05 フィリア、祝福祭に向かう
「出してくれ」
肩越しに出したクラヴィス様のそっけない指示で馬車が動き出しました。
馬車の中には全部で四人。
マーテル様、クラヴィス様と私、そしてマーテル様の側仕えのエマ姉さまです。
クラヴィス様に抱えられたまま馬車に乗り込んだ私ですが、今は後ろの窓際でエマ姉さまの隣に座り、後ろ向きに座っているマーテル様とクラヴィス様と向かい合っている形です。
マーテル様は何かと優しく話しかけてくれますが、私の中に残る先ほどの大失敗が会話を妙にしぼませ、ガタゴトと動き出した馬車の中には微妙な空気が漂っています。
窓の外、すぐ目の前を神殿の門扉が横切って、これまで窓から眺めるだけだった街並みが違った角度で迫ってきました。
八百屋さん、果物屋さん、雑貨屋さん……これから祝福祭だからでしょうか、いつになくガランとした通り。あんなに行ってみたかった雑踏が今日は人っ子一人なく、石畳を進む馬車の車輪の音がガランゴロンと空虚に響いていきます。
「フィ、フィリア、あそこが花屋よ!」
エマ姉さまが微妙な沈黙を破り、妙なテンションで通りの先を指差しました。
「可愛い花が沢山あって、あなたがずっと行ってみたいって言ってたところですわっ!」
あ……。
私越しに大げさに指差すエマ姉さまから気遣うような暖かさが流れ込み、こんなのじゃいけないとハッと気付きました。
こんなの、私らしくない。
視線を上げ、エマ姉さまが示す先を見ると確かにそれらしきお店があります。
正面の引き戸は一時的に閉められていますが、その両脇の棚には通行人を誘い込むように色とりどりの切り花が飾られたままになっています。
あ、あのお花かわいい。
…………。
……。
……うん、クヨクヨしてたら駄目だよね。
テンションを上げて、いつもの私に戻らないと。よし、まずは――
「さっきはありがとうございましたっ!」
「んなっ!」
「あらあら」
「馬鹿者、馬車の中でいきなり立つな」
ありゃ。
エマ姉さまには驚かれ、マーテル様には微笑まれ、クラヴィス様には怒られてしまいました。
あは。なんかいつもの雰囲気です。
「うふふ、とにかく坐りなさいな。あんまり気にしては駄目よ。それよりその、鼻の…………は大丈夫かしら?」
はうっ! いきなりそのネタですか!?
大丈夫ですけど、結果として祝福をまるまる全部を抑えこんだ訳じゃないから大丈夫みたいですけど、あの、その件についてはクラヴィス様に知られたくなかったというか。
「――ほう、鼻のとは何だ?」
いやああ。
クラヴィス様がまた極寒の吹雪モードに!
「いえ、あのその、乙女の秘密というか…………」
「乙女の秘密か。其方が乙女だったとは驚きだが、どうせ碌でもないことであろう。エマ殿は知っているのか?」
「……はい、クラヴィス様。確かに碌でもないことですが、フィリアの割には害はないかと」
エ、エマ姉さま、お澄まし顔でさり気なくひどいです。
クラヴィス様もそんな目で私の鼻を見ないで!
「……まあ、良い。それよりフィリア、これからが本番だ。やることは判っているな?」
「あ、はい」
おお、見逃してもらえたよ。
この話題変更を逃してなるものかと、私は指折り数えながらそそくさと答えました。
「まずひとつ目、巫女姉さまたちの後ろに従う。二つ目、お披露目として名前を呼ばれたら綺麗なお辞儀をする。三つ目、周りがどう動いているかよく観察して覚える。以上です」
そう、今日の私のお仕事は見学とお披露目です。
儀式の霊力陣を描くお手伝いは出来るようになっているのですが、私が手を出した霊力陣は精霊たちが集まり過ぎるというか。喜び勇んで集まってくれるのは嬉しいのですが、儀式としては斜め上の結果が出てしまうことが多いのです。
現在クラヴィス様とマーテル様がいろいろと研究をして対策を考えてくれていますが、うまくやれば将来的に貴重な霊力をかなり節約できる可能性が高いとか。辺境の貧乏な小国にとっては大助かりだそうです。
でも、今はまだ完全ではないので今日の私は本当に見ているだけ。
儀式の流れを実地で覚えて、あと、お披露目されたらお辞儀をすればいいのです。
……余計なことはせずに。
「うむ、それでいい。今日はまだ他の巫女たちを手伝おうとするな。マーテル様が描く霊力陣には手を出さず、目と耳だけを動かして他は絶対に動かすな。いいな?」
「……はい」
――うう、相変わらず厳しい口調です。
「それと、今日は多くの目が其方に集まるだろう。普段のようにそわそわした間抜け面を晒さずに、落ち着いて凛と立っていろ」
「…………はい」
――あああ、私、女の子なのにその物言い……。
「後は……その、なんだ。其方ほど精霊に愛されている者を私は他に知らない。その若さでということを考えなくても、其方の巫女としての才能は稀有なものだ。自信を持って臨め」
「はいっ!」
おおっ!
これ、よく分からないですけど遠回しに褒められてるってことですよね!
ひどいとか思ってごめんなさい。テンション舞い上がってきましたあ!
……おっと、ここで注意ですよ。さっきの二の舞はしないのです。
胸に手を当てて深呼吸をしていると、心配そうに仄かに眉を寄せたマーテル様と目が合いました。
大丈夫ですよ! 私は才能溢るる女なのです!
鼻からふんすと息を出す――と秘密兵器が飛び出てしまうので、視線で決意を伝えるとマーテル様はにっこりと笑ってくれました。
「ふふふ、大丈夫そうね。貴女は今日はいてくれるだけでいいの。それだけできっと――ううん、それはまた後で説明するわ。とにかく、貴女は自然体でいるのが一番、心配することなんてないわ。気負いすぎないようにね」
「はいっ!」
それからは会話がぽんぽんと飛び交うようになり、私は夢にまで見た神殿の外の街並みを窓にへばりついて堪能したのでした。
王都、いろんなお店があって凄かったです。
今度絶対に探検するんだから!
◆ ◆ ◆
「フィリア、では落ち着いて後ろについてくるのよ?」
「このヴァレリ姉さんのかっこいいところを見ててね!」
馬車は裏手から中央広場に入り、今は設けられた壇の後ろで絶賛待機中です。
神官や騎士団の皆さんがバタバタと走り回っている中、私は先輩巫女のイネス姉さまとヴァレリ姉さまにかわるがわる抱き締められています。
最年長巫女のクロエ姉さまはおばさm……若干年上ですが、このイネス姉さまとヴァレリ姉さまはまさに花の盛り。
たしか二十歳と十七歳だったと思いますが、清楚で落ち着いた美貌のイネス姉さまと溌剌とした活発美少女のヴァレリ姉さまは外部の人たちに大人気で、そんな二人のナイスバディに交代で顔を埋めている私はチラチラと視線を集めてしまっているような。
あ、そんな子供を見守るような微笑ましい視線はやめてください。……ええい、この神々しい巫女服が目に入らぬか!
私は美人の巫女見習い、すぐにバインバインのナイスバディさんになる者ぞ!
「あらあら、何やってるのフィリア。始まりますよ?」
私の美人ポーズをクロエ姉さまにたしなめられ、いよいよ舞台の袖から表に出ていくこととなりました。
ちぇ、自信あったんだけどな。
マーテル様とクラヴィス様は王族の方々と一緒なので、私は巫女チームとしてクロエ姉さま、イネス姉さま、ヴァレリ姉さまの後ろに続いて静々と表舞台に足を進めていきます。
「フィリア!」
オルニット殿下が王族の一団の中から声を掛けてくださいました。少年破壊兵器のテトラ様や護衛騎士さんも一緒です。
「いよいよだな! 頑張れ!」
「フィリアおねえさまがんばって!」
ああ、もう。
満面の笑みで応援してくれる殿下たち……嬉しいです。
祝福の波が押し寄せてきましたが気合いで押し潰し、殿下たちに微笑み返して。
さあ、すぐ目の前の階段を上がると、そこは祝福祭の壇上です。
この身体を授かって十二年、ずっと神殿に籠っていた私が、いよいよ人前に出るのです。
高鳴る鼓動と、舞台の向こうに集まった群衆のざわめき。
先導する姉さまたちが次々と階段を昇り、舞台の上にその姿を晒していきます。
――よしっ!
気合いをひとつ入れ、私は一段、また一段と階段を昇っていきます。
階段を昇りきり、昂然と顔を上げると、そこには――