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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第七章

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7-19.抱擁

「ジンお兄ちゃん!」


 部屋に入って来るなり、ミルがタタッと駆け出す。ミルは脇にずれた玲奈の横まで来ると、ベッドに飛び乗り、上半身だけ起こして座っている仁に抱き付いた。


「おっと」


 仁はミルを受け止めると、胸にぐりぐりと額を押し付けてくるミルの小麦色の頭にそっと手のひらを乗せた。仁は嗚咽おえつを上げるミルに温かな視線を送る。その横では玲奈が先ほどの自分の行為を思い出したのか、気恥ずかしさの混じった苦笑いを浮かべていた。


「ジン殿。ご無事で何よりです」

「ありがとう。ロゼもね」


 微笑みながら近づいて来たロゼッタはチラッと玲奈を横目に見る。


「自分もジン殿に抱き付かないと仲間外れになってしまいますね」

「ロ、ロゼ……!」


 ロゼッタはからかうように言うと、長い腕を広げ、ミルごと仁にハグをした。


「本当に良かった……」


 仁の耳元で囁かれたロゼッタの言葉が仁の心に染み入る。僅かな時間で体を離したロゼッタの瞳は薄らと湿り気を帯びていた。ロゼッタは玲奈の横に並ぶと、少し離れたところでそわそわしているセシルを手招きする。


「セシル殿もそのようなところにおられずに、どうぞこちらへ」

「で、ですが……」


 仁たちの輪に入っていいものか、おどおどして動けないでいるセシルに、仁は笑顔を向ける。玲奈とロゼッタもセシルを歓迎するように微笑み、セシルがおずおずと近寄る。


「セシルも無事でよかった。俺の代わりにコーディーを守ってくれてありがとう」

「そ、そんな。私は何も……。隊長こそ、本当によくご無事で……」


 目の端に涙を浮かべるセシルに、仁は苦笑いを向けた。


「セシル。俺はもう君の隊長ではないよ」


 仁の言葉に、セシルは寂しげに眉根を寄せて俯く。仁はミルの頭を撫でたまま、思案顔を浮かべた。


「えっと。セシルの隊長という肩書はなくなっても、俺は何も変わらないよ。セシルが望んでくれるなら、今まで通りの関係のままでいたいと俺は思ってる。呼び方は変えてほしいけどね。セシル、どうかな?」


 仁は下を向いたセシルの青い頭頂を見つめながら反応を待つ。玲奈とロゼッタが気遣わしげな表情で見守っていた。


「わかりました。ジンさん……」


 セシルが目尻を細い指で拭いながら微笑む。仁がホッと安堵の息を吐いていると、ロゼッタがセシルの背を押して仁に近付ける。仁とセシルは頭の上に疑問符を浮かべた。


「さぁ、次はセシル殿の番ですよ」

「「え?」」


 仁とセシルの声が重なる。一拍置いてロゼッタの言っていることを理解した仁は苦笑いを浮かべるが、セシルは顔を真っ赤に染めて俯いてしまっていた。


「別に強制することではないし、セシル、気にしなくていいよ」


 仁がフォローすると、セシルは赤い顔を僅かに上げて、上目遣いで仁を窺う。その瞳に残念そうな感情が含まれているように感じた仁は、ミルの頭から手を離し、両腕を広げてみせた。


「も、もちろん、セシルが嫌じゃないなら、俺は歓迎するけどね」


 仁がそう言うと、セシルはおずおずと近づき、触れるか触れないかわからないくらいの力でそっと仁の背に両腕を回す。それに巻き込まれたミルがくすぐったそうに身をよじり、仁の胸に額を擦り付けた。仁がミルごとセシルを抱き寄せると、セシルは背筋を伸ばして身を硬くした。ミルの嗚咽はいつの間にか止まっており、仁の腕の中で楽しそうに笑っていた。


「レナ様、どうかなさいましたか?」


 仁たちを微笑ましく見守っていたロゼッタが、少しだけ表情に複雑な感情を滲ませている玲奈に声をかけた。


「な、何でもないよ!」


 玲奈は赤い顔でパタパタと手を左右に振った。セシルを解放した仁が玲奈に目を向けると、玲奈はサッと目を背ける。仁は僅かに首を傾げるが、小さな疑問は直後に部屋に駆け込んできた少女の叫び声で吹き飛ばされた。


「ジ・ン・さーん!」


 赤いツインテールを揺らして駆け込んできた少女は一目散にベッドに駆け寄り、ガバッと仁に抱き付いた。豊満な胸部が押しつけられて、ぐにゃりと形を変える。


「ジンさんジンさん、ジンさーん!」

「ちょ、ちょっと待って、リリー!」


 仁は自分の名前を連呼しながら頬ずりを始めたリリーのあまりの勢いに、柔らかな体の感触を味わうことも忘れて制止の声を上げるが、そんなことで止まるリリーではなかった。


「ジンさん、ジンさん、ジンさ~ん」


 段々と声が甘く色付き、仁の耳が朱に染まった頃、仁の胸の辺りからくぐもったうめき声が上がった。


「あ。ミルちゃん、ごめんね」

「リリーお姉ちゃん。苦しいの」


 リリーがパッと手を離すと、ミルが仁の胸元から抜け出して唇を尖らせた。


「ごめんごめん。今度、ミルちゃんの大好物の串焼きを買ってあげるから許してねっ!」

「約束なの!」


 リリーが大きな胸の前で両の手のひらを合わせて片目をパチッと閉じると、ミルは元気よく答えて、いそいそとベッドから降りる。ベッドの縁に沿って立っている玲奈たちの横に並んだミルは、ニコニコと満面の笑みを浮かべていた。


「では、改めまして!」


 ぶるんと二つの膨らみを揺らしたリリーが両腕を目一杯広げ、ずいっと仁に迫る。ゴクリと生唾を飲み込んだ仁の視線が、リリーの向こうで目を半開きにしているコーデリアの姿を捉えた。


「リリー、ストップ!」

「えー!」

「ほ、ほら。これまでのこととか、これからのこととか、俺が眠ってる間に事態がどうなったかとか、みんなにいろいろ聞きたいこともあるし。ね」


 仁の説得に初めは不満を表していたリリーだったが、メルニールに戻った後でリリーの買い物に付き合うという条件を仁が呑むと、機嫌を一転させた。


「まったく、あなたたちは何をやっているのかしら」


 仁の元に歩み寄って呆れたように溜息を吐くコーデリアに、仁は苦笑いを返すことしかできなかった。仁は誤魔化すように咳払いをすると、背筋を伸ばし、腰を回してコーデリアの方を向いた。


「コーディーお姉ちゃんがまだなの」


 仁が深く息を吸って口を開くが、ミルの言葉に遮られて不自然に動きを止めた。


「……え?」


 仁の口から戸惑いの声が零れる。仁はパチパチと何度か瞬きを繰り返し、ミルに目を向ける。同様にコーデリアが首を傾げながらミルを見遣った。


「ミル? 何がまだなのかしら?」

「コーディーお姉ちゃんだけ、ジンお兄ちゃんと、ぎゅーってしてないの」

わたくしだけ?」


 コーデリアが眉間に皺を寄せながらセシルに目を向けると、セシルは頬に朱を差してスッと視線を逸らした。


「なるほど。そういうことね……」

「みんな一緒なの!」


 額に手のひらを当てているコーデリアを、ミルがキラキラと見上げる。コーデリアは大きく溜息を吐き、仁に向き直った。コーデリアの鋭い視線が仁を捉える。


「え、えっと。コーディー?」


 仁がミルとコーデリアのやり取りをはらはらと見守っていると、コーデリアが仁に向かって大きな一歩を踏み出した。コーデリアの顔は、その場の誰よりも赤く染まっていた。


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