第一話 二代目
第一章 二代目
小学校生活も今年で五年目を迎えようとしていた。
今は春休みで学校の友達もどこかに家族旅行へ行ったりと中々に忙しい生活を送っているみたいだ。
だが、夏休み、冬休みと違ってこれと言った課題も少なく、僕たちからしたら遊ぶことがたくさんできる長期休暇となる。
やっぱり、長期のお休みで一番課題が出されるのは夏だ。
それはいつの時代も変わらないみたいである。
父さんに聞いても夏休みは課題がたくさんあって特に、自由研究の蝉の抜け殻集めが大変だったらしい。
どうして自由研究をそんなめんどくさいものにしたのかは分からないが、最終的にゴミ袋10袋分集めてその日のうちにゴミに出したらしい。
なんとも無駄な時間といわざるを得ない。
僕の夏休みの自由研究は比較的簡単なもので済ませたいということで自宅にいながらできる植物の観察日記にした。
ただ、その植物というのが【サボテン】である。
手のかからない植物として知られるサボテンだが、その花がきれいだということを母から教えてもらったことがきっかけで育ててみることにした。
しかし、夏休みに買ってからすでに半年以上たつにもかかわらずその花の姿を僕が拝む機会は一度たりともきていない。
春休みの宿題は四年生の復習であり、算数や国語といったドリルを解くだけの簡単な宿題である。
それなのでそんなめんどくさいものは先に終わらせておくのがよいと考え、僕は宿題をもらったその日に終わらせた。
合っているか合っていないかはわからないけど、それでも終わらせることに意味があるものだと自分で解釈している。
これといってやることもないので今日も漫画を読んだり、撮りためているドラマやアニメを見たりという日になりそうだ。
両親はもちろんいない。
今日は週初めの月曜日で今朝両親は仕事へといった。
そのため、今は僕一人だけが家にいて、今は自分の部屋でゴロゴロしている。
朝は全員で食べると決まっているので朝は早めに起きて僕も手伝いをさせられている。
春休み中は昼は一人で食べることが多い。
父さん、母さんが休みの日は外食に行くこともあるが、どちらか片方が会社のときは自宅で母さんが残してくれた料理を食べるようになっている。
父さんは料理ができず、僕は子供だからと言って一人のときと父さんと二人のときは母さんに料理をさせてもらえない。
おばあちゃんがいたときはおばあちゃんのために僕が料理をよくしていた。
そのときは母さんも何も言わなかった。
だから、僕は料理ができないのではなく料理をさせてもらえないということになる。
「おい、ガキ。いつまで現実逃避しているんだ? お前のばあさんはもういないし、俺がしゃべってるのも夢じゃないんだぜ?」
先ほど言ったことを撤回する。
今現在、僕の部屋には僕と一匹の狸がいる。
おばあちゃんのお葬式で僕に話しかけたあいつだ。
幸いにも今家には誰もいない。
それなら、たっぷり話せるな。
「うるさい、馬鹿狸。あのときはお前のせいで親戚のおじさんたちに変な風に見られたんだぞ!」
そう、この狸の声は僕にしか聞えない。
だから、この狸しゃべってるよ! 何て言おうものなら周囲からの目は明らかに冷え切ったものになる。
そして、その冷え切った目と同時に放たれる……いや、細々と聞えてくる言葉は『ハルもばあさんと同じで変になっちまったのか?』であった。
「ばあさんは俺達にとっていなくっちゃいけない存在だったんだ。本当なら人間の世界なんてとっとと捨てて俺達の世界に来いって何度も言ったんだぜ? それなのにあのばあさんときたら【何、馬鹿なこと言ってんだい】っていつも俺達のことをあしらってよ……そんなんだから人間からは死んだあとも陰口を言われ続けるんだ」
「馬鹿狸、おばあちゃんは本当に僕みたいに動物の声が聞えていたのか?」
周囲の誰もが避けていて、逃げていた、パンドラの箱。
去年、おばあちゃんにそのことを聞いてから一度も言わなくなった言葉。
それでもこの狸に聞いた理由は、僕があのとき聞けなかった真実を知りたいと思ったからだ。
動物が好きで、優しくて、いつも僕のことを気にかけてくれていたおばあちゃん……そんなおばあちゃんを僕はおかしいとは一度も思わなかった――思えなかった。
だから、聞いた。
だから、知りたかった。
おばあちゃんが変な人だという事実を……みんながいう事実を虚偽にしたい。
僕だけが知る真実を見つけたかった。
「お前、ばあさんから何も聞いていなかったのか? いつも金魚の糞みたいに一緒にいたからそれぐらいのことは知っていると思ってたよ」
「おばあちゃんに去年動物と話ができるのって聞いたんだけど、答えてくれなかった。それに夢とはいえ狸と話せる機会なんて滅多にないんだから話しても損はないだろ?」
「夢じゃねぇよ。お前は間違いなく俺達動物と話すことができる人間になっている。ばあさんもそうだったが、ばあさんの息子でなく、まさか孫にその能力が移るとはな」
「移る? どういうことだ?」
「ばあさんの葬式のときに聞いたろ? お前ばあさんから何か託されたな? って」
「おい……てことはまさか」
「そう、ばあさんがお前に託した物というのは唯一つ。【動物と話せる能力】だ」
具体的なものではなかった。
能力……一言で言ってしまえばそれだけで済むような話である。
だが、どのようにしてその能力を僕に移したのか、いつ移したのかを僕は知らない。
「お前の様子を見る限り能力を受諾したわけではないみたいだな。じゃあ、質問を変えるか……ばあさんから動物と話せるようになりたいか聞かれたことはあるか?」
僕がおばあちゃんに動物と話せるかと尋ねたときにおばあちゃんは言った。
「ハル君は動物さんとお話できるようになりたいのかい?」
「あれか!!」
「おぉ、ビンゴ。それっぽいな。だったら、話は早い。お前それが何時ごろだったかはどうでもいいとして最近【声を多く聞くこと】はなかったか?」
意味が分からなかった。
そもそも、そんな日本語普通の日常生活で聞くことはまずないだろう。
声を多くというのは【人の声が二重に聞える】ということなのか?
「あ~テンぱってるな。これはどうだ? 【声がして振り向いたら誰もいないということ】はなかったか?」
「……………………あっ、そういえば三ヶ月前から週一で似たようなことがあったような気がする」
「幸せだな。お前はばあさんに愛されていたな」
「どういうことだ?」
「通常、【仲介屋の能力】というのは仲介屋が死んですぐに次の代に引き継がれるんだよ。お前の場合はすぐではなく、驚かないように時間をかけてゆっくり馴染ませて能力の転移をさせている」
「ちょっと待てよ! 【仲介屋の能力】って何だ? おばあちゃんってただのおばあちゃんじゃなかったのか?」
「ちょっと待ては俺の台詞だ。お前、まさかばあさんが仲介屋ってことを知らずに能力の受諾をしたっていうのか!?」
「知らないよ! 仲介屋って何? おばあちゃんって普通の人じゃなかったの?」
「やばい、仲介屋じゃないやつに仲介屋のことを話しちまった……てことはまさか!」
狸が急に慌て始めた。
そして、しばらく僕の部屋をうろちょろしたあとに急にお座りをしてどこからともなく葉っぱを一枚取り出し、口に咥え息をふっと吹きかける。
すると煙が立ち込めてその中から【一人の少年】が現れた。
髪の毛は女の子よりちょっと短いぐらいのショートで麦藁帽子をかぶっている。
服装はこの年頃の男の子が着るような服にしては少し大人びていてポロシャツにデニムという格好だ。
「年齢的に考えるとちょっとその年頃の子供が着る服にしてはおっさんぽくないか?」
「口の悪いガキだ」
「じゃなくて、さっきの馬鹿狸は!?」「馬鹿狸ではないが、さっきの高貴でかっこよすぎる狸は俺だ。俺の名は【鳳雅】っていうんだ。これでもざっと五〇〇年は生きている」
……あれ? 狸ってそんなに生きる生き物だっけ?
僕の記憶の中では動物はそんなに長く生きるような動物はいないはず……。
「おい、でたらめ言うな。動物はそんなに生きないだろうが」
「いや、事実だ。俺は狸の中でも特別なやつでな。世間一般からは【化け狸】と呼ばれている。動物というよりは妖怪に近い存在だ。俺は暇つぶしに人間に化けて人間とも話せるようなやつだぜ? 特にお前やばあさんみたいに能力を持っているやつから持っていないやつまで話すことができる」
「ポン吉思ったよりできるやつなんだな」
「ポン吉? まさかそれは俺のことじゃないだろうな?」
「狸っていったらポンっていうイメージだから諦めてくれ。それとも馬鹿狸の方がいいか?」
「鳳雅とは呼ぶつもりはないんだな?」
「ない」
「仕方ない、【主人】には逆らえないな」
主人?
そういえばどうしてこの狸は急に狸の姿から人間へと化けたのだろう。
そういえば、仲介屋という存在を知らない僕に仲介屋のことを話したって言ってたし……もしかして、
「なぁ、もしかして仲介屋のことを知らないやつに仲介屋のことを話すと主従関係が生まれるのか?」
「クッソ、このガキ気づきやがった」
どうやらそうらしい。
おばあちゃんはこのことを知っていたのだろうか?
「お前のばあさんがお前に仲介屋の仕事を教えなかったのはワザとだ。あのばあさん賭けに出やがったんだ」
「どういうこと?」
「名前」
「え?」
「名前を教えろ」
「あっ、ハル」
「ハルか……ちっ、よろしくな」
舌打ちされた。
どうやら僕が思っている以上にポン吉は主従関係がいやらしい。
小学生に使われる500歳を超える化け狸と考えれば当然なことではあるか。
「それで? おばあちゃんが賭けに出たって何?」
「あのばあさんはハルの事がよほど大切だったんだろうよ。初めは俺も仲介屋の仕事を引き継いでいるとはいえ小学生がやるのはどうかと思っていたんだ。だが、それどころかド素人がやるってのはさすがにあっちゃいけないことだ。依頼人の望みを叶えることなんてできないからな。だが、俺が協力したやるとなると話がまったく別のものになる。仲介屋ってのは基本的には一人で行う仕事だ。人間と動物の間に入れる唯一の存在……つまりは、ばあさんやお前みたいな存在だ。そこまではいいか?」
「仲介屋って動物と人間の橋渡しみたいな感じなの?」
「まぁ、合ってると言えば合っている。重要なのは仲立ちをして【バランス】を維持しなくっちゃいけないということだ」
「ん? どういうこと?」
「そうだな、例えば人間の食料と猫の食料で考えろ。食う量は当たり前だが違うな? だが、人間にあげる量と猫にあげる量を同じにしてしまったらそれはバランスが釣り合わない。そこでバランスだ。人間にも満足な寮、猫にも満足な量というのがバランスだ。多すぎても少なすぎてもいけない」
「てことは僕にとってのおにぎり一個を猫にあげてはいけないということ?」
「まぁ、そうは言っても依頼内容でずらしたりしなくちゃいけないんだけどな。初めはそれが分からない仲介屋が多すぎるんだ。どちらかに肩入れしちまうんだ。人間なら特に人間にな。そして、依頼内容によっては依頼主に肩入れしちまう。仕事としてはそれでいいかもしれないが、仲介屋の仕事として考えたらそれじゃいけない。いいかハル、お前は【二代目仲介屋】としてこれからやらなくちゃいけないんだからそのことだけは最低限頭に入れておけよ?」
ポン吉は難しい話を始めていたが、僕には言わなくちゃいけないことがある。
そもそもこの能力が目覚めてポン吉と話したときにすぐに言わなければいけないことだったのかもしれないが、ここではあえて仲介屋という言葉を使っていうことにした。
「えっとね、仲介屋やるつもりないんだけど」
「……………………………………………………は?」
「いや、だって僕継ぐなんて一言も言ってないし、そもそもやりたいとも言ってないし……」
「じゃあ、どうしてお前にその能力が移ってるんだよ」
ポン吉は驚きすぎたのか先ほどと同じように煙に包まれ元の姿に戻ってしまった。
「そんなの僕が知りたいよ!」
「普通は仲介屋として認めたやつに先代から能力が譲渡されるという一連の流れがあるんだよ!」
そんなことを言われてもそんなこと僕が知るはずない。
おばあちゃんが動物と本当に話せていたかも知らなかった僕がいきなり仲介屋をやれと言われてもそんなのできるはずがない。
今なら引き返せる。
ただ、おばあちゃんと同じで人よりも雑音の多い人生になることは間違いない。
そして、この能力があると他の動物たちに知られたら僕を探してくる動物たちもいるかもしれない。
そうなったら僕に平和な日常というのはもう二度と約束されない。
「ハル、こうなったら言っておくがお前には嫌でも仲介屋になってもらうぞ」
「お断りします」
「口調を丁寧にしても無駄だ。お前は俺の主なんだ。だったら俺の言うことは聞いてもらう」
「いや、それは意味が分からないよ。それを言うなら僕が主なんだから僕の言うことを聞いてもらうというほうが正しい」
「残念ながらこればかりは違う。【仲介屋規則第百一項 主が仲介屋の仕事をしないといった際に従僕は主のことを強制的に仕事をさせる必要がある】という規則がある」
「待てよ! 僕はやるとも言っていない、契約書も何も書いていない状態なのに仲介屋として認識されているということか?」
「仲介屋は【能力の譲渡】が完全にされたときに書面等がなくても正式に仲介屋として認められるんだ。だからこればかりは諦めてくれ。ただ、やらせてしまうという負い目のようなものも少なからず俺も感じているからな……できる限り仕事は少なめに、そして簡単な仕事にしていきたいと思っている。これでも駄目か?」
「……………………どうしてもなのか?」
「あぁ、お願いだ。これはお前にしかできないことだ。二代目、仲介屋ハル」
正直本当にやりたくなかった。
何をやるかもわからないし、おばあちゃんが何を持ってこの仕事をしていたのかも分からない。
おばあちゃんのことだからもしかすると暇つぶしであったり趣味の一環だったのかもしれない。
僕もそれでいいと言うなら……いや、それでもやりたくないな。
動物は嫌いではないが°動物に常に囲まれて生きていたいというほど好きなわけではない。
できるなら自分のこの能力を他の人に譲渡してその人に仲介屋としてやってもらったほうがいいと思うぐらいだ。
「そうじゃん! まだその可能性が残ってた! ポン吉、僕がこの能力を三代目に渡すことってできるのか?」
「できる」
「やった! どうやるの?」
「お前が三代目としてやっていけそうなやつを見つけて仲介屋のことを話して同意を得たらお前が死ねば能力は移動する」
「…………………………」
「どうした?」
「さらっと僕死んでるじゃん! どうしてそういう意地悪言うの? 普通僕がしぬ以外の方法を話そうとは思わない?」
「そんな方法はない。仲介屋の仕事は代々しによって引き継がれるものだ。一子相伝に近いものだ。何せぺらぺらと仲介屋のことを話されるってのは困るからな」
「分かったよ、やるしかないんだな」
「悪いな、だがお前には後悔しないようにするさ。何せ俺がサポートとしてつくんだからな」
自信満々に何言ってやがる馬鹿狸が。
と、内心思ったがこれを言うとまた言い争いになるからその言葉はおなかの中にそっと溜め込んでおこう。
「さっき困るって言ってたが、仲介屋って今は僕だけなの?」
「お前馬鹿か? 流石にそんなわけないだろ?」
「お前一度鍋にして食ってやろうか?」
「おいおい、子供のくせに発想が怖いな。もしかして子供向けではないアダルティなかちかち山でも読んだのか?」
「そんなエッチな感じで言ってもかちかち山はそんな感じじゃないだろ? それにお前ら狸はアダルティな話になったとしても食われてないよ!」
「ほう、知っているのか。最近の小学生は怖いな」
「話を逸らすな。仲介屋が他にいるかいないかを答えてくれ」
ポン吉が僕にこれほど仲介屋になれというのには理由があると思った。
それは仲介屋が他にいないからとすら思うほどだったが、狸の答えは少し違った。
「いる。だが、どこにいるのかは知らない。噂が噂を呼びあの山付近には仲介屋がいて海にはいないとかそんなレベルだ。ばあさんが仲介屋をやっていたときは一度……あった気もするんだが正直覚えていない」
「おばあちゃんはいつから仲介屋だったの? 今の話を聞く限りかなり長くやっていたんじゃない?」
「ん? そんな前じゃないぞ。ばあさんが高校生? とかいうやつのときだったなたしか」
「おばあちゃんは確か九十歳で亡くなってるから…………七十年以上前じゃん! すごい昔じゃん! きっとその人ももう亡くなってるよ!」
「うるさい、うるさい。ギャーギャー喚くな。お前達にとって七十年など長い歳月なのかもしれんが俺達にとってはそんな長いときではない。俺はさっきも言ったが五百年以上は生きているしな」
動物と話しているこの状況で動物が自分の寿命が五百年以上あるというのはどうかと思うが、化け狸なら仕方ないのかもしれない。
だが、化け狸がいるということは仲介屋をやっている間に【他の何か】とも関わってしまう可能性があるというのは頭に入れておかなければいけないことだと思う。
動物と話したことは葬式のときと今日で二回だが、ポン吉みたいないいやつ? 抱けとは限らないしな。
もっと言うとポン吉ですら信じられるわけではない。
第一動物じゃないし……。
「そういえばお前、右手にちゃんと跡は出てきてるな?」
「跡? そんなもの僕はついてないぞ?」
僕の肌は白いと両親から心配されているほどきれいだ。
自慢じゃないけどな。
夏とかは外で遊ぶことも多いから日焼けで真っ黒に焼けてくるからそれはそれで両親に心配をかけることもある。
そんな僕の右手は相変わらずの白……あれ?
「この蝶々みたいな模様は何?」
「仲介屋の証」
右手の甲には朝食時には見えなかった青い蝶々の模様がついていた。
きれいな青で吸い込まれそうなほどだった。
そして、ちょっと動いている。
「どうしてこれは動くの?」
「証は生きているからだ。活きている仲介屋からそいつの死後に別の生きている仲介屋に移る。そいつが動かなくなるというのはその仲介屋が店じまいをしたときだけだ」
「これって僕とかポン吉以外の人に見えるの?」
「視えない。その模様を視ることができるのは同業者と俺のようなサポーター、跡は仲介屋ってことがすぐ分かるようにという意味で動物だけだ」
「じゃあ、万に一つの可能性を信じて僕が仲介屋を見つけられるとすれば模様を見ればいいってこと?」
「そうなるが、中には普通の刺青の人もいるからまずは模様が動いているかを確認することだ。そしてもう一つ、【左手に模様のある仲介屋】には関わるな。おそらく、関わることはないだろうが念のためだ」
「何かあるの?」
「関わらなければいいだけだから知る必要はない」
ポン吉はそれっきり【左手に模様のある仲介屋】については話してくれなかった。
「ちなみにだが、お前の模様は蝶々だな? だから、ばあさんは【蝶々の初代】だったということになる。まぁ、さっきも言ったように同業の仲介屋なんて基本的には会わないからあんま必要ないことなんだけどな」
動物と人間の橋渡し……仲介屋という仕事の存在を知らなかっただけで実際は存在していた。
テレビを見ると動物と話せる人が飼い主さんにペットの気持ちを伝えるという番組をたまに見ることがある。
それは今の僕みたいに本当に話せる人なのだろうか?
そしたら僕はあの人たちみたいになれるということだろうか?
「おい、念のために言っておくが、仲介屋はテレビなんかでないからな?」
「どうして考えていることが分かったの?」
「俺がさっきから同業がいると言う度にお前の目が楽しそうに変わってたからだ。仲介屋は目立ってはいけない。仲介屋の依頼主は十中八九、【動物】だからだ。当たり前だよな? 人間から仲介屋には依頼しない。そもそも仲介屋という仕事を人間は知らないからだ。ハルもそうだったよな?」
そうだった。
父さん、母さんも……僕の友達、先生も、そこら辺の人も……おばあちゃんのように動物と話せる人を見て訝しげな表情をする。
そういった人はまず仲介屋の存在を知らない。
だからこそ、知られてはいけない。
知ることで仲介屋の仕事は大きく変わってしまう。
ただでさえやりたくない仲介屋なのだから目立ってはいけない。
依頼がきたらそれを淡々とこなせばいい。
正確に言うなら、人と動物の仲介屋ではなく、【動物から人間への一方通行の仲介屋】なのだ。
「分かってる気分ではあるんだけどそれは本当に仲介屋っていうのか? バランスも保たれているように思えないんだよ」
「いいんだよ、さっきバランスの話をしたから難しく考えてると思うんだが、動物からの依頼でバランスが崩れるようなことはほとんどない。一番おかしくなるのは【人間から動物への仲介】だ。本来あってはいけないことだが、まったくないわけではない。それも気をつけとくんだな。まぁ、同業の中には【相談所】っていう名前にしてたり、【愚痴処】とかっていう皮肉めいた名前の仕事だったりもするから、【仲介屋】っていう名前にこだわる必要はないぜ?」
「そんなもんなのか?」
「あぁ、そんなものだ。難しく考えるな。ちょっとした脅しもさっきの話には入ってただけだよ」
「あっ、だったら、あともう一つ聞いておきたいことがあった」
「何だ?」
動物の声が聞えるようになってから思っていたことが一つだけあった。
普通なら聞えてくるはずのものが今は聞えない。
もしかしたらこれが正常になってしまった可能性もある。
「どうしてポン吉の声はちゃんとした言語として僕に認識されるの?」
「お前は俺達の声を【鳴き声】として認識することはもうできない。俺達がどんなに声をあげたとしても普通の人間には鳴いているようにしか聞えない。だが、ばあさんやお前は違う。お前たちは俺達の鳴き声を『人間の言語』として聞くことができる。だからこうして会話が成り立つんだ」
「じゃあ、鳴き声はもう二度と聞けないってこと?」
「そういうこと、だから人間同士の会話では人間がどう鳴き声を捉えているか考えないとめんどくさいことになるぜ?」
本当にめんどくさいことになっている。
例えば両親とテレビを見ているとする。
動物の番組がやっていて吠えている犬がいて、何って言ってるんだろうね? 何て母さんが言ったとしたら僕はその犬が伝えたいことを聞き取れてしまうということになる。
ワンワンって言ってるなんていうつまらないことはもう二度と言えなくなる。
言ったら絶対しらけるし、僕には伝えたいことが分かっているのだから複雑すぎる気持ちになる。
待てよ、そもそも声が聞えなかったとしてもワンワンって言ってるなんて僕は絶対言わないな。
そう考えると場の雰囲気に合わせておなかがすいたワンとか言っておけばいいんじゃないか?
「おーい、ハルさーん。もういいかい?」
「あっ、ごめん大丈夫」
「だったら俺からは以上ってことになるかな? 他に何かあるか?」
「うーん、今のところ大丈夫かな?」
「そうか、それなら」
「次は私のお話を聞いてくれるかい?」
ここは僕の部屋だ。
一戸建てで僕の部屋は二回にある。
三月ということでまだ少し肌寒いが、今日は暖かなぽかぽか陽気だったので部屋の窓は開けてある。
網戸は閉めている。
だからか、だから声が聞えてくるのか。
「早速か、簡単な仕事だといいな」
「二代目、蝶々の仲介屋……やっぱり話を聞かせる前に試験をしよう。お前さんが本当に仲介屋としてやっていけるかの試験だ」
姿は見えなかったが何かがいるのは確かだった。
そして、次にこう言った。
「網戸開けな。私が入れない」
「あっ、はい」
僕はそういって網戸を開けるとそいつは上から入ってきた。
いや、上からというのは誤解を招く。
そいつは【隣の家の屋根から】僕の部屋へと飛んできた。
「はじめまして、私は猫ムーだ。他の動物たちからは猫のムーさんって呼ばれている。以後お見知りおきを」
どっかの黄色い熊の丸パクリだろとは言いたくても言えない。
こんなふざけたことを言っているがこの猫は依頼主なのだ。
この猫の種類は一般的には三毛猫といわれる部類の猫だ。
野良猫だと思うけど、しゃべり方とかはなんかお金持ちマダムみたいな感じかな?
おひげがチャーミングなのも特徴だ。
「はじめまして、なんか二代目としてやっていくことになったハルといいます」
「さっきまでの話し方とだいぶ違うねぇ。相手によって態度を選んでるのかい?」
「あっ、いえそういうわけではないんですけど……依頼主さんになる可能性があるということで……」
僕は自分ができる精一杯で依頼主とお話をしてみようという気持ちになっていた。
しゃべり方などは確実におかしい。
敬語もしっかり使えていないと思う。
でも、一生懸命にやってみようと。
「まぁ、鳳雅はお前のサポートだしね。あと、脅かしてごめんね。仲介屋さん、あなたたちは敬語とか畏まらなくていいんだよ。むしろ私たちとは対等って気持ちでいてね。歳とかはたぶん私のほうが下だよ。寿命が人間とは違うからね」
ポン吉が特別なだけでよくよく考えると僕の依頼主はたいてい僕より年下なことが多い。
犬猫なんて得にそうかもしれない。
「ムーさん、僕への試験ってどんなことをやるんですか?」
「こいつがやる試験なんて陰険なものしかないから気にするなハル」
「ふん、言ってな鳳雅。私からの質問は三つだ全部YES、NOで答えられるよ」
試験と言っていたから難しいかと思っていたがそれなら何とかなる気がした。
ただ、それが【人間の常識】で通じるものかと考えると正直分からない。
「第一問、依頼主と仲介屋は書類にて手続きを踏まなければいけない」
「YES」
「第二問、仲介屋は依頼主側につくべきである」
「NO」
「第三問、仲介屋はボランティアなのでお金や報酬はもらえない」
「……NO」
人間の考え方ではあるが、とりあえず答えることができたと思う。
何が正しいかはわからないが、ポン吉との話でもあったことを反映できたはずだ。
「うん、全問不正解よ。ハル君だっけ? 仲介屋の才能ないよ」
「え?」
ポン吉の方を見るとポン吉は目を閉じて何も応えてくれなかった。
「まず第一問。人間じゃないんだから書類なんてあるわけないでしょ? それとも本当にあると思ったの?」
「だったら何を持って依頼をまとめるんですか?」
「記憶よ。膨大な依頼を頭の中にまとめておくの。そうすることで書類なんて必要なくなるでしょ?」
「ですが、もし間違っていたらトいう可能性が!」
「あってはいけないのよ、そんなこと」
ムーがさっきまでの雰囲気とは変わり、【野良猫のそれ】になった。
どうやら、本当のことみたいだ。
「では次、依頼主側につくべきよ。当たり前じゃない。人間と動物の間にあるのは理不尽な事件ばっかよ。私が依頼しようとしてるのももちろんこれだしね」
「ですがバランスという話を先ほどポン吉としました」
「ポン吉? あぁ、鳳雅のことね。確かにバランスも必要よ。でも、さっき言ったように理不尽な事件が多いの。つまり、元のバランスに戻すという意味で依頼主側につくのが普通よ」
「そう……なんですか」
納得はいかなかった。
それはもしかしたら僕がまだ依頼を一度も受けていないからかもしれない。
依頼を受けることで今の考えも変わるかもしれない――。
「で、最後ね。仲介屋はボランティアよ。あなた方人間からしたら仕事思われるかもしれないですが、私たちからしたら理不尽な事件をこうむった私たちの世界を取り戻すために手伝ってもらってるっていうのが正しいの。だからボランティアよ? 分かったかしら?」
「だったら、今回の依頼話ということでよろしいですか?」
ここまでボロクソに言われたんだから依頼はもう来ないだろう。
僕はそう思っていた。
だが、その僕の言葉にムーではなくポン吉が答えた。
「Noだ。ムーお前が言っていることも確かに正解だ。だが、それはケースバイケースだ。今回の問題に答えなんて存在しない。お前は新人いびりがひどいからな」
「ふん、それくらいのことは分かると思ったのよ」
「新人にYES,NOクエスチョンだと言っておいてか? で、とりあえずハルなりの答えはしっかい持っていたんだ。とっとと依頼内容を言え」
ポン吉は僕のサポートだ。
だが、このポン吉はいくらなんでも頼りになりすぎる。
僕はゲームでいうところの初めから最強の防具を持っているような気分だった。
間違っても武器ではない。
いや、武器で合っているかもしれない。
最強の盾と矛を僕は持っている。
これなら……僕とポン吉なら仲介をしっかりこなせるかもしれない。
そう考えていた矢先に、ムーは言った。
普通の仲介では難しいのではないかという難題を。
泣きながら言った。
「私の娘を取り返してください」
これが僕の仲介屋としての初めての依頼です。




