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金色《こんじき》の巫女姫 ~イケメンとショタは乙女の敵なのです~  作者: 圭沢
第三章 「金色の巫女姫」編

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35 光の加護

「フィリア!」


 私たちが村の広場に降り立つと、馬車を先導する形でオルニット殿下が村に入ってきました。

 殿下だ! 殿下も戦ってくださっていたんだ! と歓声で迎える村の人たち。



「民を守るのが我らアルビオン王族の務めだ。皆に被害はなかったか?」



 騎竜の上で堂々とその歓声に応える殿下に、村の人たちが更に大歓声を返しています。

 日々の厳しい鍛練でたくましさを増した殿下は、背筋がすっと伸びていて。最近急激に大人っぽくなったマーテル様譲りの蒼い瞳に、浮かべる微笑みはまさに王子にふさわしい風格を帯びています。


 そう、それは名実ともにこのアルビオン王国を背負って立つ次期国王の姿で。


 幼い頃から祝福の王子と騒がれ、周囲のその期待に応えるべく常に励んできた努力の人。今回の村巡りで魔物との実戦を経験したせいか、ここに来てまた一段と成長していて。まだ大人になりきっていないその身体で、最前線で戦う精鋭騎士さんたちとの力量差を詰めるべく、陰で必死に鍛錬に励んできたことも知っています。


 そうして、村のためにこうやって戦いをくぐり抜け、凱旋するなり村を気遣っている――

 なんだか、その姿が眩しくて。


 本当にすごい人だなあ、と、どこか遠くに行ってしまったような一抹の寂しさと共にこっそり眺めていると。



「さあ通してくれ。おばあ様のところへ行きたいのだ」



 殿下のおばあ様、マーテル様もまたこの国の英雄。

 そこに向かうという殿下の言葉に村の人たちがざざっと道を開けてくれ、殿下とその後ろの馬車がゆっくりとこちらに向かってきました。

 エンゾさんやルシオラさん、他の騎士さんたちも全員揃っているみたいです。騎乗している竜たちも含めてみんな怪我もないようで、あ、馬車にも大きな破損はなく、クラヴィス様もイネス姉さまも無事なようです。



「フィリア! 怪我はないか? 怖くはなかったか?」

「――ッ!」



 村の人たちの囲みを抜けるなりひらりと騎竜から飛び降り、真っ先に私に駆け寄ってくるオルニット殿下。

 ちょ、近い、近いですって!

 怪我をした様子がないのはいいのですが、戦いで乱れた蜂蜜色の金髪と仄かな汗の匂いが私の平常心を吹き飛ばし、これでもかという色気となって押し寄せて――



「――ねえ、オルニット。私のところに来たのではなくて?」



 マーテル様がくすくす笑いながら殿下との間に入ってきてくれました。

 あ、危なかったです。

 そうですよ、さっきまで格好良かったのに、最後でこんな――ま、まあ、嬉しいといえば嬉しいんですけどなんというか。


 何より、さっきから村の人たちの喜びを見ているだけで祝福が溢れそうだったのに、最近の殿下は大人っぽくなって私より色気が……げふんげふん。

 く、悔しくなんてありません!


「……フィリア、大丈夫?」


 マーテル様がこっそり尋ねてくれました。

 さすがマーテル様、私の祝福が溢れそうなのを分かっています。


 ……それと、ちょっと頭がくらくらしているかも。


 ラエティティア様の腕輪から光を分けてもらったとはいえ、さっきの『精霊の裁き』で光がからっぽになったのはマズかったかもです。

 うう、なんか久しぶりに寝込む予感……。


「――フィリア、ちょっと顔色が悪いわ。この場は私たちだけで大丈夫だから、貴女はイネスと一緒に先に宿に入って、ゆっくり休んでいて頂戴」


 無理しないのよ、マーテル様は最後にぎゅっと私を抱き締め、ルシオラさんを護衛役にと呼んであれこれと指示を出してくれました。

 私は仄かな悪寒を必死に追い払いつつ、心配そうな顔の殿下にぺこりとお辞儀をして、いつまでも歓喜に沸く広場を後にしたのでした。




  ◆  ◆  ◆




 ……はい、やっぱり寝込んでしまいました。


 あれから宿の部屋で軽く体を拭ったのがいけなかったのでしょうか、みるみる熱が上がってしまって。

 でも、昨日は外で野営でしたし、どうしても我慢できなかったのです。


 今は夜。

 目が覚めたらいつの間にか日も落ちていて、広場では村の人たちが歓迎の宴を開いてくれているようです。

 宿屋のこの部屋に残っているのは護衛のルシオラさんと――




「…………」




 ――無言でルシオラさんの剣を砥ぐルカ君。


 最近ルカ君は私の傍でこうしてちょくちょく誰かの剣を砥いでいるのですが、今は少し元気がありません。

 いつもは真剣な眼差しで一心不乱に砥いでいるのに、なんだか心ここにあらずというか。それに、いつもだとクラヴィス様が言い出した側仕えという仕事を気にしているのでしょうか、時折遠慮気味に若草色の瞳で私の様子を窺ってくれたりするのですが、今日はそれも一切なく。


「あの……良かったら少しお料理を食べてきても……」

「……っ! だ、大丈夫、ですっ」


 ううーん、綺麗に束ねた赤髪から覗く耳が真っ赤になってぴくりと反応しましたけど、こちらを見てはくれませんでした。

 私、側仕えどうこうというより、こうしてルカ君が傍にいてくれて、何もしなくとも目が合った時に時々ふわりと流してくれる繊細な暖かさ、結構好きなんですけれども。

 なんだかほっとするんですよね。けして整ってはいないですけれど癖のない純朴な顔立ちとか、剣を砥いでいる時の集中している顔とか、その合間に時々目が合う表情豊かな若草色の瞳とか。


 あとは、護身剣を渡してくれた時に私に向けてくれた、あの真摯な表情――


 うおっと、自ら黒歴史を開いて墓穴を掘るところでした。

 その後に私が返した言葉は思い出す度に恥ずかしくって、こうしてベッドをゴロゴロと……あ、今やると頭がくらくらします……。

 あー、こほん。

 まあ、あれからルカ君には何も言われてないですし、結構緊張してたみたいだし、忘れてくれてると祈りたい――



「――ッ!」

「……どうした?」



 突然ルカ君がぱっと顔を上げました。

 視線の先は、私のベッドの足元にある、カーテンを閉じられた窓。

 ルシオラさんが猫のように素早く反応し、砥がれていた剣を掴んで私の脇に移動してきました。


「な、なんだか背筋に寒気が……」

 窓を見詰めたままのルカ君が身を固めています。


 うん、それ、私も感じます。なにか良くないものがあのカーテンの向こうに近づいてきているような予感。

 コリント卿でしたか、精霊を縛り付けていたあの中央のお偉いさんと同じ――いえ、あの気配をもっと濃縮したような嫌な感じ。

 私は枕元に置いておいた護身剣に手を伸ばし、頭痛を振り払いつつベッドから半身を起こしました。



「……フィリア、念のためこっちへ。ルカも」



 ルシオラさんが私の手を引き、窓から離れた部屋の隅に誘導してくれました。

 ルシオラさんも何か感じているのでしょうか、もう一つの手に握られた、砥がれたばかりの抜身の剣を真っ直ぐ窓に向けています。ルカ君が丹念に砥ぎあげた刀身が、なんだか剣呑な輝きを放っていて。



「――ッ!」



 厚手のカーテンが揺れました。窓は閉まっているはずなのに。

 嫌な予感がどんどん高まり、つ、と背中に脂汗がひと筋流れて。


 います!

 あの窓の向こうに、嫌な気配を放つ何かがいます。

 一階の窓の外、すぐ外の植え込みに何かが。


「…………」


 ルカ君が自分の剣を手にし、私の前に体を割り込ませてきました。

 若草色の瞳が気遣うようにちらりと私を見て――同時にいつものほっとする暖かさが流れてきて、少しだけ緊張が解れていくのが分かります。


 うん、ルカ君が守ってくれる――不思議な幸福感と、それとは別に、まだ剣の鍛錬を始めて間もないルカ君を心配する気持ち。

 エンゾさんに剣の手ほどきを受けていて、驚くぐらい筋が良いって褒められているのは知っていますけれど、まだまだ魔物と戦えるほどではないと聞いています。それでも守ってくれようとすることはちょっと不思議なぐらい嬉しいのですが、そんな危ないことはしないで欲しいという想いも同時に湧いていて。


 沸き起こる相反する感情に戸惑いつつ、ルカ君の華奢な背中の陰で、私は片時も手放したことのない護身剣を鞘から抜き放ちました。


 ふわりと流れる一陣の薫風。

 ルカ君が鍛えてくれた曇りひとつない透きとおった刃身を見詰め、私は大きく息を吸いました。

 ちょっと手が震えていますが、何も出来なくて守られるばかりのお荷物にはなりたくないです。


 お願い、みんなも手伝って――


 もうすっかり手慣れた加護を出そうとして…………あれ?

 いつもなら喜び勇んで集まってくる精霊たちが全く反応してくれません。


 私の金色の光の球だけが頭上で輝き、無形術で作ったまやかしの霊力陣が虚しく広がって消えました。


 精霊たちがいない訳ではないのです。

 今日の昼間、『精霊の裁き』で集まってくれた精霊の半分はそのまま私に付き添っているのですから。


 でも、その精霊たちは……床にぐったりと……苦しんで、いる?




「我が風の契約精霊よ、魔を祓う剣に――ッ!?」




 迫りくる嫌な気配に風の精霊剣を作ろうとしたルシオラさんが、詠唱の途中で呆然と自らの剣を見詰めています。

 ああ、ルシオラさんの契約精霊も肩から滑り落ちて、弱々しくもがいています。これでは剣に同化するどころではありません。


「な、精霊術が発動しない――ッ!」


 動揺したルシオラさんが、キッと窓を睨みつけたその時。




 ガラスの割れる音と共に、カーテンを押しのけて何者かが部屋に押し入ってきました。




 それは、見慣れない真っ黒な神官服を着た小柄な男の人で。

 漆黒の髪、ギラギラと射抜くような眼差し、そしておぞましいほどの真っ黒なオーラ。


 目が合った瞬間に全身が鳥肌立ち、私の全感覚が声高に警鐘を鳴らしています。

 存在の根本から相容れない、私の対極にある人。

 足元でさらに苦しみ始めた精霊たちを見なくとも、見た瞬間にそれを理解してしまいました。




「――ほう、お前が『神託の巫女』か?」




 吐き気がする視線を私に絡ませ、その男の人はニヤリと口の端を持ち上げました。

 え、私をそうやって呼ぶってことは、もしかして、この人が闇神官――


「ククク、精霊契約もしてない只のガキじゃねえか。コリントの旦那も余裕がねえこって。忌々しいマーテルの婆あに魔物たちを潰されたのがよっぽど堪えてんのかね。あんなの幾らでも呼べるってのに……ま、おとなしく一緒に来てもらおうか。騒ぐんじゃねえぞ――」



「させるかあッ!」



 電光石火、ルシオラさんが剣を煌めかせて飛びかかりました。

 烈火のごとき踏み込み、裂帛の気合い。

 鈍色の剣が鋭く男の胸を――


「うがっ!」


「やれやれ、雑魚が煩い。邪魔するな」


 闇神官が手をひと振りすると、身体から何本もの黒い蔦が伸び、剣ごとルシオラさんを弾き飛ばしました。

 そのまま壁に激突し、力なく崩れ落ちるルシオラさん。カラン、とその手から剣が零れ落ちて。


 こ、これが闇の精霊術なのでしょうか――



 ――ピィィィィィィィ!



 鋭い笛の音が甲高く空気を切り裂きました。

 ルシオラさんが剣を離した手でどこからか非常事態を知らせる笛を取り出し、吹き鳴らしたのです。

 そして再び剣を掴み、よろよろと立ち上がりました。


「……逃げろフィリア。こいつ、闇神官……すぐ助けが――ぐはッ!」


「往生際の悪い雑魚だ。黙れ」


 闇神官の背中から伸びた漆黒の蔦が、触手さながらにルシオラさんを釣り上げています。

 そして勢いをつけてもう一度壁に叩きつけ…………ぐしゃり、と嫌な音が。


「ルシオラさん!」


 駆け出そうとする私を、ルカ君が遮りました。


「逃げてフィリア様」

「でも!」


「ククク、坊や、守護騎士気取りか。二人まとめてあの世に送ってやろう」


 闇神官がルシオラさんから漆黒の蔦を放し、こちらに振り返りました。

 力なく崩れ落ちるルシオラさんを背に、私たちを嘲笑いながら、一歩、また一歩と近づいてきます。


 圧し掛かるような闇神官のおぞましいオーラが、私の五感を絡め取っていて。


 全身がガクガクと震えて、立っているのすら精一杯で。



「ほう。坊やお前、随分と懐かしい嫌な気配を持ってるな。虫唾が走るぜ、とっとと死ね」



 闇神官の漆黒の蔦がぶわりと広がってルカ君に――




「来るなああああぁぁぁ!」




 叫んだルカ君の頭上から、純白の光が降り注ぎました。

 清らかで、つい最近どこかで見たことのある光。



「な、まさかお前――ッ!?」



 純白の光が闇神官のオーラを打ち払って。

 漆黒の蔦がぼろぼろと崩れていきます。



「な、なんで光の加護がこの時代に!? まさか、まさか――」



 ……加護だけではありませんよ。



 草花が風にそよぐような声が部屋の中に軽やかに零れました。

 眩い光の中から現れたのは、光の大精霊、神鳥アウローラ。穢れなき純白の羽をゆっくりと羽ばたかせ、茫然と立ち尽くすルカ君の肩にふわりと止まりました。



 ……これまで随分と勝手をしてくれていたようですが、もう貴方達の好きにはさせません。



「ひ、光の大精霊……は、ば、馬鹿な……」



 尻餅をつき、必死に後ずさる闇神官。

 先ほどまでのおぞましい気配は全て打ち祓わられ、そこにいるのは、ただの悪相の貧弱な小男。

 しゃかしゃかと足で床を撫で、どん、と壁に背をぶつけました。



 ……そもそも人の身でフィリアリア様に仇なそうとは言語道断。闇の専横もここまで、光の中に滅しなさい。



 迸る閃光。

 アウローラの身体から放たれた光が部屋を包み、私は思わずルカ君の背中に顔を埋めました。







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