6-22.対決
「気を強く持たれよ!」
巨躯の金狼と対峙して恐怖心で萎縮する玲奈の耳に、突然大声が届いた。物陰から姿を現したのは身の丈ほどの大剣を携えた大柄な男だった。こげ茶色の長髪を頭の頂点付近で結んでいる。
「“戦乙女の翼”の皆様方が抱いている恐怖は金狼王の威圧の技能によるもの。心を強く持てば自ずと恐怖心はなくなり申す!」
「クランフスさん? どうしてここに……」
「先に迷惑をおかけ申したせめてもの罪滅ぼしに、ガロン殿の許可を得て助太刀に参り申した!」
クランフスは力強く宣言すると、ロゼッタに大股で歩み寄る。
「こちらの母娘と女子は拙者が命に代えてもお守りいたす。白槍殿は勇者殿と聖女殿にご加勢下され。金狼王は強力な魔物なれど、英雄殿の四天王が敵わぬ相手ではござらぬ」
「ミルはジンお兄ちゃんの“してんのー”だから、負けないの!」
「クランフス様。ミル様も。もうそれは勘弁してください……」
ロゼッタが白い肌を朱に染め、玲奈が小さく噴き出す。いつの間にか、玲奈たちの心を覆っていた恐怖心が消え去っていた。威圧の効果が消えたのを察したのか、金狼王が地の底から響くような唸り声を上げる。
「みんな、行くよ!」
玲奈は鱗部分を展開した毒蛇王の小盾を前面に構えて直進する。金狼王は血に濡れた大口を開け、玲奈目掛けて特大の雷球を放つが、玲奈は怯むことなく突き進む。小盾にぶち当たった雷球が弾けて辺りを明るく照らした。
「こんなもの、仁くんの雷魔法に比べれば……!」
勢いをつけたまま、玲奈の小盾が金狼王の鼻先に激突した。金狼王が怯んだ隙を見逃さず、玲奈の背後にピッタリと付いてきていたロゼッタが玲奈の脇から亜竜の槍を突き出す。濃緑の穂先が、体を捻って回避する金狼王の目の下を掠めた。
小さく呻く金狼王の後ろ脚を、いつの間にか背後に回り込んでいたミルが血喰らいの魔剣で切り裂く。血の刃が体から離れた一拍後、傷口から鮮血が滲み出る。
間髪入れずに玲奈が小盾を力いっぱい振るって金狼王の顔面を殴打し、側面に躍り出たロゼッタが何度も突きを放つ。その間もミルが金狼王の脚部に次々と切り傷を作っていった。
金狼王は玲奈に体当たりを敢行するが、傷ついた下半身の踏ん張りが僅かに利かず、全体重を乗せることができない。それでも小柄な玲奈を小さくない衝撃が襲い、巨体を受け止めた盾ごと、数メートル後方に吹っ飛ばされた。金狼王の瞳が妖しく光り、開いた大口の前にバチバチと放電する雷球が生まれる。玲奈は片膝をついて盾を構えようと試みるが、衝撃で痺れた左手を持ち上げることができない。
「レナ様!」
ロゼッタが魔法の発動を止めようと何度も首筋を突くが、小さな突き傷を作るだけで、致命傷を与えるにはとても及ばない。直径2メートルほどの雷球が勢いよく放たれた。玲奈の眼前に猛スピードで迫るそれを、ミルが横から斬り飛ばす。弾け飛んだ雷球の残骸が地面を穿つ。
「魔剣使いに魔法は効かないの」
ミルがどこかで聞いたようなセリフを口にした。清々しいまでに得意げな顔だった。
「ミルちゃん、ありがとう」
ミルはニコリと笑顔を見せると、一陣の風となって駆け抜ける。金狼王が牙を振るって迎え撃つが、ミルは小さな体を活かして素早い動きで立ち回り、金狼王の攻撃を避けては受け流し、いくつもの切り傷を刻んでいく。
金狼王は周囲を跳びまわるミルと、チクチクと急所を狙ってくるロゼッタの攻撃に、煩わしそうに目を細める。立ち上がって戦列に復帰しようと駆け寄る玲奈の姿を視認すると、金狼王は傷ついた脚に力を込めて一気に後方に跳躍する。威圧を乗せた咆哮が空気をビリビリと震わせるが、もはや玲奈たちに効果はなかった。
玲奈とミル、ロゼッタが金狼王を追って駆け出す。悔しげに歪んでいた金狼王の表情が、したり顔へと変わる。
「しまった! さっきの咆哮は……!」
玲奈の視界から、戦いを避けるように離れていた5匹の金狼の姿が消えていた。玲奈は慌てて首を回す。いつの間にか玲奈たちを回り込んでいた金狼たちが、動けないでいる母娘の元に殺到しようとしていた。玲奈は金狼王に背を向けてしゃがみ込むと、両手を地に突いた。その背中に一気に加速した金狼王の太く鋭い牙が迫る。
「凍結!」
玲奈を中心に円を描くように、ものすごい勢いで氷が地面を覆っていく。金狼たちの足を捕らえた分厚い氷がせり上がり、脚の半ばまでをがっちりと固定する。すぐさま立ち上がって振り返った玲奈の目の前で、金狼王が足を氷から引き抜こうともがいていた。金狼王はなぜ氷ごときで動けないのか理解できず、混乱した表情で苦し紛れに雷球を放とうと口を開くが、玲奈が小盾で顎をかち上げる。くぐもった呻きと共に、金狼王の口内の魔力が霧散した。
「土壁!」
玲奈が再び両手を地に突き、土壁を横に伸ばして氷の上に土の道を作る。その道を使って駆け寄ったミルが、金狼王の切り傷に重ねて何度も切り付け、薄くなった皮膚に魔剣を突き立てた。血の刃が輝き、金狼王の体から魔力と共に血をぐいぐいと吸い上げる。
「レナ様、やりましたね」
「うん。やっと毒蛇王の毒が効いてきたみたい。後は――」
金狼王が力なく地に伏すのを確認し、玲奈が後方に視線を送ると、氷に捕らわれてもがいていた金狼の1匹が母娘たちに向けて雷撃を放とうとしていた。ミルは金狼王に止めを刺すまで動けず、ロゼッタに遠方から攻撃する手段はない。玲奈は反射的に左手を上げて氷弾を撃ち出すが、氷の弾丸が届くより早く、金狼の口から金色の雷撃が放たれた。玲奈たちがハッと息を呑む中、クランフスが母娘を庇うように立ちふさがった。




