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金色《こんじき》の巫女姫 ~イケメンとショタは乙女の敵なのです~  作者: 圭沢
第三章 「金色の巫女姫」編

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34 女神の御業(みわざ)

「精霊たち! お願い、手伝って!」


 無意識のうちに喉から溢れ出た絶叫。

 切迫した強い想いが胸の奥ではじけ、警告するように手首を締め付けるラエティティア様の腕輪を押しのけて――



 次の瞬間、私の視界が金色の光で覆われました。



 全身から迸る金色の光が、衝撃波のように巨大な輪となって大空に伸びていって。


 一瞬の間をおいて、数えきれないほどの精霊たちが、眼下に広がる荒野のあちこちから湧き出てきました。


 そして、光り輝く矢のように私の周りに集まってきて、マーテル様の描いた霊力陣に一斉に飛び込んで――





 純金の閃光が世界を飲み込みました。





 全ての音を飲み込み。

 大空を飲み込み。

 荒れ果てた大地を飲み込み。


 それは圧倒的で、でも、涙が出るほど清澄な光。


 そんな光の中で、悪しきモノたち――千にも届こうかという猛り狂う無数の魔物――が、ゆっくりと融けていきます。

 反対に、呆然と見上げる村の人たちは恍惚とした表情を浮かべていて。


 これまで天高く轟いていた戦いの騒音はぴたりと止んだまま、ゆっくりと魔物だけが力なく地面に倒れ込んでいきました。




「こ、金色こんじきの神光……精霊の裁き…………」




 背後でマーテル様がぽつりと呟きました。

 どこかで聞いたことがある響きでしたが、私はそれどころではなく。


 身体の中に常にたゆたっていた力が、今は空っぽになっていて。

 血が通っていたはずの手が、脚が、ぼんやりとブレています。


 ゆらりと頭が揺れ、視界が傾いていって――。


 でも、真横に傾いた霊峰ソルスの麓には、もう争いの気配はなくなっていて。

 小型の魔物は既に消え失せ、大地には大型の魔物が力なくもがいているだけ。

 頼りなかった村の防魔柵もまだかろうじて残っていて、村の人たちがその上で抱き合って喜んでいて。




 ……良かった。




 フィリア!

 逆さまになったマーテル様が私を捕まえようと手を伸ばしていますが、その手は身体をするりとすり抜けました。


 あ……。

 私、昔の姿に戻っちゃうのかな……体が透きとおっていて、この感じはまるで、昔の私のような。


 しっかり跨っていたはずの私の脚が鞍ごとエズメラルダちゃんの蒼い鱗をすり抜け、必死に何か叫んでいるマーテル様が遠ざかっていきます。



 ……私、またしばらく漂う、のかな。



 そんなことがぼんやりと心に浮かび、懐かしい感覚に体を委ねつつ、じんわりと周囲に意識を向けると。


 気がつけば、無数の精霊たちが私を取り囲んでいました。

 青いのやら赤いのやら、私以上に透きとおって光を放っていて、みんな本当にきれい。私を心配するように、労わるようにふわふわとこちらを見ています。


 その先頭には、いつか出会った光の大精霊、神鳥アウローラが。

 純白に輝く翼を広げてゆったりと羽ばたいていて、まだ一段と大きくなっているようです。



 ……お母様、今は未だその時ではありません。ラエティティア様とお約束したのでしょう?



 んん? 約束?

 そんなことしたっけ?



 ……さあ、私の背中でお休みくださいませ。その腕輪から少し御力を返してもらってはどうですか?



 ふわりと下に回り込み、翼の間の滑らかな羽毛で私を受け止める神鳥アウローラ。

 うわあ、柔らかい――って、腕輪?

 返してもらうって…………ああ、こういうこと。


 手首で燦々と輝くラエティティア様の腕輪に意識を向けると、そこには、これまで散々吸い込んでもらっていた私の金色の光が渦を巻いています。それはそれはものすごい量。

 ちょん、と意識で触ってみると、ひと筋の光がきらきらと私に流れ込んできました。


 あ。


 一切の力が抜けていた手に、脚に、ふんわりと感覚が戻ってきました。

 色を失いかけていた身体に、まるでもう一度実体が戻ってきたかのような。


 と、途轍もなく濃厚な気配が精霊たちを押しのけて私を包み込みました。

 随分と昔から知っているような、どこか懐かしい気配。以前この世界を漂っていた時の私と同じぐらい濃い存在のようです。



 ――あまりフィリアリアを甘やかすな、アウローラ。



 大気を震わすような深い声が、私の意識に響き渡りました。


 ……あらゲオ、随分と遅い登場ね。心配してずっと見守っていたくせに。


 ――見守るなどしておらぬ。この辺りは我の領域、全てを把握しようとして何が悪い。


 ……くすくす、口ではどうとでも言えますから。


 草花が風にそよぐような可愛らしい笑い声を上げる光の神鳥に、深い声の存在は僅かに鼻を鳴らしたような気配で答えました。

 ええと、アウローラとゲオさん?は知り合いなのでしょうか。


 ――まあよい、フィリアリア、後で我のところへ来るのだ。よいな?


 ……お母様、私もそこでお待ちしています。さ、だいぶ御力も戻った様子、お連れ様がお待ちですよ? 


 ん? 私、どこかに行かなきゃいけないの?

 というか、アウローラもゲオさんも私のことをフィリアリアって呼ぶけど、私のことでいいんだよね?


 ぼんやりと首を傾げる私を余所に、アウローラが軽やかに羽ばたき、巨大な騎竜エズメラルダちゃんの上で目を丸くしていたマーテル様の脇へと上昇しました。


「フィリア……」

「あ、マーテル様……」


 ……ふふふ、では私はこれで失礼しますね。古き水竜よ、フィリアリア様を頼みましたよ。


 グル、と畏まったように喉を鳴らすエズメラルダちゃんの背中に私は降ろされ、次の瞬間、マーテル様のふかふかのお胸様が顔を包んできました。


「フィリア、大丈夫なの? もう、本当に吃驚したんだから……」


 少し涙ぐんだ声と共に特大の暖かさが押し寄せ、それは、未だ力が入らない私の身体を潤してくれるかのようで。

 でも……あ、あの、ちょっと苦しい……。


 ――では後で必ず来るのだぞ。

 ……お母様、では後ほど。


 アウローラとゲオと呼ばれた存在が離れていくのが分かりました。

 あ、待って……そしてマーテル様、本当に息が…………







 その後マーテル様の胸から解放された私が地上に目を降ろすと、そこでは生き残った大型の魔物の掃討戦が行われていました。

 上空に残っているのは私たちを乗せたエズメラルダちゃんだけで、一緒に飛んできた竜騎たちは燕のように低空を滑空して攻撃を繰り返しています。いつの間にか馬車も追いついてきていて、火竜のヴィゴ君に騎乗したエンゾさんや、スマートな風竜に乗った殿下が魔物たちを次々に屠って道を開けているようです。


 魔物たちはさっきの光のダメージが残っているのでしょうか。反撃をしようとはしていますが、動きに全く精彩がありません。未だ私の加護が残っている味方の竜騎士さんたちが圧倒的な力で攻撃を繰り返し、村にも一切の被害はないようです。


 安心するにはまだ早いですけれど、見るからに一方的な展開。騎士さんたちも上手に連携を取って、危なげなく掃討を進めているようです。

 荒ぶる魔物の大群を初めに見た時はどうなることかと思いましたが、どうやらこのまま反撃されることすらなく進みそうです。それはひとえに――



 ――みんなありがとう。



 周囲に集まったまま、ふよふよと一緒に飛んでいるたくさんの精霊たちに、私はにっこりと微笑みかけました。

 マーテル様の「とっておき」も凄い精霊術だったと思うけれど、みんなの力添えのお陰でなんだかものすごい術にパワーアップしてしまいました。すごかったなあ、あれ。

 私なんか力を使い過ぎてふらふらだよ。お礼に私の金色の光をあげたいところだけれど、今はちょっとまだ回復できてないんだよね。ごめんね。


 と、私が精霊たちに心の中で話しかけていると、背後からマーテル様が遠慮がちに話しかけてきました。



「フィリア、さっき光の大精霊様と一緒にもう一人……ううん、あれは気のせいかもしれないし」



 マーテル様の両手は私の身体をしっかりと抱き締めたまま、暖かさもずっと流れてきています。


「フィリア、それより、さっき貴女がやったのって……」

 ふわりと優しい気配が肩口から私を覗き込んできました。


「あれはひょっとしたら、『精霊の裁き』と呼ばれる、神話上の精霊術かもしれないわね。聖典に載っている、ラエティティア様がお使いになったという御業にそっくりなの。たしかこんな風に書かれていたかしら――金色の神光が大地を照らし、悪しき存在は祓われたり――とかなんとか」


「ふえっ!?」


 思いがけない話に、思わず変な声が出ちゃいました。

 ええと、確かにたくさんの精霊たちが力添えしてくれましたけれど。

 私自身の光が暴走しちゃったのは別口として、そもそもあの霊力陣、マーテル様が作ったものですよね――


「うふふ、私が使おうとしていたのは、ただの風と水の複合術よ。ちょっとした嵐を巻き起こして、その中に氷の刃を混ぜ込むだけの」


 くすくすと悪戯っぽく笑うマーテル様。

 後頭部がふるふる振動するクッションに当たってちょっと極楽――ではなくて、あれ、そんな凶悪な術だったんですか?


「でも、きっとそれだけじゃ魔物のあの勢いは止められなかったわ。どうやったかはさっぱり分からないけれど、貴女が『精霊の裁き』へと上書きしてくれたんでしょう? お陰で何の被害もなく魔物を止められたし、もうじき殲滅もできそうね――でも」


 マーテル様が私の肩に手を置き直して、くいっと身を乗り出してきました。その蒼い瞳に浮かんでいるのは、混じり気なしの真剣な色。


「もうあれはやっちゃ駄目。貴女、霊力枯渇の一歩手前……いや、あの顔は実際に枯渇していたかもしれない。光の大精霊様が救ってくれなきゃ、今ごろ命はなかったかもしれないのよ。もう絶対にやらないって約束して」


「え、あ……はい、マーテル様」


 正直なところ、もう一度やれと言われても、自分でどうやったか分かってないので二度とできない可能性が高いのだけれど。

 マーテル様の思い詰めたような目と、あの時の自分の身体が消えていくような感覚を思い出して、私はこくりと頷きました。

 うん、あれはもう二度とやっては駄目。私が私でなくなってしまうと思うから。



「約束よフィリア。もう私にあんな思いはさせないで」



 普段は若々しいマーテル様が、なんだか少しだけ年齢相応に老け込んだように見えて。

 私がどれだけこの慈愛の人に心配をかけたか、胸がきゅううっと締め付けられました。


「はい、もうしません。それと……ごめんなさい」

「うふふ、分かってくれたらいいの。さあ、下も片付いたようだし、一度村に降りましょうか。……エズメラルダ、お願い」


 グルウ、とひと声鳴いて、エズメラルダちゃんがゆっくりと村へと下降を始めました。

 下はよほど凄惨な殲滅劇だったのでしょうか、魔物の血のひどい匂いがどんどん濃くなっていきます。



「さて、さっきはフィリアに良いところを持って行かれちゃったから、ちょっとここは私が頑張ってみましょうか」



 マーテル様はくすりと笑って肩の銀髪を払い、瞬時に大きな霊力陣を描き上げました。


「大空を舞う風の精霊よ、斃れし魔を祓い給え。魔祓いの風!」


 高らかに紡がれた詠唱と同時に、私を囲んでいた精霊たちのうち緑色に輝く精霊が何匹も飛び出していきました。お手伝いしてくれるみたいです。


 そして吹き降りる一陣の風。

 それは微かに精霊と同じ緑色の輝きを内包し、魔物の死骸が大量に転がる地面を軽やかに撫でていきます。仄かに残る、夏の草原の香り。


「血の匂いが……消えた?」


 思わず声に出してしまいましたが、消えたのは鼻が曲がりそうな血の匂いだけではありません。

 大量の魔物の亡骸が、風に飛ばされる塵の山のように、輝く風にさらさらとその形を崩して無になっていきます。残ったのは――荒れ果てた大地と、無残に踏み荒らされた畑。

 あれほどたくさんの魔物がいたなんて、もうさっぱり分かりません。


「今のは『魔祓いの風』という精霊術よ。風の属性には魔物避けの効果と周囲を清める力があるの……ちょっと予想以上の威力だったけれど。まあ、それは置いておいて、あの畑――豊穣祈祷の前で作物を植えていなかったのが不幸中の幸いね。フィリア、貴女の儀式でそれなりに使えるようになるかしら? 単純な人手で補えるところは王都から騎士団を呼んで手伝ってもらうから」


 マーテル様の言葉に、私はもう一度畑だった一帯に目を向けました。

 踏み荒らされ、所々に大穴が作られてしまっています。だけど、荒れ地と違って岩は一切転がっていないですし、何よりさっきの『魔祓いの風』である程度浄化もされているようです。


 うーん、これなら、追加で土の精霊にお願いすれば余所と変わらない状態に持っていけるのではないでしょうか。


「たぶん、ちょっと頑張れば、きっと大丈夫だと思います。応援の人手もいらないかも」

「あら、有難いわ。でも頑張りすぎちゃ駄目よ? 貴女は少し力を抜いてやるのが丁度良い――」



 わあああっという大歓声が私たちの会話を遮りました。

 エズメラルダちゃんが大きな弧を描き、村の上空に差し掛かったのです。



「聖母様だ! 聖母様が奇跡を起こしてくれたんだ!」

「あんなにいた魔物を! マーテル様万歳!」

「ラエティティア様に感謝を! ラエティティア様に感謝を!」



 村の人たちが私たちを見て、大きく手を振りながら口々に叫んでいます。

 半壊した防魔柵の上で弓を手にしている男の人たち、広場に積み上げた矢や石を運んでいる女の人たち、そして家々の戸口から恐るおそる顔を出している子供たち。


 突然魔物の群れに囲まれて悲壮な決意を内心で固めていたであろう村の人たちに、さざ波のように安堵の輪が広がっていっています。みんなみんな、心から安堵して抱き合って喜び始めて。



「……ああ、間に合って本当に良かったわ。フィリア、貴女のお陰ね。……でも、クラヴィスはきっと、功績は全て私かオルニットにって言うと思うけれど」



 女王然と優雅に村の上を旋回するエズメラルダちゃんの上で、マーテル様が村の人たちに手を振りながら私にこっそりささやきました。


「……ううん、そんなこと、全然構わないです」


 村の人たちのこの笑顔は、あの知らせを聞いて急行しようと即断した、マーテル様のあの時の判断があってこそだから。

 私は少しでもお手伝いできたことで、もう充分嬉しくて。


 そう、村の人たちは、みんな本当に嬉しそうで。

 子供たちははしゃぎまわっていて、大人の中には抱き合って泣いている人もいて、みなさんの感謝の気持ちが大きな暖かさとなってこちらに押し寄せてきています。


 ああ、マーテル様の言うとおり、間に合って本当に良かった。

 押し寄せる暖かさが私を満たし、何故かこちらまでもらい涙が溢れてきます。


 私、役に立てたのかな。

 ううん、少しだけだけど、役に立ったんだと思うよ。

 迷惑をかけてばかり、ちんちくりんの私ですけれど、それが何より嬉しくて。


 ありがとう! ありがとう!

 村の人たちの純粋な感謝の念が私を包み、空っぽだったはずの身体の中の金色の泉までいっぱいに満たされていくようです。


 あは。あの子、あんなにこっちに手を振ってる。

 隣の小さな女の子は妹さんかな。しっかり手を繋いで、いいお兄ちゃんなんだね。


 こんなにたくさんの村の人たちが、みんな、魔物に傷つけられることなくこの場で笑ってる。



 ……良かったです。

 ……本当に、良かったです。



 私は、なぜか止まらない涙を拭うことなく、エズメラルダちゃんが地面に降りるまでずうっと手を振り返していました。





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