7-21.経緯
その後、仁は自身が眠っていた間に起こったことや判明したことなど、いろいろな話を聞くこととなった。
まず、今回のドラゴン襲撃の原因となったザスティンは皇位継承権を剥奪の上、謹慎処分となった。それに伴い、発言力を失くしたザスティンの企みは立ち消え、コーデリアの謀反の容疑が取り沙汰されることはなかった。コーデリアにしても、下手に騒ぎ立てて藪蛇となる可能性を鑑み、自身が監禁されたことに関してザスティンを追及することはしなかった。
合成獣の研究を任されていたザスティンは、より強力な合成獣を作り出すことに躍起になっていた。弱い魔物同士を掛け合わせたところで、せいぜい長所の増えた弱い魔物にしかならないことを悲嘆したザスティンは、素体としてより強い魔物を求め、魔の森の奥へ奥へと探索範囲を広げていったのだった。
ザスティンにとって幸運だったのは、城から続く隠し通路の先の安全地帯が魔の森を東西に分断するように細く伸びていたことだった。魔物の侵入を拒む結界を張るアーティファクトが作り出した安全地帯は、多くの魔物たちが跋扈して人の侵入を拒んでいる魔の森の奥深くへ続いていた。その事実に気付いたザスティンは兵たちに安全地帯の境界の調査と魔の森の深淵に巣食う魔物の捕獲を命じた。捕獲のためのアーティファクトや魔道具はザスティンが研究を引き継いだときから安全地帯の研究所に用意されていた。
より強力な合成獣を作り出すことに成功したザスティンは次期皇帝の座が近付いたとほくそ笑んだ。強力な魔物に言うことを聞かせることに苦労はしていたが、それでも、ガウェインの元に潜り込ませた間者からもたらされた魔人薬の研究の進み具合よりは遥かに優位だと断言できた。
ザスティンはルーナリアが勇者召喚に成功したと聞いたときは失意に陥ったが、隷属化に失敗した上にガウェインの干渉を受けて勇者の逃亡を許すという失態を演じたルーナリアを嘲笑い、やはり自分こそが皇帝に相応しいと確信したのだった。
しかし、事件は起こった。調教を試みていた合成獣の1体が兵士たちを殺し、逃げ出したのだった。追跡しようにも合成獣は既に魔の森に紛れてしまい、すぐに見つけられそうにはなかった。その上、魔の森という場所柄、余程の戦力を出さなければ捜索すらままならず、また、深淵の魔物を3体掛け合わせた強力な合成獣を捕らえることなど不可能に思えた。それでも、ザスティンはこのまま放置するわけにはいかなかった。
万が一、合成獣が人里を襲いでもしたらと、ザスティンは気が気ではなかった。村人が死のうが村が壊滅しようが、そんなことはザスティンにはどうでもよかったが、それが上層部に知られてしまえば、ルーナリアの二の舞になりかねなかった。それだけは避けなければならなかった。そこで、ザスティンは帝国随一の力を持つ、帝国一の魔剣使いに白羽の矢を立てた。ザスティンは失脚したルーナリアの復権への口添えを餌に、ルーナリアのために奔走していたヴォルグの協力を取り付けたのだった。
しばらくして、ヴォルグに付けた選りすぐりの精兵たちが戻ってきたが、ヴォルグは帰って来なかった。ザスティンはヴォルグがあっさりと捕らえられたことに驚いたが、部下からもたらされた情報はそれ以上にザスティンを驚愕させた。痕跡を追跡して合成獣の捕獲、もしくは討伐の任を受けていたヴォルグたちが入手したのは、合成獣と思われる未知の魔物を倒した若い冒険者の噂だったのだ。
強さには自信のあった合成獣がたった1人の冒険者によって倒されたという事実は、ザスティンの焦燥を煽り立てた。そんな時、魔の森の最奥で安全地帯の境界の果てを調べていた部下から気になる報告があった。それは、魔の森の最奥には魔物がいないという不可思議なものだった。ザスティンは細い通路状の安全地帯の先に研究所のある場所のように広い安全地帯があったのかと考えたが、続いた報告によって否定された。
魔の森の最奥から見える小高い山々の中で一際標高の高い山の頂から、複数のドラゴンが一斉に飛び立ったというのだ。
ザスティンはその山が伝え聞くドラゴンの棲家であり、魔の森の最奥はその縄張りなのだと考えを改め、安全地帯ぎりぎりに部下を待機させてドラゴンの動向を見張らせるが、何日経ってもドラゴンは戻ってこなかった。そのため、ザスティンは自らの仮説の正否を知るため、部下に調査を命じたのだった。
調査は何日にも渡って慎重に行われ、調査隊は遂には一番高い山の内部が空洞になっていることを発見し、その底付近に1匹のドラゴンと1つの卵の存在を確認した。報告を受けたザスティンは即座に決断を下した。
ザスティンは帝都とは逆方向に飛び立ったドラゴンたちが帰ってくる前にドラゴンの卵を手に入れるため、ドラゴンの縄張りに何匹もの合成獣を放つよう命じた。使役することの叶わなかった強力な合成獣は無秩序に暴れまわり、ドラゴンの棲家を荒らした。すると、ザスティンの目論み通り、卵を守るように近くで眠っていた赤い鱗を持つドラゴンが動き出し、合成獣の排除に向かった。その隙に、ザスティンの部下が無防備になった巣に忍び込み、ドラゴンの卵を盗み出したのだった。
その後、ザスティンは痕跡を消させ、魔の森の最奥には近づかないように指示を出したが、やがてドラゴンは縄張りの外に活動範囲を広げ、研究所を急襲。ドラゴンにも魔物避けの結界が有効だと過信していたザスティンは大慌てで対策を考えるが、隠し通路から送り込んだ兵は蹂躙され、研究所を破壊しつくしたドラゴンはその日のうちに帝都の空へと飛来したのだった。
「もしかして、最近、魔の森近くの村々で魔物被害が増えていたり、街道沿いの浅いエリアには生息していないはずの金狼王が出没したりしていたのは……」
「ええ。おそらくドラゴンが縄張りの外に出たことで、ドラゴンを恐れた魔物たちが森の浅い方へ移動したのでしょうね」
仁は眉根を寄せて考え込む。1つの疑問は解消されたが、問題が山積みだった。
「コーディー。俺たちが倒したドラゴンですけど、実は――」
「炎竜ではなくて火竜だったという話かしら?」
仁は伝えようとしたことを言い当てられて目を丸くする。
「見つかった子竜は二足歩行なのに、街に現れたドラゴンは四足歩行だと聞いて、帝都の書庫でドラゴン関連の書物を漁らせたのよ。大した情報はなかったのだけれど、司書が上位のドラゴンには二足歩行のものが多いらしいという記述を発見したわ。それに、念のために物質鑑定の魔道具を持つ商人にドラゴンから得られた素材を鑑定させたところ、火竜の素材だと断定したわ」
「そうですか。俺の魔眼の鑑定結果もそうでしたが、あのドラゴンが自ら火竜だと認めていたので、間違いはないはずです」
仁が顎に手を当てながら告げると、コーデリアは目を細めた。
「レナからドラゴンが言葉を話していたとは聞いていたけれど、ジンもドラゴンの言葉を聞いたのね?」
「ええ。聞いたというより、おそらく俺と玲奈ちゃんの持つ他言語理解の技能が竜語を翻訳したんだと思います。ドラゴンは人語を理解していましたけど」
考え事に意識が集中し、心ここに非ずといった感じで答える仁に、コーデリアの瞳が鋭く光る。
「ジン。あなたが考えていることはわかるわ。ドラゴンの棲家から飛び去ったまま戻らないドラゴンの中に、きっと子竜の親がいるはずよ」
「ええ。そして親であるならば、いつまでも卵を、子供を放ってはおかないでしょう」
仁とコーデリアは深刻そうな声音で言葉の応酬を続け、一つの結論へと進む。二人のやり取りを、玲奈もミルもロゼッタも、そしてリリーも、固唾を呑んで見守る。
「今回の件は――」
ゴクリとその場の誰かが生唾を飲み込む。しんとした応接室にやけに大きく響く。
「「まだ終わっていない」」
二人の声が重なった。




