先ほどより浅く頭を下げた。
「あなたたちには本当に申し訳ないと思っているわ。今回の件にあなたたちを巻き込んでしまった上に、その後始末までさせようと言うのだから」
「コーディー。それだけではないですよね?」
「やはりジンはわかってしまうわよね」
コーデリアは小さく息を吐き、首を傾げている玲奈に視線を送る。
「帝国は厄介払いがしたいのよ。命がけで帝国を救ったジンやレナさんたちは、その結果としてドラゴンを殺したわ。そのレナさんたちが子竜を連れていたとすればどうなるかしら?」
玲奈はハッとして口に手のひらを当てた。仁は苦々しさを顔に表しながら言葉を絞り出す。
「万が一、他のドラゴンが戻って来ても、その矛先は俺たちに向く可能性が高い。帝国は子竜を押しつけた上で、俺たちに早く出て行ってほしいんだよ」
「でも、それって、私たちは依頼を受けるしかないんじゃ……」
玲奈の不安げな視線が仁の横顔に突き刺さる。仁は玲奈に顔を向けた。
「うん。仮に依頼を断ってメルニールに戻ったところで、俺たちが狙われる可能性は変わらないし、最悪の場合、メルニールで同じことが起きてしまう。もちろんその場合、帝国も子竜をどうにかしない限り再び襲われる危険性は残るけど、俺たちがそれを望まないことを帝国は知っている。このまま帝都に居座るのが一番の嫌がらせだけど、何の解決にもならないばかりか、必死にドラゴンと戦った意味がなくなってしまう」
仁が一番守りたかったのは玲奈たちであることに疑いはないが、コーデリアやセシルを守りたいと思った気持ちにも嘘はなかった。それに、帝国への嫌がらせのために帝都に住む人々や復興のために帝都に滞在している無関係の人々を巻き込んでしまうのは本意ではなかった。
「だから、端から俺に選択肢はないよ。俺たちが今後平和に暮らすためには、どんなに危険だろうと、やるしかない。だったら、依頼を受けて、帝国から報酬をたんまりふんだくってやりたいと思う。本音を言えば、玲奈ちゃんたちには安全なところで待っていて欲しいけど――」
仁は玲奈の強い視線を感じて肩を竦める。これまで黙って話を聞いていたミルが、玲奈の逆側から仁の袖をつかんだ。ロゼッタは端正な顔に悲壮さを滲ませて仁を見つめていた。
「みんなの気持ちは分かっているつもりだよ。それに、せっかく再会できたのに、すぐ離れ離れなんて、俺も嫌だよ」
仁は微笑を浮かべると、ベッドから立ち上がり、振り返って3人を順に見回す。玲奈とミル、ロゼッタの瞳から、仁は様々な思いを受け取った。その全てを正確に理解できているとは言い切れないが、それでも仁は全てを飲み込んで3人に笑いかけた。
「だから、一緒に来てほしい。ダメかな?」
僅かに首を傾ける仁に、玲奈は笑顔の花を咲かせた。ミルは立ち上がると、仁の腰の辺りに抱き付いた。仁はミルの頭を撫でながら、ロゼッタに目を向ける。
「自分は何の役にも立てないかもしれませんが、ジン殿やレナ様、ミル様と一緒にいたいです」
仁はロゼッタの自身を卑下するような物言いが若干気になりつつも、頷きを返した。
「というわけで、依頼を受けることになりました」
仁は再びベッドに腰を下ろし、膝の上に飛び乗ってきたミルを抱えながらコーデリアに告げた。コーデリアは眩しいものでも見るように目を細めていたが、仁の視線を受けて軽く咳払いをした。
「ジン、レナさん、ミル、ロゼ。ありがとう。依頼を受けてくれて心から感謝するわ。このようなことを押し付けてしまって本当に申し訳なく思うけれど、客観的に見れば、あなたたちに頼むのが最善ではあるのよ」
「確かに俺が帝国側の人間だったら、同じことを考えるでしょうね。ドラゴンと会話が成立しなければ、滅ぼすか滅ばされるかのどちらかにしかならない可能性が高いですし。いや、この場合はまず間違いなく滅ぼされる方か」
仁はそう言いながら、言葉は理解できても会話が成立していなかった火竜を思い浮かべた。仁は他のドラゴンが火竜より聞く耳を持っていることを切に願った。
「それで、報酬ですけど」
「それに関しては私に一任されたわ。帝都の今の状況から、もちろん限度はあるけれど、可能な限り希望に沿うわよ」
コーデリアが真摯な瞳を向ける中、仁は待っていましたとばかりに声を上げた。
「では、召喚魔法陣とそれにまつわる資料と機材、それから、これまでの研究のデータをください! あ、もちろん、これは俺の希望なので、みんなの希望も聞いてくださいね」
遠慮の欠片もなく清々しい笑みを浮かべる仁に、コーデリアはただただ絶句するしかなかった。




