7-23.依頼
その後、皆で昼食をとって解散するまで、仁は様々な話を聞いた。仁はマルコやガロンたちに挨拶をしに行こうと考えたが、もうしばらく安静にしているようにリリーに諭され、そのまま城に滞在することになった。仁はここ数日間寝かされていた客室に戻り、玲奈に促されて再びベッドに横になった。その客室はルーナリアに召喚された際に与えられた部屋と同じだった。
「玲奈ちゃん。その、ごめんね。それと、ありがとう」
仁は何度目かになる謝罪と感謝を口にする。玲奈は何か言いたげに小さな口を開くが、言葉を発することなく頷くに止めた。仁の世話をしていたときのことを思い出したのか、頬を紅潮させたまま視線を下に向ける玲奈に、仁は微笑を浮かべた。仁にしても当然恥ずかしさはあり、玲奈にも申し訳なく思っているが、それよりも自分のためにそこまで玲奈がしてくれたことが嬉しかった。玲奈が再度小さく頷き、顔を上げた。
「仁くん。その話はもうおしまいね!」
玲奈は右手の人差し指を立てて頬の横に持ち上げると、茹で上がった顔で宣言したのだった。
現在、帝都では生き残った住民が総出で生存者の捜索と、当面の生活環境を構築するために瓦礫の撤去などを行っていた。逃げ遅れた人の生存は絶望的だったが、幸運にも被害を免れた地区もあり、生き延びた人々がなんとか生活するための物資は確保できた。城からも備蓄してあった食料やテントなど仮暮らしのための備品が提供され、近隣の村々からも僅かながら支援物資が送られてきていた。特に以前、遊撃騎士隊が派遣された村々の住人はジークの名誉の戦死を嘆き、帝都復興への尽力を申し出ていた。
また、早々に支援を申し出たマークソン商会だが、マルコの判断で帝都から避難した直後にメルニールに早馬を飛ばしていたため、既に支援物資を積んだ商隊が帝都に向かっていた。マークソン商会の働き掛けもあって、メルニールの商人ギルドも動き始めており、大規模な支援が予想された。
帝都の兵たちは見回りを強化しており、小さないざこざはあるものの、暴動に発展するような混乱は見られなかった。帝都の戦力は少なからず低下しており、魔の森から溢れる魔物への対処に苦慮していたが、それもメルニールから派遣される冒険者たちが対処に当たる予定だった。
「みんないろいろと働いてるのに、俺だけ寝てるのは何だか申し訳ないな……」
仁はベッドで仰向けになったまま呟く。ミルは昼食後、リリーを送った足でマルコが中心となって開設した治療所に赴き、怪我人の手当ての手伝いを行うと話していた。治療が必要な人々は未だに多く存在し、ミルの回復魔法は引っ張りだこだった。仁は頼もしく思うと共に、MP不足で回復魔法を満足に使えなかった頃のミルを思い出し、感慨深いものを感じた。
その一方で、仁はミルの護衛として付き従っているロゼッタが、『自分がいなくてもミル様は何の問題もないと思いますが』と自嘲気味に話していたのが気になった。ロゼッタは普段から度々自らの力のなさを嘆いていたが、仁としては十分に成長していると考えていた。確かに回復魔法と魔剣という強力な武器も持っているミルに比べると活躍の機会に差は出来てしまうが、仁は決して卑下されるものだとは思っていなかった。
「仁くんはみんなをドラゴンから救ったんだから、堂々と休んでいていいんだよ。それに、それを言い出したら、私の方がよっぽど申し訳ないよ」
「いやいや。ドラゴンを倒せたのは玲奈ちゃんやみんなのおかげだし、玲奈ちゃんはずっと俺の世話をしてくれていたんだからさ。本当に感謝してるよ」
仁が枕の上の頭を動かして玲奈に顔を向けると、玲奈は頬をぷくっと膨らませていた。わかりやすく拗ねて見せる玲奈に、仁は苦笑いを浮かべる。
「あ、ごめん。そういうつもりではなかったんだけど」
「うん。それはわかってるけど、もうその話はしちゃダメだよ」
仁は今後この話には触れないように気を付けようと心に決め、話題の転換を図る。
「そういえば、みんなの装備もダメになっちゃったんだっけ」
「あ、うん。そうなの。ごめんね、せっかく仁くんが用意してくれたのに壊しちゃって……」
玲奈が申し訳なさそうに僅かに目を伏せるが、仁は首を大きく横に振った。
「玲奈ちゃんやみんなを守れたんだから、あの装備も本望だったと思うよ」
玲奈の話によると、玲奈の装備は鎧と盾、剣ともに大破。ロゼの鎧は半壊、槍は穂先が潰れてしまっている状態。ミルの魔剣は問題ないが、革鎧の背の部分が損傷を受けているようだった。仁はみんなの装備をどうするか頭を悩ませながら、玲奈に促されて瞼を閉じ、いつしか意識を夢の中へ旅立たせたのだった。
仁は目を覚ました後、城に戻ってきたミルとロゼッタと合流し、玲奈も含めて一緒に夕食をとった。その後、4人が仁の部屋でくつろいでいると、コーデリアが神妙な面持ちで訪ねてきた。仁たちは何か良くないことでも起こったのかと身構えながら、コーデリアを迎え入れる。
「皆さんお揃いでちょうどよかったわ」
仁がベッドの端に腰を下ろし、その左右に玲奈とミルが陣取る。ロゼッタは仁の勧めを断り、玲奈の傍らに立った。ベッドの対面に置かれた椅子に座ったコーデリアが重い口を開いた。
「まずは、ジン。これを返しておくわ」
仁は一旦腰を浮かすと、コーデリアが差し出した銀色のプレートを受け取る。名刺サイズのそれは、メルニールの冒険者ギルドで発行された仁のギルド証だった。仁は受け取ったギルド証をまじまじと見つめる。
「そういえば、すっかり忘れていました」
仁は懐かしそうにギルド証の滑らかな表面を撫でると、チェーンに首を通した。その際、長らく仁の首を彩っていた赤い隷属の首輪がドラゴンとの戦いで消失している事実に思い至り、仁は感傷的な気分になるが、小さく首を振って気を取り直す。
「それで、コーディー。このためだけにわざわざ訪ねてきたわけではないですよね?」
仁の言葉に、玲奈やミル、ロゼッタの視線がコーデリアに集まる。
「ええ」
コーデリアは硬い声で答え、一度大きな深呼吸をしてから立ち上がって仁たちを見回した。
「このようなプライベートな場で失礼いたします。この度は陛下の名代として、メルニールの冒険者ギルド所属の“戦乙女の翼”の皆さんに依頼があって参りました」
コーデリアの畏まった口調に、仁たちは背筋を伸ばす。仁の心中に嫌な予感が沸々と湧き上がってきた。仁たちは固唾を呑んで言葉の続きを待った。コーデリアの表情が苦渋に歪む。
「“戦乙女の翼”の皆さんには、子竜を竜の棲家に返していただきたいのです」
コーデリアの重々しい言葉が客室に染み渡る。目を見開いて驚きを露わにする玲奈たちの間で、仁は一人、眉間に深い皺を寄せた。




