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奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~  作者: Takachiho
第六章

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6-4.祝勝会

「それにしても、ガロンさん。さっきのは何だったんですか?」

「うん?」


 花見の酒宴会場のように広場の芝生に敷かれた魔物の革製シートの上に、様々な料理や飲み物が置かれていた。仁たちが連れてこられた席はマークソン商会が用意したもので、仁たちの他、リリーとマルコ、交流の深いガロンたち“戦斧(バトルアックス)”の面々が集まっている。その近くの席には、ミルと親交のあるファムたちスラムの孤児と、ヴィクターやフェリシアなどが呼ばれていた。当然ながらマークソン商会の商人たちの一席も用意されていて、仁たちは今更ながらリリーの両親と挨拶を交わしたのだった。


「魔王だの勇者だのってやつですよ。なんであんなに知れ渡っているんですか? 俺だけじゃなくて玲奈ちゃんたちもですけど」

「ああ、そのことか」


 酒を豪快に流し込んでいたガロンがグラスを床に置くと、給仕をしてくれているマークソン商会の使用人に追加の酒を注文する。


「いやな、帝国に対しては魔王だってアピールしておいて、メルニールの住人が知らないってなると、辻褄が合わなくなるだろう? ただ、兄ちゃんが魔王だってことだけを喧伝すると昔の魔王の言い伝えと混同して兄ちゃんたちに悪感情を抱く奴が出てくるかもしんねえ。だから、初代様が当時魔王とされていた勇者の仲間だったっていう事実を明らかにし、兄ちゃんや嬢ちゃんが今の世代の勇者かもって噂を流したのさ。街の内外で兄ちゃんの戦いぶりを見た奴らや、嬢ちゃんたちに助けられた連中が嬉々として話題にしてたんで、あっという間に広まったみてえだな」


 ガロンは給仕からグラスを受け取って持ち上げると、一気に傾けた。仁は開戦の日の翌日以降、無用な混乱を招かないために目立たないよう過ごしていたので、このような状況になっているとは思っていなかった。


「いやぁ、兄ちゃんの魔王っぷりが見られなくて残念だったぜ」

「そんないいものじゃないですよ」

「ミルも見たかったの!」


 仁は自分の膝の上で好物の串焼きを頬張っているミルの頭に手を置いた。仁の左隣に陣取ったリリーが体を倒して仁の肩に頭を乗せる。


「ジンさーん。えへへー。わたしもー魔王様なジンさんー、見たかったれすー」

「リリー、大丈夫? ちょっと飲み過ぎじゃない?」

「大丈夫れすー。全然酔ってないれすよー」

「うん。完全に酔っぱらってる人のセリフだね」


 仁は呂律の回っていないリリーにツッコミを入れる。元の世界では未成年だからという理由で、仁はこちらの世界でも飲酒したことはなかったが、かつて召喚された際に酒場や飲み会で酒に酔って前後不覚になった仲間たちの相手を幾度となくさせられていた。


「ジンさんもー飲めばいいのにー。お酒、おいしいれすよー」


 リリーはおもむろに体を起こすと、グラスを手に取った。


「わたしがー、飲ませてあげますー」


 口の中に酒を含んだリリーが唇を尖らせて仁に顔を近づける。酔って上気した頬が、リリーの色気を際立たせていた。仁の視線が目を瞑ったリリーの唇に吸い寄せられる。仁の喉がごくりと鳴った。


「仁くん?」


 顔を左に向けたまま固まっている仁の右から殊更高い玲奈の声が聞こえ、仁の背筋が伸びる。


「リ、リリー。正気に戻って!」


 仁がリリーの肩を掴んで軽く揺らすと、口内の酒を喉へ流し込んだリリーは不満げな表情を浮かべた。


「もう。ジンさんは意気地なしれすねー」


 仁が苦笑いを浮かべていると、一転してリリーの顔がふにゃっと崩れた。


「でもー、そんなジンさんもー、わたしは大好きれすよー。えへへー」


 リリーは体を左右に揺らしながら、なみなみと酒の注がれたグラスを両手で握るように持ち、口を付ける。


「ジン殿。酔ったリリー様も大変可愛らしいですが、ジン殿はもっとレナ様とイチャイチャすべきです」

「え」

「レナ様もレナ様です。最近のリリー様のアピールは目を見張るものがあります。このままでは大切なジン殿を取られてしまいますよ?」


 仁と玲奈は揃って困惑の表情を浮かべる。玲奈の右隣り座って静かにグラスを傾けていたロゼッタの表情は素面しらふのときと変わりがなかった。


「ロゼ。酔ってるようには見えないけど、実は顔に出ないだけで、けっこう酔っぱらってたり?」

「ジン殿。今はそのような話をしているのではありません。ジン殿とレナ様の話をしているのです」


 ロゼッタは仁と玲奈の方に完全に体を向けると、いつになく厳しい表情を見せる。


「ジン殿。以前、お二人でとこを同じくしたとき、なぜレナ様に手を出されなかったのですか? 健全な男子であるならば、隣にこんなにも魅力的な女性が寝ていたら、悪戯の一つもしたくなるものでしょう」


 仁が横目で玲奈の様子を窺うと、飲酒していない玲奈の白い肌にほんのりと朱が差していた。


「悪戯と言えば、レナ様。何ですかあの幼稚な悪戯は。成人男子相手なら脇腹よりも、もっとつつくべき場所があるでしょう」

「え。ど、どこ? って、ロゼ、起きてたの!?」


 玲奈のピンク色の頬が瞬間沸騰したかのように赤く染まる。


「ジン殿もジン殿です。ジン殿もつつかれたのならつつき返すくらいの気概がなくてどうするのですか。いっそのこと突き入れてしまうべきでした」

「ど、どこに!?」


 仁が反射的に声を上げると同時に、仁たちの席の外からざわめきが上がった。何事かと目を向けると、武装した冒険者風の男が周囲の制止を振り切って、まっすぐに仁たちの元へ向かって来ていた。


「英雄、ジン・ハヅキ殿! 拙者はB級冒険者、クランフスと申す。ゆえあってメルニールを離れており、故郷の危急に間に合わない恥を晒し申した。故郷の存亡の危機を救っていただいたことに最大限の感謝を! しかし! 拙者は噂に聞く英雄殿の力に疑問があり申す。およそ常人とは思えぬ力を真にお持ちであるならば、拙者と立ち合い、群衆の前で証明してみせられよ!」


 クランフスと名乗った大柄の男は身の丈ほどもある大剣を地面に突き立てた。様子を見守る住人たちがざわざわと声を上げる。


「なんだ、あいつ。俺らの英雄にケチ付けてんのか?」

「危険が去ってからやってきて偉そうに」

「俺はこの目でジンさんの活躍を見たんだ。ジンさんがいなかったら本当にヤバかったんだぞ。わかってるのか?」


 周囲の人の反応は総じて仁たちに好意的なものであったが、祝いの日には相応しくない剣呑なものでもあった。仁はこの場をどう収めるべきか頭を悩ませる。


「ジン殿。ここは自分にお任せください」

「え?」


 話を中断されたことに腹を立てているのか、ロゼッタは仁が静止するより早く槍を手にしてクランフスの前に立ちふさがった。周囲の人々は2人を中心に半円を描くように後退し、仁たちの座るシートの前面に舞台が整った。


「この祝いの席に水を差す無礼な輩など、ジン殿が出るまでもない。C級冒険者パーティ、戦乙女の翼(ヴァルキリーウイング)所属。ジン殿が四天王の一人、白槍はくそうのロゼッタがお相手いたす!」


 ロゼッタが亜竜の槍(ワイバーンスピア)をくるくると回し、穂先をクランフスに向けて構える。


「なあ、兄ちゃん。戦乙女の翼(ヴァルキリーウイング)って1人増えたのか?」

「いえ、増えてませんよ」

「それに、兄ちゃんの主人の嬢ちゃんが四天王ってのもおかしいよなあ。てことは、他に、ミルの嬢ちゃんしかいなくねえか?」

「いや、俺に言われても……」


 不思議そうに疑問を投げかけるガロンに投げやりに返しながら、仁はロゼッタが完全に酔っぱらっていることを確信した。


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