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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第六章

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6-5.賭け試合

「参り申した!」


 ロゼッタに亜竜の槍(ワイバーンスピア)の穂先を喉元に突き付けられたクランフスは武器から手を離し、両手を頭の後ろに回す。ロゼッタは槍を引き、石突で地面を突いた。


「なかなかのお手前でした。ですが、我らがジン殿に挑むには圧倒的に力不足。望みを叶えんと欲するならば、まずは自分に勝てるよう己を鍛えて出直しなさい」


 酔いを感じさせない凛々しい表情で仁王立ちするロゼッタに、観客から歓声が上がった。


「これが白槍はくそうの戦いぶりか」

「さすが、あのマークハルトを倒しただけのことはあるな」

「ロゼッタさん、超かっけーっす!」

「お姉さまー! こっち向いてー!」


 ロゼッタに賛辞が贈られる中、クランフスは大剣を拾ってすごすごと退散していく。決して一方的な戦いではなかったが、酔いに任せて大胆に攻めるロゼッタの技の冴えは、整った容姿も相まって、観る者に凄みを感じさせた。


「さあ。他に自分を倒して望みを叶えようという者はいないか」


 ロゼッタが周囲に集まった人だかりを見回す。興奮に沸く観客の中にどよめきが生まれた。


「え? ロゼッタさんに勝てば、望みを叶えてくれるのか?」

「今そう言ったよな。勝てばお願い聞いてもらえるってことでいいんだよな」

「マジか。じゃあ、あんなことやこんなことしてもらったりできちゃうわけか」

「結婚してくれ!」

「俺、ちょっと戦ってみようかな……」

「ばっか。お前なんかが勝てるわけないだろ。さっきの戦いぶり、見てなかったのかよ」

「お姉さまになら、ぶたれてもいいかも……」

「むしろ、痛めつけられたい……!」

「結婚してくれ!」


 男女問わず大いに盛り上がりを見せる中、一人の青年が進み出た。青年はおずおずと手を挙げる。


「あの。あなたに勝てば願いを叶えてくれると言うのは本当ですか?」

「うん?」


 ロゼッタは視線を空に向け、一瞬押し黙る。


「うむ。武人に二言はない」


 ロゼッタは視線を下ろすと、青年の目をまっすぐ見つめて言い切った。


「なあ、兄ちゃん。なんか話が変わってきてねえか?」

「まぁ、酔っ払いのすることですしね……」


 仁はロゼッタを止めようかとも考えたが、ロゼッタの生き生きとした表情を見ているうちに、何か問題が起こるまで見守ろうという気になっていた。


「じゃあ、俺が勝ったら、俺とデートしてください!」

「いいだろう。自分は奴隷の身(ゆえ)、主人の許可は必要になるが、自分に勝つことができれば頼んでみるとしよう」

「あ、ありがとうございます!」

「そのセリフは自分に勝つまで取っておくんだな」

「はい! では、行きます!」


 青年は腰の直剣を引き抜くと、雄叫びを上げながら真っ直ぐに斬りかかるが、ロゼッタは一歩も動くことなく槍で剣を弾き飛ばした。飛ばされた剣が観客の目の前の地面に突き刺さり、小さな悲鳴が上がった。


「さあ。他にはいないか」


 青年は悔しそうに顔を歪ませて、とぼとぼと歩き去った。その後、何人かの男女が欲望を滲ませてロゼッタに挑み、あっという間に返り討ちにされた。


「ジンお兄ちゃん。ミルも行ってくるの」

「え?」


 仁の膝の上でひたすら食べ続けていたミルが、膝から飛び降り、満足そうに膨れたお腹をさすりながらロゼッタの元に駆け寄る。ミルはロゼッタの服の裾を引っ張りながらロゼッタを見上げた。


「ロゼお姉ちゃん。ミルもやりたいの」

「これはミル様。承知しました。同じ四天王でも自分は下っ端。この場はミル様にお譲りいたしましょう」

「やったの! ありがとう!」


 ロゼッタはミルを見守るように後退して、仁たちの視界を遮らないよう、脇にずれた。


「ミルもジンお兄ちゃんの“してんのー”なの。次はミルが相手になるの!」


 ミルはやる気に満ちた表情で対戦相手を探すが、名乗り出る者はいなかった。


「お、おい。どうする?」

「いくらなんでも子供相手では大人げないっていうか」

「いや、でも、ロゼッタさん、さっき自分が格下みたいなこと言ってなかったか?」

「え。もしかして、小さな聖女様って、戦いも強いのか?」

「俺、死にそうなところを助けてもらったんだけど、ミル様、A級冒険者と打ち合ってたぜ」

「マジか。誰か戦ってみてくれよ」

「で、でもさ、ミルちゃんも可愛いけど、ちょっと可愛さの質が違うっていうか」

「結婚してくれ!」

「いやねえ、これだから下品な男たちは。エロいことしか頭にないのかしら」

「頭をなでなでしたいとか、ぎゅーって抱きしめて、もふもふしたいとか、いろいろあるじゃない」

「そ、それもそうか。や、やるか?」

「結婚してくれ!」


 大人たちがわいわいと盛り上がる中、一人の少年が観客の輪から抜け出す。少年はスラムの出なのか、頭から被るだけのボロボロの麻の服を着ていた。痩せた手には木の棒が握られている。


「ミルちゃん! 僕が勝ったら、キ、キスしてください!」

「それは嫌なの」

「え……」

「キスは大好きな人としかしちゃいけないって、おかーさんが言ってたの」


 ミルは腰の後ろに差した形見の短剣を抜き放ち、逆手に持って構える。


「さあ、始めるの!」

「ま、待って! じゃ、じゃあ、せめてデートだけでも!」

「それも嫌なの。お出かけするならミルはジンお兄ちゃんと一緒がいいの」


 少年の顔が絶望に染まる。もはや少年に戦う意味などなかった。


「なあ、兄ちゃん。ミルの嬢ちゃんが少年の心をへし折ってるんだが」

「ミルに悪気はないですよ。それに、貞操観念がしっかりしてるのはいいことです」


 仁は上機嫌で答える。ガロンが苦笑いを浮かべて肩を竦めた。


「じゃあ、こっちから行くの!」


 ミルが前傾姿勢を取ると、顔を青くしていた少年は木の棒を投げ捨てて泣きながら走り去った。ミルはなぜ少年が逃げ出したのか理解できず首を捻るが、何かしら納得がいったのか、短剣を鞘に収める。


「ミルは戦わずして勝ってしまったの。さすがジンお兄ちゃんの“してんのー”なの」


 ミルは満足げに頷くと、次の獲物を求めて周囲を見回す。何人かの少年がミルの視線を受け、青ざめた表情で首をぶんぶんと横に振った。


「だ、誰もいないようだし、ミルちゃんがかわいそうだから、俺が相手してあげようかなあ」


 観客の中から若い男の声が上がる。それは大根役者の棒読みのような声だった。ミルが声の主を探すように視線を巡らす。


「おい。今の声って」

「ああ。俺も気付いた」

「誰彼かまわず求婚してた奴だよな」

「ああ。そうだ。誰かそいつを捕まえろ!」

「そいつ、小さな聖女様の体目当てだぞ!」

「その変態をミル様の元に行かすな!」


 辺りが喧騒に包まれ、若い男の悲鳴が響く。ミルはその場に所在なげに立ち尽くしていたが、しばらくすると、とぼとぼと歩き出す。再び仁の膝の上に腰を下ろしたミルは、つまらなそうに唇を尖らせていた。仁はミルの頭を優しく撫でた。


 些細な騒動はあったものの、特に大きな問題が起こることなく、昼過ぎから始まった祝勝会という名のどんちゃん騒ぎは日が落ちても続いた。辺りが暗くなるにつれ、照明の魔道具から放たれる色とりどりの光が日中とは違う景色を作り出す。なかなか席に戻ってこないロゼッタを心配して仁が声をかけに行くと、ロゼッタは立ったまま眠っていた。とても幸せそうな寝顔だった。


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