7-11.期待
時は数時間前に遡る。仁が城の地下室でザスティンと物別れした後、檻の中でコーデリアとセシルと一緒に食事をしている頃、帝都の宿屋の一室では玲奈とミル、ロゼッタがリリーからの調査報告を聞いていた。ジークが仁であると告げたリリーに、玲奈たちは驚きの表情を向けていた。
「きっとジンさんだってバレないように、偽名を名乗らされているんだと思いますっ」
「え、ちょっと待って。リリー、それは確かなことなの?」
「はいっ! あ、厳密に言うと、絶対ではないです。でも、わたしはそうだって確信しています。その理由ですけど――」
リリーはその根拠として様々な事柄を挙げていく。リリーはガロンたち、仁の事情を知る冒険者たちと、玲奈たちのために働きたいと願い出たクランフスに帝都の各所から近隣の村まで分担して足を運んでもらい、様々な裏付けを取ってきていたのだった。
「ジークさんは仕事中、兜を被りっぱなしでバイザーを開けることすらあまりないようなのですが、シャハ村で魔物退治をした際に、案内役を務めた木こりのサンデさんが素顔を目撃しています。サンデさんによると、ジークさんは黒髪黒眼だったそうです。この大陸では黒髪黒眼は珍しいため、印象に残っていたようです。あと、とても強かったと興奮した様子で話してくれたみたいです」
仁の失踪とほとんど時を同じく設立された奴隷騎士隊の隊長で、本人も奴隷騎士。そして、黒髪黒眼の双剣使いで、上級騎士であるガウェインを圧倒し、単身で金狼を倒すだけの戦闘技術を持つ。さらに、その騎士隊を設立したのは仁を召喚したと目される第二皇女。おまけに、ジークと実際に接した人々が抱いた印象も、玲奈やリリーたちの持つ仁の印象と大差がなかった。
リリーの説明を聞きながら、玲奈とミルが度々顔を見合わせて相好を崩していく。その一方で、ロゼッタのきめの細かい白い肌が僅かに青白さを纏っていた。
「第二皇女が奴隷騎士隊設立のためにジークさんとセシルさんを購入したとされるのが帝都に拠点を構えるウィスマン奴隷商ですが、その会長、サンデル・ウィスマン氏は懇意にしていたルーナリア皇女殿下の名前を出しても顧客の守秘義務を盾に、何も話してくれませんでした。そのため、その直前にウィスマン奴隷商で奴隷を購入した帝国商人を探し出して話を聞いたところ、セシルさんらしき女性には覚えがあるそうですが、ジークさんのような特徴を持った奴隷に見覚えはないそうです」
リリーは一旦言葉を切って、大きく深呼吸をした。玲奈たち3人の視線を受けて、リリーが瞳を輝かせる。
「以上の様々な点から、わたしはジークさんがジンさんだと、確信していますっ!」
「レナ様! 申し訳ありません!」
リリーの宣言に間髪入れず、ロゼッタが玲奈に向かって勢いよく頭を下げた。玲奈は笑みの上に困惑を貼り付ける。
「ロ、ロゼ。どうしたの?」
「あの村で、自分が早く商隊のところに戻るべきだと言い出したばかりに、レナ様とジン殿の再会を妨げてしまいました!」
「あ、そっか。リリーの推測が正しいとするなら、あの黒い甲冑の隊長さんが仁くんだったってことになるんだね」
玲奈が胸の前で両の手のひらを軽く打ち合わせた。玲奈の言葉に、ミルが目を見開く。
「面目次第もございません!」
深く腰を折ったロゼッタの頭がますます床に近付いた。玲奈がロゼッタの肩に手を置く。
「ロゼ、顔を上げて。あのときは私もそれがいいって思ったし、まさかあの場に仁くんがいるなんて思いもしないよ。だから、私の身を案じてくれたロゼが謝る必要なんてないよ」
「レナ様……」
ようやく頭を上げたロゼッタに、玲奈はホッと息を吐くが、その横でミルがしょんぼりと肩を落としていた。ぺたりと垂れ下がった犬耳を目にし、玲奈は小首を傾げる。
「ミルちゃん、どうしたの?」
「ミル、ジンお兄ちゃんの匂いに気付けなかったの……」
玲奈は充満する血の臭いを思い出して顔を僅かに顰めるが、小さく頭を振って悲惨な光景を頭から追い出した。
「あの状況では仕方ないと思うよ。それに、けっこう距離もあったしね」
「自分もそう思います。いくらミル様の嗅覚が優れていても、あの場でジン殿の匂いを嗅ぎ分けるのは困難かと」
慰めるようにミルに声をかける玲奈に、ロゼッタが追従する。ミルは小さな唇をキュッと閉じて悔しさを滲ませた。
「まあまあ、皆さん。とりあえず、ジンさんがおそらく無事だってわかったわけですし、今は素直に喜びましょうよ」
気遣わしげにロゼッタやミルを眺めていたリリーが、両手をパンパンと2度打ち合わせながら笑顔を向ける。
「うん。そうだね。帝国に召喚された可能性を信じてここまで来たけど、それは間違っていなかったわけだしね」
笑顔で応じる玲奈に続いて、ロゼッタとミルもほんのりと微笑を浮かべて頷いた。
「でも、仁くんは私たちに気付かなかったのかな?」
「レナ様も自分たちもフードを目深に被っていましたし、その可能性もなくはないですが、ジン殿が奴隷であるならば何かしら制約が課されていることも考えられます。それとも、ジン殿に何か考えがあってのことなのでしょうか……」
玲奈とロゼッタは顔を見合わせ、うんうんと呻るが、答えが出ることはなかった。
「その辺りはジンさんに直接聞けばいいんですよっ」
「ジンお兄ちゃんに会えるの?」
ミルが期待に満ちたキラキラした視線をリリーに向けた。
「明日からガロンさんたちとクランフスさんに城の門の見える位置で張り込みをしてもらう予定です。御者はセシルさんがしているようですので、もし次に奴隷騎士団が動けばすぐわかります」
リリーが自信満々に告げると、玲奈たちは喜色を浮かべた。
「帝都の中だと目立ってしまうので、後を追ってジンさんたちの馬車が帝都を出た後で接触しましょう。奴隷騎士隊の朝は早いので、皆さんも早起きしてすぐ出られるように準備しておいてくださいねっ」
「うん!」
「はいなの!」
「了解しました!」
玲奈たち3人がそれぞれ元気よく答える様子に、リリーは目尻を下げて優しく微笑む。
「リリー、ありがとう。私たちだけじゃ、こんなにも早く仁くんを見つけることはできなかったよ」
玲奈に続いてミルとロゼッタも口々にリリーに感謝の言葉を述べる。リリーは自分のためでもあるからと謙遜するが、玲奈たちの言葉は止まらない。リリーがいなければ、まだメルニールで絶望したままだったかもしれないと玲奈は思った。照れ笑いを浮かべていたリリーが、何か思いついたかのように満面の笑みを玲奈たちに向けた。
「じゃあ、無事再会できた暁には、ジンさんをうちの商会の跡取りにくださいっ!」
「それはダメ――」
反射的に拒否しそうになった玲奈はハッとして言葉を切り、ニヤニヤしているリリーから視線を逸らす。
「かどうかは仁くんが決めることだから、私に言われても……」
もごもごと語尾を小さくする玲奈に、リリーは小さく噴き出した。頬をほんのり朱に染めて唇を尖らせる玲奈の姿をロゼッタが微笑ましく見守り、ミルはきょとんと首を傾げていた。
その後、穏やかな空気の中、明日の予定を立てた面々は手早く準備を整えて早々にベッドに入った。玲奈は早ければ明日にでも仁に会えるかもしれないという期待に胸を膨らませ、なかなか寝付けないでいた。玲奈はキュッと目を閉じて無理やり眠りにつこうとするが、次から次へと仁との思い出が頭に浮かんできて、もぞもぞと体を動かした。
「仁くん……」
玲奈は小声で囁き、意図せず口からついて出た言葉に驚いて目を開く。玲奈は苦笑いを浮かべながらゆっくりと瞼を閉じた。
玲奈がようやく眠りについた頃、帝都中に爆弾でも落ちたような轟音が響き、大地を大きく揺らした。木製の雨戸がガタガタと激しく震え、ベッドの脇に立てかけてあった武器が床に倒れる。
飛び起きた玲奈が雨戸を押し開くと、帝都の夜空が赤く燃えていた。




