6-23.接近
「光盾!」
玲奈たちの見つめる先で、それまで呆然と戦いを見つめていた青髪の少女がクランフスの脇から躍り出て、右の手のひらの前に光魔法の障壁を作り出した。金狼の雷撃が光盾に激突し、障壁を破壊して光の粒子に変える。光の盾を貫いた雷撃がそのまま少女を襲い、少女は膝をついた。
一拍遅れて到達した玲奈の氷弾が金狼の頭に衝突して砕け散った。金狼が苦悶に表情を歪める。玲奈は間髪入れずに突き出した左手に魔力を集中させた。玲奈の左の手のひらの前に、氷弾を放ったときと比べ物にならないほどの大きな魔力が渦巻く。
「氷砲!」
玲奈の発声と共に、玲奈の魔力が形ある姿となった。強烈なスピンを加えて撃ち出された氷の砲弾は一直線に突き進み、轟音と共に金狼の体を粉砕した。弾けた血肉が大地を濡らす。続けざまに放たれた氷砲が、生き残っていた金狼たちを残らず物言わぬ肉片へと変えた。
「レナお姉ちゃん。もう大丈夫なの」
玲奈が息を荒げていると、ミルが完全に動かなくなった金狼王から血喰らいの魔剣を抜きながら言った。
「うん、ありがとう。ミルちゃん、あの女の子を診てくれるかな」
「わかったの」
玲奈が辺りに広がった氷の上を土魔法で覆うと、ミルは少しだけ重い足取りで少女の元に向かった。ミルの遠ざかる背中を見つめていた玲奈が、その場にうずくまった。その玲奈の背を、ロゼッタが優しく擦る。玲奈の小さな口から声にならない嗚咽が零れた。ロゼッタはチラッと村人たちの山に目を向けるが、既にそこに動くものは存在していなかった。
「ロゼ、ありがとう。もう大丈夫」
玲奈が顔を上げた。
「仁くんがいない間は私がしっかりしないといけないのに、ごめんね」
「いえ」
「さぁ、ミルちゃんたちのところへ行こう」
気丈に振る舞おうとする玲奈を、ロゼッタは心配そうに見つめることしかできない。ロゼッタは玲奈の背を追いながら、早く仁と再会できるよう祈った。
「お願いします! 助けてください!」
ゆっくりとした足取りで近寄る玲奈たちを待ちきれず、青髪の少女が懇願するように声を上げた。玲奈は小首を傾げる。
「あ。先ほどは助けていただき、本当にありがとうございました。命の恩人相手に不躾なお願いだとは百も承知の上で、どうかお力をお貸しください!」
「お、落ち着いてください。あなたは?」
「も、申し遅れました。私は帝国軍遊撃騎士隊所属の準騎士、セシルと申します」
「帝国軍……!」
慌てた様子で早口で話すセシルの口から飛び出した“帝国軍”という言葉に、玲奈たちは僅かに表情を硬くする。武具を身に纏ってはいるものの、セシルの首には隷属の首輪が付けられていたため、この村の誰かの戦闘奴隷か、仁やロゼッタと同じような奴隷冒険者ではないかと推測していたのだった。
「今、村の西の入口で隊長が金狼と戦っているんです。どうか皆様のお力をお貸しください。隊長を助けてください!」
「他の隊員の方は?」
「遊撃騎士隊は設立されたばかりで、まだ私と隊長の2人しかいないんです。私は隊長の命令で村の中の様子を調べに来たのですが、そのときにはもう……」
玲奈はロゼッタと顔を合わせる。それだけの人数であれば万が一揉め事になってもどうにかなるだろうと目で会話をする。もっとも、もしまだ金狼がいるというのであれば、放っておくことはできなかった。玲奈はロゼッタが頷くのを確認し、セシルに向き直る。
「わかりました。案内してください」
玲奈が言うと、セシルは勢いよく頭を下げた。
「こちらです――あっ!」
振り向き、村の入口に向けて走り出そうとしたセシルが声を上げて急停止した。どうしたのかと玲奈がセシルの視線を追うと、広場と入口を結ぶ道の先に、黒い全身甲冑を身に纏った騎士が歩いてきているのが見えた。その腕に小学生くらいの子供を抱きかかえていた。
「た、隊長!」
セシルが叫ぶと、黒色甲冑の騎士が空いた手を振った。
「無事だったみたいですね」
今にも駆け出しそうなセシルの背中に声をかけると、セシルはハッと振り返った。
「あ、は、はい。ありがとうございます!」
セシルのホッとした笑顔に、玲奈は微笑みを返す。黒い騎士はセシルにとってとても大事な人なのだろうと玲奈は考え、無事の再会を喜ぶセシルに玲奈自身を、黒い騎士に仁を重ねて思いを馳せた。
「どうやら無事解決したようですな。では、後のことは拙者に任せて、お三方は先に商隊に戻って事の次第を報告してくだされ」
「そうですね。後はクランフス様にお任せし、自分たちは戻りましょう」
「え。でも……」
「小規模とはいえ、帝国騎士がいるのです。この村の後始末は帝国軍の仕事でしょう。これ以上は自分たちの出る幕ではありません」
玲奈はクランフスの提案に困惑の表情を浮かべるが、ロゼッタに諭されて小さく頷く。
「では、クランフスさん。申し訳ありませんが、後のことはよろしくお願いします」
「しかと承り申した」
「お、お待ちください!」
慌てたように声を上げたセシルの前に、クランフスが立ち塞がる。
「お疲れだとは思いますが、お礼もしたいですし、隊長に会ってくれませんか?」
「礼なら拙者が代わりに受け取り申す。さぁ、皆様方、お早く」
「ま、待って……!」
玲奈は僅かに迷う素振りを見せるが、ロゼッタに促されて、ミルも一緒に商隊の待つ場への帰途に就く。尚も引き下がらないセシルに、クランフスは顔を顰めた。
「貴殿は拙者の恩人なれど、あの方らは拙者の雇い主の御客人。このような何が起こるかわからぬ場に留め置くことはでき申さぬ」
セシルは諦めたように肩を落として息を吐いた。懇願するように見上げるセシルの視線を受け、クランフスが横にずれる。セシルは遠ざかる3つの背中に、深く頭を下げた。その横では、放心したように地面に仰向けになったままの母親の腕の中で、泣き疲れた赤子がすやすやと寝息を立てていた。




