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金色《こんじき》の巫女姫 ~イケメンとショタは乙女の敵なのです~  作者: 圭沢
序章 「神殿の暴走娘」編

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09 幕間 転生前夜

小話2話目です。

今回は少し趣向を変え、フィリアが身体を得る前、「転生前夜」のお話です。

プロローグ的なお話ですが、次へのつながりが良いのでここに挟んでみました。

 私は漂っていました。

 長い、長い間。


 ふわふわ、ゆらゆらと荒れ果てた荒野を超え、幾つもの谷を渡り。

 まばらに散らばる森と草原に近づいては、たくさんの生き物の営みを眼下に漂い続けてきました。


 遥か昔、私は人と呼ばれる生き物だったと思うのだけれど、いつのことだったか。

 まあ、その記憶も最近になってぼんやりと意識に上がるようになったもので。

 そう。今の私は実体をもたない、ただの意識のようなもの。

 ただひたすらにゆらゆらと流れていく存在。


 時おり私に似た何かが傍に寄ってきてはじゃれるようにまとわりつき、やがてふわふわと離れていく日々。

 それは私に似ているけれど、同じではない。自然から生まれた純粋で無垢なるもの。

 いつだったかふと思い出した、精霊という言葉がぴったりの存在。

 うっすら白いのやら赤いのやら青いのやら、見ていてとてもきれい。


 そんな精霊たちも昔は私より濃くて強い光を放っているものばかりだったけど、いつしか私も大きく濃くなっていて、今ではほとんどが小さくて微笑ましい存在。

 寄り添うようにまとわりついてはやがて離れていくそれを私は追いかけもせず、ただひたすらゆらゆらと漂い続けていきます。


 ここはきっと、私が暮らしていたのとは違う世界。

 はっきりとは思い出せないけれど、前はこんな微笑ましい精霊なんていなかったと思うし、大地に暮らす生き物が火を吹いたりはしなかったもの。


 何より、ここの人間たちは世界の主役ではありません。

 荒れ地が大半を占めるこの厳しい大自然の中で、夜になると遠くぽつんと浮かぶ人間の集落の灯り――その面積はとても小さく、底知れぬ湖の上を漂う儚い落ち葉のよう。

 そして、そんな人間たちは無邪気な精霊たちに助けを求め、その力を借りてようやく生活を営んでいるのです。


 私は特に力を授けたりはしませんが、たまに人の灯りを漂う先で見つけると、なぜか飽きもせずに眺めてしまいます。

 懐かしいとか、そんなことじゃないけれど、ただなんとなく。

 そうしてしばらく眺めては、またふわふわと漂っていく年月をずっと重ねていました。


 あの、雪に閉ざされた集落を訪れる夜までは。




  ◆  ◆  ◆




 その夜、私は大地の北の果てで、雪原の中で大きく輝く集落を眺めていました。


 街、という言葉が不意に意識に浮かびます。

 そう、その言葉を使っても間違いないぐらいの建物の集まり。


 少し離れた山の上には、今となっては珍しい、私と同じぐらい濃い存在の気配がひとつ。

 そしてその街には、小さく無垢な精霊が不自然なぐらいに集まって、特有の輝きを夜空にやわらかく放っています。


 ん……。


 ふと興味を引かれて、夜の雪原に輝くその街に向かって上空からふわふわと漂い降りていきます。

 雪を被ったたくさんの家から漏れる灯りが雪かきをされた石畳の通りを優しく染めていて、空気はきいんと固く冷え込んでいるけど、とってもきれいで暖かそうな街。


 私の接近に気付いた精霊たちがあちこちから集まってきて、嬉しそうに周りを舞い始めました。

 人の目には見えないそんな輝きを引き連れて、きらめく家々の灯りに向け、私はいつもと同じゆっくりとした速度で近づいて行きます。


 私の気を惹いたのは、奥の方の大きなとんがり屋根――お城、でしょうか――の中の気配。

 街の一番奥、頑丈そうな石造りの塔の、その一番上の窓の内側にいる人たち。


 その灯りが漏れる窓に私はふわふわと近づいて、そっと中を覗き込みました。


 そこにいたのは、中央の豪華な寝台で呻いている人と、それを囲む人たち。

 寝台で呻いている女の人の顔は大きく歪んで、汗に濡れた長い金髪が真っ白な顔に貼りついています。

 蹴飛ばされた掛布の上、膝を曲げた足をあおむけに大きく広げて荒い呼吸と短い喘ぎを繰り返すその人の手を、脇に跪いた男の人が握りしめてしきりに声を掛けているようです。


 ……赤ちゃんを産もうとしている、のかな。


 でも、かなり大変みたいです。

 女の人の呼吸は乱れ、心なしか目が落ち窪んできています。

 それを見かねたのか、奥に控えていた別の男の人が周りに声をかけました。


 この人、肩にふたつも精霊を乗せている。契りを結んだのかな。

 彼は立ち上がって寝台に近づくと、肩の精霊たちの力を借り、手を明るく光らせて宙に模様を描き始めました。

 周囲の人たちは驚くでもなく、その光景をすがるように見守っています。


 ああ、あれは知っています。

 この世界の人間が、契りを結んでいない精霊たちに助けを求める模様です。丸い輪の中に複雑な線が入り組んだ、独特の模様。


 ああ、この人の模様は心地いい。

 私に寄り添って付いてきた白い精霊がひとつ、呼びかけに応じて飛び出していきました。


 ひとつ、またひとつ。

 精霊たちが次々に応じていって、呼んだ人の肩にいた精霊と混じって寝台の人に力を与えています。

 独りでここまで精霊を呼べる人間は本当に珍しい。優しい人、なのかな。

 応じた精霊たちも嬉しそう。私も行ってもいいかなとも思ったけど、まあ、いいか。

 だってそんなこと、したことないから。


 ああ、でも。


 寝台の人の体力が尽きかけています。

 精霊たちの力だけでは足りないみたい。

 私は深くも考えず、窓の外からなんとなく精霊たちに力を送ってあげました。

 ついでに、寝台の人にも。


 突然現れた金色の光に精霊たちも人もびっくりしていたみたいだけど、これで何とかなるんじゃないかな。


 そして。

 私と精霊たちの光に包まれ、遂にひとつの小さな命がこの世に誕生しました。

 火のついたような赤子の泣き声と、喜びに沸く人々。

 内側が曇り出した窓ガラスの向こうで、それはまるで人の営みの喜びを一瞬の情景に押し込めたかのよう。


 産んだ人は汗まみれだけれども、それはそれは美しい微笑みで我が子を受け取って、慈しみの眼差しでそっと抱き抱えました。

 一時は危険な状態だったこの人も、私の光を受け取って少しは持ち直したみたい。

 誇らしげに顔を上げ、それまで傍らで励まし続けていた男の人と、幸せの涙で濡れた微笑みを交わして――




 ああ。

 なんか、いいなあ。




 窓の外に漂う私の中に、唐突にそんな想いが浮かびました。

 感情というものが、随分と久しぶりに湧き上がってきます。ただ漂ってきた長い長い間ずっと感じることがなかったもの。

 暖かい何かが私の中でじんわり広がっていきます。



 ――よかったね。そして、おめでとう。これからもずっと幸せが共にありますように。



 窓の中の新しい命に、そんな想いが自然と沸いて。

 気が付くと、私の存在を示す金色の光が渦を巻いて周囲に迸っていました。


 窓の中の人たちが皆ぽかんと口を開けてこちらを見ています。

 人の目には私や精霊たちの輝きは映らないはずだけれども、そんなことわりを無視するほどの強い光。


 どんどん強まる金色の光と共に、暖かいような、懐かしいような不思議な感覚に包まれていきます。

 そして徐々にその感覚が焦がれるような何かに変わっていって――


 私の意識に、眼下のドーム状の建物が飛び込んできました。

 そこの大きな窓から漏れる、やさしく誘うような灯り。


 あそこに行けばきっと――


 焦がれるような何かに急き立てられ、私はまっすぐそこへ飛んで行きます。

 いつにない速度で、たくさんの精霊たちを引き連れて。


 遠くの山にいた筈の、私と同じぐらい濃い存在が驚いたようにこちらに向かってきているみたいだけれど、そんなことはすぐに意識から消えて。


 ドームの丸い屋根をすり抜けて。

 どんどん集まってくる精霊たちに、まるで祝福されるように囲まれて。


 そして。



 建物の中、広い空間の天井付近で、私はひときわ強い光に包まれました。







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