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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第六章

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6-10.奴隷騎士

「ジン。いえ、ジーク。待っていたわ」


 仁が地下室に入ると、コーデリアが手元の書類から目を離して仁を出迎える。


「なかなか似合っているじゃない」


 仁は全身甲冑に似合うも似合わないもないだろうと思ったが、口には出さない。


「その黒色甲冑はわたくし専属の奴隷騎士隊、正式名称、帝国軍遊撃騎士隊の証。大切になさい」


 コーデリアは満足げな笑みを浮かべると、壁際に立っている痩せ細った少女を近くに呼び寄せる。少女は肩甲骨の辺りで乱雑に切り揃えられたくすんだ青髪を揺らしながら、ふらふらと力なく歩み寄った。


「ジーク。この者はセシル。あなたと同様にわたくしの奴隷で、あなたの部下となる奴隷騎士よ。セシル。ジーク隊長に挨拶なさい」

「は、はい。ジーク隊長。セシルと申します。せ、成人前の若輩者にございますが、僅かながら光魔法の心得がございます。ご指導ご鞭撻のほど、よ、よろしくお願いいたします」


 セシルと呼ばれた少女は垂れ目を伏し目がちにしながら、緊張した面持ちでたどたどしく言葉を紡いだ。仁は兜の隙間から幸薄そうな少女を眺める。


「セシルには行く行くは護衛も兼ねてわたくしの身の回りの世話もさせるつもりよ。存分に鍛え上げて立派な騎士にしてちょうだい」

「ご主人様。お言葉ではありますが、やはり俺に隊長が務まるとは思えないのですが……」

「その問答は終えたはずよ。記憶をなくしていても、体が戦い方を覚えているはず。あなたの実力はわたくしが保証するわ。さあ。わかったらそこに跪きなさい」


 仁は戸惑いを覚えながらもコーデリア逆らうことができず、言われたように片膝をついた。コーデリアがユミラから受け取った直剣を握りしめ、仁の前に差し出す。仁はセシルとユミラが見守る中、装飾の施された鞘に収まった剣を両の手のひらの上に載せて恭しく受け取る。


「ジーク。今この時より、そなたは栄えある帝国騎士の一員となったわ。加えて、帝国軍遊撃騎士隊、隊長に任命する」

「謹んでお受けいたします」


 仁が手にした剣を見つめていると、コーデリアはすまし顔を崩して喜色を浮かべた。


「ようやくわたくしだけの騎士を得ることができたわ」


 コーデリアの釣り目が柔らかく細められ、視線が仁からセシルに移る。


「セシルも早く甲冑が纏えるように精進なさい」

「は、はい……」


 セシルは遊撃騎士隊所属の騎士見習いとして扱われるようだった。セシルは騎士の証たる全身甲冑を着ることができないため、一般的な帝国兵士に支給される軽鎧を黒塗りにした鎧が与えられた。セシルはユミラに手伝われながら黒の軽鎧を身に着ける。黒い鎧はセシルの細い手足の青白さを際立たせていた。


「あなたたちは奴隷と言えど、わたくしの奴隷騎士。きちんと働けば食事の量は保障するわ。しっかり食べてしっかり働きなさい。まずは武器庫に行くわよ。付いてらっしゃい」


 仁とセシルは颯爽と地下室を出て行くコーデリアの後に続いた。




「ジーク、セシル。脇に寄りなさい」


 地下室を出て赤い絨毯の上を進んでいると、通路の向かいから2人の銀甲冑の騎士を引きつれた赤色甲冑の男が歩いてきていた。赤い甲冑には金の装飾が施され、男の背には豪勢な金色のマントがひるがえっていた。仁は胸の奥に仄かな疼きを感じながら、通路の壁際に沿って立ち、右の拳を胸に軽く叩きつけて敬礼の姿勢を取る。仁の隣でセシルが慌てて仁の行動を真似た。


「コーデリア。そいつらは何だ」


 赤色甲冑の男は仁とセシルに順に視線を送り、セシルの首の辺りで目を止めた。セシルが身を硬くする。


「これはガウェイン兄様。ご機嫌麗しゅうございます」

「なぜ奴隷風情が兵士の真似事をしている。それに、その黒い甲冑は何だ」


 ガウェインはまなじりを吊り上げ、コーデリアを睨みつける。コーデリアは鋭い眼光を受けても怯むことなく、微笑を張り付けた。


「あら。ガウェイン兄様はまだご存じではありませんか? この者たちは皇帝陛下の許可を得て新設した、わたくし専属の遊撃騎士隊ですわ」

「ふざけるな!」


 ガウェインは怒鳴り声を上げてセシルを指さす。セシルは目を閉じて歯を食いしばる。


「この奴隷風情が騎士だと! コーデリア。貴様は帝国騎士を貶めるつもりか!」

「この者は正式にはまだ騎士見習いですわ」

「そういうことを言っているのではない!」

「ガウェイン兄様、気をお静めください。わたくしにそのような意図はありませんわ。それに、この者たちは騎士と言っても奴隷騎士。功を立てて正式な騎士として取り立てることはあっても、現段階での地位は一段下ですわ」


 コーデリアは激高するガウェインとは打って変わって微笑を絶やさず冷静に説明を続けるが、その態度は火に油を注ぐものだった。


「何が奴隷騎士だ。ふざけるな! オレは認めん!」

「ガウェイン兄様がお認めになられずとも、皇帝陛下はお認めになられていますわ」

「ならば、父上に意見して許可を取り下げてもらう!」


 コーデリアに背を向けて来た道を引き返そうとするガウェインに、コーデリアの溜め息が投げかけられる。


「ガウェイン兄様。お待ちください。今は余計なことはなさらぬ方がよろしいのでは?」

「何?」


 ガウェインが足を止め、振り返る。コーデリアを睨みつけるガウェインの眉間には深いしわが何本も刻まれていた。


「ガウェイン兄様主導で行われたメルニールとの戦争はたった1日で大敗を喫し、第一騎士団長を初め、兵士のみならず多くの騎士を失ったと聞きましたわ。それに噂ではルーナリア姉様の召喚した勇者の逃亡のきっかけを作ったのもガウェイン兄様とか。今回のいくさではその勇者のために甚大な被害を被ったそうですわね。そんな失態続きのガウェイン兄様が皇帝陛下に意見具申などして、お立場は大丈夫なのですか?」

「メルニールでは後れを取ったが、都市国家を2国落とした!」


 コーデリアはわざとらしく小首を傾げた。


「その2国も主力を早々にメルニールに向かわせたために反抗活動が活発になっていると聞きましたわ」

「うるさい! これまで大した役目を任されることのなかった貴様に何がわかる! 妾の娘なら妾の娘らしく正室の長男であるオレにただ頭を垂れていればいいのだ!」


 噛みつかんばかりの剣幕のガウェインを前に、コーデリアは満面の笑みを浮かべる。


「それに関してはガウェイン兄様に感謝していますわ。ルーナリア姉様が大役を外されてメルニールに赴くことになったのはガウェイン兄様の失態のおかげ。そのおかげで、妾の子にすぎないわたくしが自らの騎士隊を持てるようになったのですから」

「貴様!」


 ガウェインが腰の剣に手を当てる。おろおろと状況を見守っていたガウェインの部下の騎士たちがガウェインを制止するが、ガウェインは2人を跳ね除けた。ガウェインが剣を抜き放って剣先をコーデリアの首に突きつける。その直前、黒い影がコーデリアを庇ってガウェインの前に立ちふさがった。ガウェインの剣が黒色甲冑に当たって甲高い金属音を響かせた。


「貴様! 奴隷風情がオレの邪魔をするな!」

「ご主人様をお守りするのが奴隷の務めですので」

「第一皇子であるオレに刃向うつもりか!」

「俺の主人はあなたではありません。コーデリア第二皇女殿下です」


 奴隷である仁に口答えをされたガウェインの顔が怒りで赤く染まる。ガウェインは剣を高く振りかぶった。


「ガウェイン兄様、お待ちください。ガウェイン兄様もわたくしの騎士ジークも、どちらも同じ帝国騎士。であるならば、いさかいは正式な決闘で決するべきですわ。わたくしたちはこれから武器庫に向かうつもりでしたし、ちょうど良いので騎士の訓練場で片を付けてはいかがですか?」

「オレはこいつも騎士とは認めていない! 今ここで首を落としてくれる!」

「ですから、ジークは皇帝陛下に認められた騎士だと言っているのですが、わからないお人ですわ」


 コーデリアが溜め息交じりに言うと、ガウェインは口から歯を覗かせて、ぎりぎりと強く噛みしめる。


「それとも負けるのが怖いのですか? 上級騎士が騎士より下級の奴隷騎士に負けては、それこそ面目丸潰れというもの。ガウェイン兄様が恐れるのもわかりますわ」


 ガウェインは目をカッと見開き、振りかぶった腕をそのまま下ろす。


「いいだろう。決闘に応じてやろう。ただし、死んでも知らんぞ」


 ガウェインは血走った目で兜越しに仁の目を睨みつけると、きびすを返した。


「オレも暇じゃない。さっさと行くぞ」


 大股で歩を進めるガウェインを、2人の騎士が慌てて追いかける。仁はガウェインの背中を眺めながら、胸の奥が強く疼くのを感じていた。


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