7-4.研究
「帝国には建国時からの悲願である大陸統一のために長年に渡って続けている研究が3つあるわ」
仁はコーデリアの真摯な瞳を見つめて、コーデリアの話に耳を傾ける。コーデリアが左手で握り拳を作って肩の前に掲げた。
「まず、かつてこの大陸にも存在したと言われる魔人族の力を得る秘薬の開発」
コーデリアが左手の人差し指を立てた。続いて中指を立てる。
「もう一つが複数の魔物の力を持つ魔獣の創造。そして最後が――」
仁の見つめる先で、コーデリアの薬指がゆっくりと時間をかけて立てられた。
「異世界からの勇者召喚よ」
仁は話を聞きながら、メルニールで玲奈と共闘した魔人擬きと、過去に2度戦った合成獣の姿を思い浮かべた。仁の脳内でいくつかの欠片が結びついていく。コーデリアが左手を下ろして太腿の上で右手と指を交互に絡ませる。
「あの、コーディー。その研究の話があなたのこれからする話に必要なのだろうとは思いますが、内容まで俺に話してしまってよかったのですか?」
「構わないわ。というより、研究の内容は、あなたの知りたいだろうことが含まれていると思ったから話したのよ。私にはあなたが必要なの。あなたの協力を得るためなら帝国の機密情報だろうと、私の胸のサイズだろうと、何でも話すわ」
「え」
戸惑うような仁の呟きに、コーデリアの頬に朱が差す。
「な、何よ。胸のサイズくらい、どうってことはないわ。お望みなら今ここで裸になって測るわよ? だいたい、あなたにはもう全部見られてしまっているんだから……」
語尾が小さくなり、それに反比例するかのようにコーデリアの頬の赤みが増す。仁の脳内にコーデリアの寝室で見た美しい彫像のように整った裸身が映し出され、仁の顔が熱を持つ。仁はぶんぶんと首を左右に振った。
「い、いえ! 知りたくないです大丈夫です!」
仁が慌てた声を上げると、コーデリアの口が僅かに窄められたように見えたが、仁は気付かなかったことにする。
「ま、まぁいいわ」
コーデリアは咳払いを繰り返し、気を静める。仁とコーデリアはチラチラとアイコンタクトを交わし合い、もう大丈夫だとサインを送り合う。仁が奴隷だったときは何の恥ずかしげもなく裸身を晒していたコーデリアが、奴隷ではなくなったというだけで恥ずかしくなるものなのかと仁は不思議に思ったが、口には出さない。最後に一つ、コーデリアは区切りをつけるように大きく咳払いをした。
「それで、俺の協力って――」
仁の問いかけを、コーデリアが右の手のひらを突き出して遮る。
「まずは先に話を聞いて」
仁が口を閉じて頷くと、コーデリアは逸れていた話を戻す。
「3つの研究はさっき話した通りよ。そして、私の実父である現皇帝ゲイルバッハは皇位継承権を持つ上位3名、まだ幼かった第一皇子のガウェイン兄様、第二皇子のザスティン兄様、第一皇女のルーナリア姉様にそれぞれの研究を任せ、最も早く研究を完成させて帝国に貢献した者に後を譲る、即ち、次期皇帝の座を約束すると帝国の中枢を担う貴族や騎士たちに宣言したのよ」
新たに明かされた事実に、仁の頭と体が衝撃を受けて小さく揺れた。
「まさか、ルーナは俺と玲奈ちゃんを逃がしたことで……」
仁は思わず呟いてから、ハッと右手で口を覆った。
「やはりルーナリア姉様があなたたちを逃がしたのね。あの人らしいわね」
自らの発言の軽率さに仁は顔を歪める。
「心配しないで。今更、私がそれを知ったところでどうもしないわ。あなたも知っての通り、ルーナリア姉様は継承権を失って、代わりに私がチャンスを得たのだから。それに、あの人のことだから、最後の復権の機会を自ら放棄するはずよ。だから、あの人はもう私の敵ではないわ」
仁は、仁を籠絡するという密命を仁に明かしたルーナリアのすっきりとした表情を思い出していた。あの表情は皇位継承権を失うことを既に受け入れていたからだとしか仁には思えなかったが、それでも仁と玲奈を召喚したからにはルーナリアにも皇帝の座を目指すだけの理由があったのだろうと申し訳なく思った。
思えば、ヴォルグが不本意ながらも第二皇子に従っていたのも、ルーナリアを継承権争いに再び参加させるためだったのかもしれないと仁は思い至る。仕方がないこととはいえ、またしても自分がルーナリアの復権への道を阻んでしまったことに仁は罪悪感を抱いた。
「ルーナリア姉様の現状は姉様自身が選んだ末の結果よ。同情するならまだしも、あなたが罪悪感を覚える必要なんて一切ないわ。それに、あなたが必要以上に気にすることはあの人の思いを無碍にする行為よ」
肩を落としてわかりやすく落ち込む仁に、コーデリアは言い募った。
「あなたって本当にお人好しね。まぁ、こうして私と悠長に会話している時点でわかっていたことだけれど。私があなたの立場だったら、問答無用で私を殺すなり無力化するなりして、すぐにでも逃げ出しているもの」
コーデリアが呆れたように肩を竦める。
「もし俺がお人好しだって言うなら、それはお互い様ですよ。俺がコーディーの立場なら、慰めることなんてせずに、その罪悪感につけ込もうとするでしょうし」
「な、慰めてなんていないわ。本当のことを言っただけよ」
もう何度目かになる似たようなやり取りに、仁とコーデリアは顔を見合わせて小さく噴き出した。二人はそれまでより少しだけ柔らかな雰囲気で話を再開する。
「それで、結局のところ、コーディーはなぜ俺の正体を隠したんですか? 記憶を失くした俺を隷属させていたんですよ。厳密にはコーディー自身が異世界から奴隷勇者を召喚したわけではないにしても、十分研究の成功と言えるのでは? 自分で言うのもなんですが、メルニールの戦いの前ならいざ知らず、かつての魔王と知られた今の俺ならその価値があると思うのですが」
仁自身が帝国の勇者召喚研究のきっかけであり、また、今の帝国にとって現実の脅威となった存在を、失われた隷属魔法によって隷属させたのだ。結果だけ見れば、それは単純に新たな奴隷勇者を異世界から召喚するより評価されるはずの事案であり、ルーナリアが仁を籠絡する以上に帝国にとって益のある話に思え、仁は首を捻った。
「それはあなたが本当に記憶を失っているのか確証がなかったこともあるけれど、単純に、それでも私が後継者に選ばれることはないと思ったからよ。もしすぐに報告していたら、きっと私はあなたの使役者として片っ端から様々な戦線に送られて死ぬまで扱き使われていたことでしょうね」
「研究を完成させたら次期皇帝になれるんですよね?」
仁はさっきまでとは逆側に首を傾ける。
「ええ。ただし、それは兄様や姉様だったらの話よ。仮に陛下がお許しになっても、陛下の死後、兄様や貴族たちが黙っていないわ」
「それはコーディーが側室の子だからですか?」
仁がそう口にした瞬間、コーデリアの纏う空気が変わったような気がした。
「ルーナリア姉様に聞いたのね」
仁が気まずそうな表情を浮かべて頷くと、コーデリアは整った顔に薄い笑みを貼り付けた。
「私を産んだ母は、表向きは側室ということになっているけれど、あれは側室なんて大層なものではないわ。あれは――」
コーデリアの妖しい雰囲気に、仁が息を呑む。
「あれは、皇帝専属の性処理用の人形よ。私は、人形の娘なの」
自嘲の色を多分に含んだコーデリアの言葉が、反応できないでいる仁の脳を大きく揺さぶった。




