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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第七章

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7-20.誓い

「こ、これでいいかしら?」


 顔を沸騰させたコーデリアが仁から体を離して尋ねると、ミルは屈託のない笑顔で頷いた。


「そ、そう」


 コーデリアはわざとらしく咳払いをすると、周囲を見回す。


「で、では、話は後にして、先に朝食を済ませましょう」

「あ! ご主人様、申し訳ありません。すぐに準備するよう厨房に伝えて参ります」


 一礼して駆け出そうとするセシルの腕を、コーデリアが掴む。


「待ちなさい。あなたたちに知らせた後、リリーさんに使いを出した際に一緒に指示しておいたわ」


 コーデリアが俯いて謝罪を繰り返すセシルの肩に手を置く。


「いいわよ、このくらい。それと、リリーさんの分も用意するよう言ってあるので、一緒に食べて行ってくださいね」

「いいんですか? ありがとうございますっ!」

「状況が状況なので、あまり豪華な食事は出せませんが」

「いえいえ、とんでもない。わたしだけ仲間外れになるんじゃないかって、冷や冷やしてましたっ」


 明るく笑うリリーに釣られ、コーデリアの目尻が下がる。


「仁くん、立てそう?」

「うん。大丈夫」


 仁がベッドから足を下ろし、ベッドの端に片手を突いた。もう一方の手で、差し出された玲奈の手を握る。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 仁は立ち上がり、手を握ったまま、目線を少しだけ上に向けた玲奈を見つめる。ニコッと笑みを浮かべる玲奈を眺めながら、仁は先ほど玲奈と抱き合っていたときのことを思い出す。こんなにも可愛くて優しい憧れの存在と抱き合っていたという事実が、今更ながら仁の心臓を煽った。仁の体温の上昇が繋いだ手から伝わったのか、玲奈の頬が仄かに色付く。


 そこだけ時が止まったかのように見つめ合う二人に再起動を促したのは、仁の逆の手を取り、早く行こうと引っ張る、お腹を空かせたミルだった。




 食事を終え、仁たちはコーデリアの管理する城の一角にある応接室に集まった。テーブルを囲んだソファーにそれぞれが腰を下ろす。コーデリアが1人で座り、正面の3人掛けのソファーの真ん中には仁が、その両隣には玲奈とミルが陣取っていた。リリーはミルと席取り合戦を繰り広げていたが、最後はドラゴン討伐の功労者の1人であるミルに譲る形となり、ロゼッタと一緒にテーブル横のソファーに腰を落ち着けた。セシルはコーデリアの背後に控えようとしたが、コーデリアに促され、ロゼッタたちの対面のソファーに恐縮した面持ちで腰を下ろした。


「えっと。いろいろ聞きたいことはあるんだけど、まず最初にいいかな?」


 仁が皆を見回す。特に反論は見受けられず、仁はすぐ隣の玲奈に顔を向けた。


「玲奈ちゃん。ドラゴンの攻撃から守ってくれてありがとう。俺が魔法の完成に手間取ったせいで玲奈ちゃんに大変な思いをさせてしまって、本当にごめん。見たところ、とくに問題はなさそうだけど、体は大丈夫なの?」


 仁は目の前で崩れ落ちた玲奈の姿を思い出し、やり場のない感情を持て余す。


「うん。私にできることはあれくらいしかなかったから。それに、体は何ともないから安心して」


 仁は普段通りの玲奈の笑顔に安心すると共に、仁の心に僅かな疑念が湧き上がる。玲奈を襲ったのはあの火竜ファイヤードラゴンの渾身の一撃だったはずだ。その直撃を受けて無事でいられるとは思えなかった。仁は玲奈が自分に心配をかけないように演技をしているのではないかと疑い、コーデリアに目を向けた。


「あなたの気持ちはわかるわ。わたくしもミルから話を聞いたときは同じ思いだったわ。だけど、レナさんの言っていることは本当よ。魔力は限界まで消耗していたけれど、驚いたことに、外傷はまったくと言っていいほどなかったのよ」


 予想外のコーデリアの言葉に、仁は眉間に皺を寄せた。身を持って火竜ファイヤードラゴンの炎を知っているからこそ、とてもではないが、簡単に信じられる話ではなかった。


「あ。でも、仁くん、ごめんね」


 仁が横に顔を向けると、玲奈がまなじりを下げて申し訳なさそうにしていた。仁が不思議に思っていると、玲奈は右手の小指を立てて、仁の顔の前に持ってきた。


「仁くんから貰った指輪、なくしちゃった……」


 下から覗き込むような玲奈の視線を受け、仁の時間が停止した。それは玲奈の可愛さのためではなかった。もちろん、仁にとって玲奈のその姿はとてつもない破壊力を持っていたが、今の仁にはそれどころではなかった。


不死者の指輪(イモータルリング)……」


 仁がかすれた声で呟く。仁の脳内でいくつかのピースが組み合わさり、一つの答えを導き出した。それはとてもではないが歓迎できるものではなかった。仁は腰を回して玲奈に抱き付いた。


「え? え?」


 突然のことに戸惑いの声を上げる玲奈を無視して、仁は回した両腕に力を込める。きつく閉じた仁の瞼の隙間から涙が溢れ出た。


「玲奈ちゃん……。お願いだから、もう絶対無茶はしないで……」


 玲奈の耳元で、仁が涙に濡れた声で囁く。玲奈は行き場のない両手をあわあわと動かしていたが、ようやく居場所を見つけたかのように両手を仁の背中に回した。仁はそれ以上何も言わず、声を殺して涙を流す。玲奈はなぜ仁が突然泣きだしたのかわからなかったが、自分を思ってのことだということだけは強く理解し、回した手で仁の背をポンポンとあやすように叩く。その玲奈の行為に、仁は更にきつく瞼を閉じた。


 以前、メルニールのダンジョンの隠し部屋で多頭蛇竜ヒュドラーを倒した際に宝箱から得た不死者の指輪(イモータルリング)。その効果は、身に付けた者への致死ダメージを一度だけ肩代わりして無効化するというもの。その指輪が失われているという事実は、その効果が発動したことを意味していた。


 自身の力のなさから玲奈が自分を庇って命を落としかけたという出来事は、仁にとってとても許容できることではなかった。強く噛んだ仁の唇から血が滲み出る。自分にもっと力があれば。その思いが仁の心の中で膨れ上がった。仁は一層強く玲奈を抱きしめると、どんな相手からも玲奈を守り切る力を身に付けて二度と同じことを繰り返さないと誓いを立てたのだった。




「えっと、その、ごめん。それと、ありがとう」


 仁は玲奈から体を離し、涙の跡を消そうとするかのように手の甲でごしごしと目元を拭った。仁は心配そうにこちらを見つめる玲奈と正面から目を合わせる。


「玲奈ちゃんは俺が絶対守るから」


 玲奈は仁の強い意志の籠った瞳と声に圧倒されながらも、瞬きもせずに見つめ返した。


 仁は玲奈が守られるだけの存在でいたくないと思っていることを知った上で、先の言葉を口にした。それは仁と一緒に戦いたいと願っている玲奈の思いを踏みにじるものにも思えるが、仁は玲奈の気持ちを否定するつもりはなかった。玲奈と一緒に戦った上で、何があっても玲奈を守るという思いを視線に乗せる。


 ややあって、仁の真摯な思いが伝わったのか、玲奈が大きく頷いた。仁は顔を僅かに綻ばせ、玲奈から視線を外して正面に向き直った。何も言わずに見守ってくれていた皆を、仁は泣きはらして真っ赤になった目で見回して頭を下げた。


「みんなもごめん」

「まぁ、いろいろ気にはなるけれど、あなたがそうなるだけの何かがあったのだと思うことにするわ」

「ありがとう」


 皆を代表するようにコーデリアが口を開く。仁は強張った肩から力を抜き、安堵の息を吐いた。とてもではないが、不死者の指輪(イモータルリング)がダメージを肩代わりしなければ玲奈が命を落としていたかもしれないとは言えなかった。


 あからさまにホッとしている仁の態度に、コーデリアは複雑な表情を浮かべるが、全てを飲み込んで大きく溜息を吐いたのだった。


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