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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第六章

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6-17.ボス

「きゃっ」


 突然、馬車をく2頭の馬が同時に急停止して横を向き、馬車が車輪を滑らせた。仁は扉を開き、横転する馬車から飛び降りる。衝撃を殺すように転がった仁の黒色甲冑が鈍い悲鳴を上げた。


「セシル!」


 起き上がった仁が倒れた馬車の前方に視線を送ると、青髪を土で汚したセシルがゆっくりと立ち上がった。仁はホッと胸を撫で下ろし、セシルの元へ駆け寄る。馬が小さくいなないた。震えるような馬の視線を辿ると、金色の狼が2匹の銀の狼を従え、村への侵入を拒むかのように立ち塞がっていた。金の狼は銀狼シルバーウルフより一回りほど大きく、真紅の瞳が妖しい輝きを放っている。


「あ、あれはまさか、金狼ゴールデンウルフ……!?」


 セシルの声が震えていた。


「知っているの?」

「は、話に聞いたことがあるだけです。森の奥深くに住んでいるため、滅多に人里には現れませんが、一度姿を見せればその地は血に染まると言われています……」


 仁はバイザーの奥で奥歯を噛みしめる。


「村の人たちが心配だ。俺が奴らを引き付けるから、その間にセシルは村の様子を見に行ってほしい」

「わ、わかりました」


 セシルは自分も残りたい気持ちを押しとどめ、仁に頷きを返す。セシルは自身が残ったところで金狼ゴールデンウルフ相手に役に立てるとは思えなかった。目の前にいる金狼ゴールデンウルフが村を襲った群れのボスであるなら、村の中にいるのは殺人狼キラーウルフだろうとセシルは当たりをつける。金狼ゴールデンウルフの横には群れの幹部と思しき2匹の銀狼シルバーウルフがいるが、セシルは銀狼シルバーウルフが他にもいるとは思いたくなかった。


「危ないと思ったら手を出さずに戻って来ること。いいね。行くよ!」


 仁が金狼ゴールデンウルフ目掛けて一直線で駆ける。セシルは仁の背を追って全力で走り出した。一陣の風のようにあっという間に金狼との距離を詰めた仁が、体の前面で交差した両手の剣をそれぞれ横に薙ぎ払う。金と銀の狼は左右に大きく跳躍して回避する。その空いた空間をセシルが通り過ぎた。仁はセシルを背にするように動き、左右の狼に睨みを利かせる。


 金狼ゴールデンウルフが小さく吠えると、2匹の銀狼シルバーウルフが仁を無視してセシルを追う動きを見せた。仁は一足飛びで1匹を斬りつけ、残る1匹を右手の剣を投擲して仕留める。背中を見せた仁に金狼ゴールデンウルフが迫るが、仁は振り向きざまに残った剣を横に一閃し、鋭い牙を迎え撃った。帝国軍で使用される一般的な鉄剣は、金狼の牙を防ぐほどの強度を持たず、一瞬の抵抗の後に噛み砕かれる。仁が咄嗟に剣から手を離して左の膝で狼の顎を蹴り上げると、金色の影は呻き声を上げながら背後に飛びずさった。仁の膝はまるで金属の壁を蹴ったかのような衝撃を感じた。


 仁は銀狼シルバーウルフに刺さったままの投擲した鉄剣にチラッと目を向けるが、武器を取りに行くのを金狼ゴールデンウルフが許すとは思えなかった。真紅の瞳がギラギラと輝きを増していた。金狼が大きく息を吸い、おぞましい咆哮を上げた。


 金狼ゴールデンウルフの全身の金の体毛が重力に逆らって逆立つ。仁は予感めいたものを感じ、直感に任せて転がるように回避行動に移った。次の瞬間、それまで仁のいた場所を金色の稲光が通過する。稲光はそのまま直進し、銀狼に刺さったままの鉄剣を粉砕した。金狼ゴールデンウルフが勝ち誇ったような視線を仁に向ける。


「雷魔法……」


 仁は銀狼シルバーウルフの比ではない金狼ゴールデンウルフの力に驚嘆しつつも、どうすれば倒せるか思考を巡らす。金狼ゴールデンウルフに体の正面を向けながら、チラッと粉々になった剣の残骸に目を遣る。2本の鉄剣を失った今、仁に必要なものは新たな武器か魔法だった。武器か魔法。その2つだけが仁の心と体を占有し、いつしか溶け合うように1つとなる。ふてぶてしく輝いていた金狼ゴールデンウルフの真紅の瞳がまるで何かに怯えるように小さく揺れた。仁の黒色甲冑の右手の部分が、より深い漆黒に変わっていた。


 仁の右手からバチバチと稲光のように魔力が爆ぜる。それは金狼ゴールデンウルフが放ったような金色ではなく、どこまでも深い漆黒だった。徐々に激しさを増した放電は、いつしか収束して形ある姿をとる。仁の身の内から漏れ出た黒い魔力は、一振りの漆黒の刀となって仁の右手に顕現けんげんした。それは記憶を失う前の仁が黒雷刀と呼んでいたものだった。




 一方、仁と別れたセシルは背後を振り返らず、全力で足を動かした。背後で戦う音が遠ざかり、セシルは寂れた村の木造の平屋の間を進んでいった。ところどころに爪跡や噛み傷のようなものが残っていた。セシルは村の中央を目指した。


 曲がり角の向こうから物音がいくつも聞こえ、セシルは物陰からそっと顔を出して様子を窺う。視界に飛び込んできた光景に、セシルは思わず顔を引っ込めて両手で口を覆った。手の隙間からくぐもった小さな呻きが漏れた。村の中央の広場にはところどころ欠けてしまっている村人たちが集められていた。村人たちの多くは辛うじて生きてはいるが、自力で逃げ出すことは叶わず、一か所に積まれていく。セシルが目を背けているこの瞬間も、狼の魔物たちが続々と村中から村人を咥えて引きずって来ていた。


 セシルは力なく座り込んで細かい呼吸をせわしく繰り返す。いくら落ち着こうと念じたところで、呼吸が整うことはなかった。幼い頃から魔物との戦いを強いられ、凄惨な場面にも出くわしてきたセシルだったが、先ほど目にした光景はおぞましいとしか表現のしようのないものだった。うず高く積まれた身動きできない村人の山に、一匹の魔物が大口を突っ込んで、貪りついていたのだ。セシルの耳が村人たちの呻き声や悲鳴と共に、グチャグチャと咀嚼する音を捉えた。


「うっ」


 セシルは込み上げる吐き気を無理やり飲み込む。


「た、隊長に知らせないと……」


 セシルは助けに行く選択肢を早々に放棄した。体の一部を食いちぎられて餌となっている村人たちが、仮に今すぐ魔物を退けたところでとても助かるとはセシルには思えなかった。それに、そもそもの話、天地がひっくり返ろうとセシルに勝ち目などなかった。村人たちを運んでいる狼は全て銀色だった。そして、それらを指揮するかのように振る舞っている数匹は、金の体毛を持っていた。極めつけに、村人たちを貪り食っている魔物は、同じ色の体毛の金狼ゴールデンウルフより二回りは大きかったのだ。それはもはや狼と呼んでいいサイズではなかった。


「あれはまさか、金狼王ゴールデンキングウルフ……」


 セシルはがたがたと震える自身の肩を掻き抱いた。仁が戦っている金狼ゴールデンウルフは群れのボスなどではなかったのだった。セシルは生まれたての小鹿のような足腰に鞭打ち、気付かれないうちにこの場を離れようと一歩を踏み出す。


「や、やめて……!」


 震えるようなか細い女性の叫び声がセシルの鼓膜を揺らした。直後、赤子の泣き声が響く。セシルは物陰の向こうでこれから起こるであろう悲劇の続きを脳裏に描き、きつく目を閉じた。


 次にセシルの耳が捉えたのは、凛々しくも甘い、澄んだ少女の声だった。


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