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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第二章

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2-1.共同作業

 手にした照明用の携帯魔道具の光が小さな洞穴を照らす。剥き出しの岩肌が水滴で濡れていた。近くから水が流れ落ちる音が聞こえ、そちらから流れてくる涼やかな風が心地よかった。水音に向かって歩を進める。玲奈が仁の後ろに続いた。魔物や人の気配はなかった。


「万が一隠し通路から逃げたのがバレたときに困るから、とりあえず少し離れようか」

「うん」


 しばらく歩くと目の前に勢いよく流れ落ちる滝の背面が見えてきた。洞窟の切れ目と滝の間には隙間があり、水流に身を晒さずに通り抜けることができた。水滴が全身に飛びついてきたが、気にせず辺りの様子を窺う。夜明け前の森は吸い込まれそうな闇を湛えていたが、少し開けた滝壺周辺には月明かりが差し込んでいた。地球の月より色が濃く、少しだけ大きいように思えた。


 仁は松明型の魔道具の灯りを消し、滝と岩肌の間から顔を覗かせている玲奈を手招きした。玲奈は額に手を当てていた。


「玲奈ちゃん。頭どうかしたの?」

「うん? 水に濡れちゃうと前髪崩れちゃうからガードしてるだけだよ」


 愚問だった。玲奈が前髪は命だと公言してはばからなかったのは、ファンの間では有名な話だった。


「そういえば、今の前髪、普段と変わらないように見えるけど、どうしてるの?」

「こっちの世界でも質はともかく、化粧品の類がないわけじゃないみたいで、シルフィさんに頼んで用意してもらったの。やっぱり前髪がビシっと決まらないと、どうにも締まらないからね」

「さ、流石だね」


 多少前髪が乱れていても玲奈の可愛さは変わらないと思いながらも、口には出さない。人それぞれの好みにもよるが、前髪がボサボサより整っている方が仁としても好きではあるのだ。


 一刻も早くこの場を離れたい気持ちもあるが、ルーナリアを信じ、洞穴から死角になっている場所を探す。絶えず森の中へ意識を向けるが、やはり魔物の気配はなかった。


(もしかしたら魔物避けの結界でも張られているのかもしれないな)


 仮に皇族が逃げ出してきたとして、その先に魔物が溢れていては本末転倒である。推測ではあるが、僅かに緊張を解く。


「あっ」


 突然背後から小さな叫びが聞こえた。思わず振り返ると、今にも泣き出しそうな玲奈の姿があった。


「仁くん、明日から前髪どうしよう……」


 仁は意気消沈している玲奈を宥めながら、一際大きな岩陰に革袋を下ろす。中から2メートル四方の赤い絨毯を取り出して地面に敷いた。きっと本来はテーブルなどの下にマットのように敷く用なのだろう。縁に豪華な金色の刺繍が施されていた。絨毯の裏には防水用に革が張り付けられていた。少し勿体ない気もするが、せっかくなので使わせてもらうことにした。


 玲奈の袋にも同様のものが入っていると推測し、取り出すよう促した。肩をがっくりと落とした涙目の玲奈が、革袋の口を縛っている紐を緩めて内部を漁っている。あまりに悲惨な姿に目も当てられない。


「ああ!!」


 玲奈の絶叫に一瞬体を震わせる。大丈夫だと思いながらも周囲を見回す。森に変化はない。


「あったよ! あったよ、仁くん! シルフィさんありがとー!」


 歓喜に震える玲奈の手には分厚いガラス製の小瓶が握られていた。入っているのは整髪料代わりの油分だろうか。どうやら玲奈の未来は小さなメイドによって守られたようだ。仁は星空を見上げて、今も帝都にいるであろうシルフィに感謝の念を送った。




「ごめんなさい……」


 ひとしきり喜びに沸いていた玲奈だったが、我に返ると誰に言われるでもなく絨毯の上に膝をついた。玲奈に促され、仁が対面に座る。


「危機感が足りませんでした」


 神妙な面持ちの玲奈が深々と頭を下げた。


「うん。まぁ今回は何事も起らなかったから大丈夫だよ。これから気を付けてくれれば」

「はい。肝に銘じます……」


 仁は土下座スタイルの玲奈を眺めながら、少しだけ笑みを浮かべた。ここは元の世界と違い、魔物が存在する世界だ。もしかしたら野党の類も近くに潜んでいるかもしれない。そして万が一の帝都からの追手という危険もあった。そんな中で不用意に大声を上げた玲奈の行為は決して褒められたものではなかった。それを指摘しないのは、玲奈のためにならない。その事実をどう伝えようかと頭を悩ませていたところで、この玲奈の行動である。仁は頬が緩むのを感じた。怯える小動物のように身を小さくする玲奈を撫でまわしたい衝動に駆られるが、そこは自制する。


「はい。この話はこれでおしまい」


 パンっと柏手を打ち、空気を変える。


「ほらほら。頭を上げて。足も崩して」

「……うん」


 顔を上げた玲奈は、未だ申し訳なさそうにしていた。


「あ。そうだ、玲奈ちゃん。少し手伝ってほしいんだけど、お願いできるかな?」


 仁のその言葉に、名誉挽回の機会だと言わんばかりに玲奈が食いつく。


「私にできることなら何でもするよ!」

「何でも!?」


 仁の食いつきもかなりのものであった。仁の頭の中が一瞬でピンク色に染まった。あまりの勢いに、玲奈が怯む。


「できることだけ! できることだけねっ!」


 思わず腰を引く玲奈の様子に、仁は正気に戻る。


「あ、うん。大丈夫。できることだよ」


 仁は立ち上がり、アイテムリングから金属製の支柱と大きな革をそれぞれ取り出した。玲奈が口を大きく開けて固まった。


「今からテントを組み立てます」

「どこから出てきたの!」


 再起動を果たした玲奈が思わず語気を強めるが、慌てて手で口を塞ぐ。仁はアイテムリングのことを玲奈に教えていなかったことを思い出し、ポンっと手を打った。


「えっと、俺がつけてるこの指輪なんだけど、実はアーティファクト、要は魔道具のすごい版でね。いろいろアイテムを収納できるんだよ」




 簡単に説明を終えた。仁自身、原理を詳細に知っているわけではないので、効果を伝えるだけになってしまった。玲奈は未だに驚きを隠せないでいるが、納得はしたようだ。


 その後、絨毯脇の土の地面に二人で杭を刺し、金属製の支柱を四角すい状に組み上げた。その上から十分な大きさの革を被せて固定すれば、日本でも一般的な3人用のテントの出来上がりだった。この世界の今の時期の気候は温厚で、夜でも寒さに凍えることはなさそうだった。アイテムリングから寝袋代わりの毛布を2枚取り出してテントの中に入れる。初めての共同作業を終え、二人は満足そうに頷いた。


「俺が見張りをしてるから、玲奈ちゃんはテントで寝てて。日が昇るまでもうそんなにないけど、全く寝ないのは辛いからね」

「うん。ありがとう。でも、追手が気になるのもわかるけど、私が起きたら仁くんも休んでね。体壊したら元も子もないんだから」


 仁が了承の意を示すと、玲奈は自分の革袋をテント内に移す。玲奈がテントに入るのを確認すると、仁は荷物の整理をしようと革袋を開いた。ふと視線を感じてテントの方を向くと、玲奈が入口から顔だけを覗かせていた。


「玲奈ちゃん、どうかした?」


 きょとんとした表情を向ける仁を、玲奈が少し恥ずかしげに見つめる。


「寝顔覗いちゃダメだよ?」


 玲奈はそれだけ言い残すと、逃げるかのように首を引っ込めた。仁は以前玲奈のブログに掲載された、イベント帰りの新幹線で座って眠る玲奈の写真を思い出した。それはとても可愛い、天使のような寝顔だった。


(見たい! すごく見たい!)


 そう強く思いはするものの、玲奈の信頼を裏切るわけにはいかず、そもそもそれを実行に移す勇気もない。東の空が白んできた頃、玲奈が起きてくるまで、仁は悶々として過ごした。


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